第106話 ルーナ VS 斎火の王 2
爆風に外套をたなびかせながら、ルーナは斎火の王から距離を取る。
炎の霰。熱線。今までの大雑把な攻撃に比べ、えらく精確な攻撃だった。それでも、ルーナを捉えるには至っていないけれど。
「……少し焦げたか」
だが、熱風は確かにルーナの肌を焼く。
付けていた左手の
直撃は無かった。余波だけでこの威力である。ルーナでなければ即死していてもおかしくは無い。
止まない炎の霰と熱線を掻い潜りながら、ルーナは斎火の王の次の手を警戒しつつ攻撃を仕掛ける。
焼け爛れた手を限界まで開き、特大の
風遁、天狗の団扇。
突風が吹き荒れ、砂埃と炎とともに天高く巻き上がる。
突風は渦となり、砂礫を巻き上げ、炎を散らし、巨大な一つの竜巻となる。
「大盤振る舞いだ」
二、三、四、五
五つの巨大な竜巻が斎火の王に迫る。
だが、この竜巻で片が付くとは思っていない。この
この竜巻は時間稼ぎと防御のためだ。
斎火の王の身体中から噴き上がる炎の霰を巻き込んでいるので、炎の霰を警戒する必要が無い。ただ、熱線の威力と貫通力は高く、竜巻を貫通して地面を抉り続けているので、そちらは警戒を続けなければいけない。
斎火の王の攻撃の一つ一つが一撃必殺。一つでも気を抜けば絶命は必至。
竜巻を遮蔽物とし、ルーナは斎火の王の背後へと回る。
走る途中、一度だけ地面を踏みしめて忍術を発動する。
土遁、針山地獄。
ルーナが地面を踏みしめたところから、土がせり上がり巨大な針山を形成する。
針山は斎火の王の片足を巻き込み、その動きを若干制限する――かと思えたが、斎火の王は関係無しに地面を歩く。
「なるほど」
戦っていてなんとなく分かっていた事だけれど、物理攻撃は斎火の王には通用しない。
ルーナの陰斬りが通用したのは、陰斬りが実態無きものを斬れる技だからだ。普通の斬撃や魔法であれば、恐らくは通用しないだろう。
過去に斎火の王と戦った者達は、斎火の王への攻撃手段を持ち合わせていなかった。だからこそ、勝つ事が出来なかった。陰を斬るという荒唐無稽な技を持ち合わせる程の武人など、そうはいないのだから。
それでも、斎火の王を倒すには足りない。
〇 〇 〇
「いやあ、あっちぱねえっすなぁ」
「ほんとそれ。何さあの巨躯、何さあの力。無理無理、ボクなら三回死んでる」
宙に浮きながら、マギアスと悪魔はルーナと斎火の王の戦いを見守る。
ルーナのおかげで蟲達との戦いは殲滅戦へと移行している。蟲の数に限りがあるのであれば、戦士達の士気も高まるというものだ。
斎火の王の攻撃に注意しながらも、二人は戦場をしっかりと見据えて補助をする。
「全身から炎の玉だしたり、レーザービームびゅんびゅんだったり、それを避け続ける我が主まじバケモンすわ~」
「それにあの竜巻なにさ。なんであんな速度で発動できるの? あの規模だと上級魔法だよね? それを連続五発? いかれてる。君の主ってホントに人間?」
「さあ?」
「さあ、て……」
「我が主は自分の事を話さないからな~。守秘義務ってやつ」
片手間に蟲にビームを放ちながら、悪魔はじっと斎火の王を見る。
「でも、流石の我が主でもあれには勝てないだろなぁ……」
一目見れば分かる。あんなに
「個体としての規格が違い過ぎるもんなぁ」
「ボク達としては勝って貰わないと困る訳だけれども? 場合によっては、王都を放棄しないといけない訳だし」
王都の放棄とあれば、対外的にも印象が悪い。何せ、魔物に屈したという事に他ならないのだから。
この世界の誰も、斎火の王には勝てない。勝てるはずが無い。それは、どの国も分かっている。分かった上で、運の無かったこの国を魔物に王都を明け渡した国と笑うのだ。
勿論表には出さない。それとなく、小さく、ちくちくと刺すのだ。まるでそれが、罪であるかのように。
「勝って貰わないと困るのはこっちも一緒なのだわ。
けれども、中途半端な助太刀はルーナにとっては迷惑にしかならない。
それが分かっているからこそ、ルーナは一人で行ったのだ。
つまり、この場に並び立てる者はいないとルーナは判断したのだ。
戦闘面での補助は不可能。それ以外に出来る事と言えば――
「後は斎火の王について詳しく分かればなぁ。文献とか無いの?」
「うちの書庫漁っても在って二冊くらいだね。しかもとびっきり薄い奴」
「はい詰んだー。えー? 結局我が主頼みー? かっこわるー!」
「ぐぅぅ……筆頭宮廷魔法師として情けない……」
悔しそうな、申し訳なさそうな顔をするマギアスだけれど、斎火の王は存在としての規格が違う。そもそも一人で倒せるような相手では無いのだ。
これ以上の打つ手は無い。全てを、ルーナに託すしか無いのだ。
と、マギアスと悪魔は思っている。
だが、この場において一人だけ、最初から斎火の王に関する使命を持っている者が居る。
「どうして、こんなに早く」
戦闘の補助をしていたガヌゥラは、斎火の王の予想以上に早い到着に困惑していた。
ガヌゥラの計算ではどう考えても後三日はかかるはずだった。斎火の王の巡行速度と照らし合わせた計算だ。間違えるはずが無い。
いや、来てしまったものは仕方が無い。今は、自分に出来る事を考えろ。
ガヌゥラは頭の上に乗ったプロクスを自身の顔の前に持って来る。
「プロクス」
呼びかければ、プロクスは可愛らしく小首を傾げる。
「お別れだ」
言って、ガヌゥラは近くに居た少女の元へ駆け寄る。
「すまない。この子を頼む」
「あ、え?」
押し付けられるようにプロクスを受け取った
ガヌゥラはにこっとプロクスに微笑むと、踵を返して走り出す。その方向は、ルーナと斎火の王が戦う戦場だった。
「え、待ってください! そっちは危険です!」
アルカが制止の声をかけるも、ガヌゥラの脚は止まる事が無い。
プロクスが悲しそうな声を上げてガヌゥラを呼んでも、ガヌゥラは止まらない。
きっと、全てはこの時のために在ったのだ。
生まれて直ぐに存在意義を無くし、斎火の民として生きて来た。
家族が出来て、友達が出来た。
それを失うのは悲しい事だけど、家族が死んでしまうのはもっと悲しい。
使いどころは、今だろう。
ガヌゥラは自身の頭に手を当て、爪を立てる。
「――っ……」
嫌な音を立てて、ガヌゥラの頭が
嫌な音が続く。
頭をまさぐり、目的の物を探す。
「これを……っ」
それを掴み取り、ガヌゥラは頭から引っ張り出す。
ぶちぶちと嫌な音を立てて、それはガヌゥラの頭から引っ張り出される。
ガヌゥラの頭から取り出されたのは、澄んだ碧色の石。
血は出ない。脳も無い。あるのは、機械的な銅線と碧の石だけ。
一瞬、頭が真っ白になる。けれど、直近の行動原理は憶えている。この
それが、ガヌゥラの使命。斎火の民としてではなく、斎火の監視者としての使命なのだ。
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