第107話 ルーナ VS 斎火の王 3
生まれたのは、ほんの偶然からだった。
時折、斎火の王の身体から放たれる、魔力の余波。その余波自体はなんら特別なものではない。斎火の王がそこに存在する限り、身体の何処かしらから純粋な魔力の余波が発生する。
その存在は斎火の民も知っており、特に問題視する事は無かった。
だが、その余波の結果、彼女は生まれた。
遥か昔に放棄された施設。その施設の中に眠る彼女の、起き上がるのに足りない魔力を、その余波が補った。
生まれるのを必然として作られた彼女は、偶然によって生まれる事が出来た。
斎火の民、ガヌゥラ。彼女は人では無い。
代を引き継ぎ、永遠に記録と監視を続ける事が出来るゴーレムを、施設を作り上げた国の者は斎火の監視者と呼んだ。
しかして、監視と研究を続けても、斎火の王の倒し方など見付からず、結局のところ斎火の王は放置する事が一番の対処だという事に気付いた。
そのため、研究施設は放棄され、ゴーレムは監視ではなく戦闘に用いられるようになった。
放棄された研究施設の中、製造途中だった次代であるガヌゥラはそのまま放棄された。
斎火の王の周辺には誰も近寄らなくなるのと、この時代、ゴーレムはさほど珍しいものでも無かった。斎火の監視者を作るのにも特別な工程は無いし、放棄したところで斎火の王に関する情報など持ち合わせてはいない。
先代から次代に情報は引き継がれておらず、作りかけであり、情報を持ち合わせていないガヌゥラに価値は無かった。
だから、放棄された。
けれど、その時間に自覚は無い。唐突に目覚め、記録に残された自我を呼び起こして、己が使命自覚と、使命が既に終了している事だけを理解した。
目覚めて直ぐに、ガヌゥラには何も無かった。
後継機も居なければ、研究施設も既に停止。長居を経て、たった一人の斎火の監視者が、意味も無く生まれてしまったのだ。
何もする事は無く、ガヌゥラは毎日斎火の王を見ていた。
それが、彼女の行動原理だからだ。
終わったはずの命令を、やる事が無いからと実行し続ける。
無駄で、無為な時間。
かと言って、ガヌゥラの生に意味が無かったかと言われればまた別の話だ。
育ての父がガヌゥラを拾い、斎火の民として迎え入れてくれて、皆、本当の家族のように温かく接してくれた。
ガヌゥラがゴーレムだと知っても、その態度は変わらなかった。
皆を助け、皆と暮らす。斎火の王を監視しているよりも、ずっと有意義な時間だと思えた。
生まれた事に意味なんて無かったかもしれない。けれど、生きる事に意味が無かった訳では無かった。少なくとも、ガヌゥラはそう思っている。
今も、これからも。
このままでは誰も助からない。死んでしまう事は、悲しい事だ。
ガヌゥラは、無駄に斎火の王を観察をしてきたけれど、成果が無かった訳では無い。
分かった事は幾つか在った。それを斎火の王と戦っている者が知ってどうにか出来るかは分からないけれど、攻略の糸口になるのであればその情報は在った方が良い。
だが、それを口頭で説明する時間が惜しい。
だからこそ、ガヌゥラは自身の頭から記録の魔石を抜き取った。
この記録の魔石に、ガヌゥラの得た知識の全てが入っている。すなわち、ガヌゥラの生きて来た今までの記録だ。
それを、記録の魔石に刻まれた魔法、転写の魔法で相手の記憶に刻み込む。
本来であれば、自機の存続に関わる場合のみ、同じゴーレムに記録を写す時に使う緊急時に使用される魔法だ。
常人であれば記録の転写などをしてしまえば、記憶の混濁や人格の形成に変化を及ぼす危険がある。けれど、相手が常人の域を超える者であれば、記録の転写に耐えられる。そう、自身に記録されている。
斎火の王と戦える程の者であれば、記録の転写に耐えられる。
このためだけに在るはずだ。自分が生まれた理由は。
この時のためだけに、きっと自分は生まれて来たのだ。
斎火の王を倒すための助力装置。それが、ガヌゥラなのだ。
例え此処で自分の機能が停止しようとも、代わりに多くを救えるのであれば惜しまない。そのために、自分は此処まで来たのだ。
「そこの御仁!」
まだ遠い人影に声を飛ばす。
「斎火の王の、情報! 託す!」
だから、こっちへ。自分が、何のために走っているのか、分からなくなる前に。
「必要無い」
近くで、声が聞こえた。
気付けば、ガヌゥラが手に持っていた記録の魔石は無く、思い出せなくなっていた記憶が次々と思い出せるようになっていた。
そして、斎火の王から離れた位置にガヌゥラは立っていた。
「それがどういった代物で、何をしようとしていたのかは分からない。が、必要無い」
ルーナはガヌゥラが来る事を察知。
割れた頭。手に持った魔石。そして、必死な表情。
何をしようとしていたのかは分からなかったけれど、鬼気迫るガヌゥラの表情は、自身の死すら厭わない者の表情だった。
ミファエルの命令は『自身を作り上げる全てを護れ』である。誰が、どうミファエルに作用するか分からない。ガヌゥラの死で、ミファエルの心が痛む可能性も在れば、仕方ないと割り切る可能性も在る。
ミファエルであれば悲しみそうなものだけれど、判断は付かない。
であれば、護ってやれば良いだけの話だ。
ルーナは、即座にガヌゥラの元まで行き、手に持った魔石を奪う。魔石からは見た事の無い線が伸びており、ガヌゥラの頭の中の線と断面が一致している。
恐らくは
忍びの里にも絡繰りを使う者が居た。その者から、絡繰りの作り方も壊し方も教わった。と言っても、勝手に盗み見ただけだけれど。
「応急処置だ。後は専門家に見て貰うと良い」
「――っ! だ、駄目! 斎火の王の、性質――」
「必要無い」
食い下がるガヌゥラを、一言で斬り捨てる。
「少なくとも、お前の犠牲を払ってまで得る価値の無い情報だ。それに、ある程度勝ち筋は見えた」
布でガヌゥラの頭を覆ってやると、ルーナは斎火の王へと向き直る。
「後は、私に出来るかどうかの問題だ」
即座に、ルーナは駆けだす。
ルーナの背中を、ガヌゥラは目で追う。
決死だった。死ぬ覚悟で、此処まで来た。
それを必要が無いと言われた。それでは、自分の存在価値とはいったい何なのだろう。自分の存在理由とはいったいなんなのだろう。
そう考えるけれど、死ななかった事に安堵している自分も居る。
その安堵こそが、自分の存在理由である事をガヌゥラはまだ知らない。
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