第104話 斎火の王、襲来

 マギアスの準備が整いかけ、王都の結界が再展開されたまさにその時。


「――ッ!?」


 ルーナの背筋に悪寒が走る。


 この場では無い遠く。遠方から、自身の命を一方的に散らす程の脅威を感じる。


「防御に回せ、筆頭魔法師!!」


 ルーナの言葉の直後、蟲の群れの中心に赤いが落ちる。


 細い線。蟲を二、三匹飲み込む程度の、細い線。


「っ、やっば……っ!!」


 だが、それが脅威である事を、ルーナとマギアスは即座に認識する。


 マギアスは即座に攻撃魔法を防御魔法に無理矢理転換し、線の着地点を包み込む。


 マギアスの魔法が包み込んだ直後、全てを揺るがす程の衝撃波が発生。蟲はおろか、戦闘中の者達も吹き飛ばされる。


「ぐ……っ、んのぉっ……!!」


 歯を食いしばりながら、内側から広がる勢いを抑えるマギアス。


 即座に、ルーナは防御魔法の周囲にありったけの種を投げ、犇めく木陰で防御魔法を覆う。数を惜しんでいる場合ではない。あれを防げなければ、この場に居る全員が死ぬ事になる。


 周囲に素早く視線をやれば、どうやら蟲の動きが一時的に止まっている様子。


「悪魔、筆頭魔法師の援護!!」


「りょ、了解~!」


 遠くに居る悪魔に届く程の声で命令をし、ルーナは地面に降り立つ。


 地面に脚を付けた瞬間、犇めく木陰の周囲の土が盛り上がる。


 土遁、囲い蓋。


 囲い蓋で犇めく木陰を覆い、更に防御魔法を補強する。


 その上から更に犇めく木陰で多い、更にその上から囲い蓋をする。


 それでも、勢いの全てを抑え込める訳では無い。


 衝撃波は外壁を崩し、再展開された結界を一撃で全壊させる。


「余波でこの威力とか……!!」


「しんどいけどまっかせなさーい! 悪魔バリアー!!」


 更にその上から、悪魔が防御魔法を展開。


 それでも、余波は衰えない。


 数秒にも、数分にも思える時間の後、ようやっと衝撃波が収まった。つまり、防ぎ切ったという事であるのだが、誰一人としてこの状況を良しとしていない。


 何せ、一撃を防ぐので精一杯の状況なのだ。これが立て続けに放たれれば、完全に王都は滅ぶ。


 それはつまり、ルーナの任務失敗を意味する。


 ルーナは、ミファエルの護りたいものを護ると決めた。王都が滅んでしまえば、ミファエルの友人が死んでしまえば、例えミファエルが生きていたとしてもルーナの敗北である。


「……面倒な依頼を請けたものだ」


 言いながら、ルーナは木の上に居るマギアスの元へ向かう。


「いや……今の、やっばいね……」


 木を登ってきたルーナに、マギアスは珍しく切羽詰まったような顔で言う。


「蟲もそうだけど、あれ、どうしようか……? 因みに言うけど、ボクには秘策とかなんも無し! 此処を放棄して嵐が過ぎるのを待つってのが最善策だと思うんだな」


「その意見には私も同意だ。あの威力があれば、穴を閉じる事も出来るだろう」


「だよね。じゃあ、アステルに言って撤退戦の準備だ。その間、あの攻撃を防ぐのを手伝ってほしん――」


「だが、承諾はしない」


「え?」


 撤退するのが一番利口な判断だ。それが分からないルーナでは無いと、マギアスは思っている。


 あくまで論理的であり、現実主義。それが、マギアスのルーナに対する評価だ。


 そのルーナが逃げる事をしないと言った。その発言は、あまりにも現実的ではない。


「私の任務は、主を作り上げる全てを護る事だ。撤退戦への移行は準備がかかる。慣れている者ならともかく、一般市民では最低限の準備もままならないだろう」


 急に王都を捨てると言われても、準備が出来る者も少ないだろう。必要な物の取捨選択は、慣れていなければ難しい。


 そして何より、逃げる事は任務の範疇外だ。


「お前達は、引き続き蟲の対応をしろ」


「その言い草だと、君があれを相手にするって言ってるように聞こえるけど?」


「ああ」


「んな無茶な……君、あれが魔物の王だって分かってるかい? 国一つ潰した化物だよ?」


 マギアスの呆れたような物言いに、しかしルーナは静かに返す。


「安心しろ。私は、国一つ敵に回した事が在る」


「……」


 ルーナの言葉に、マギアスは思わず絶句する。


「悪魔。刀を」


「ほいさっさー!!」


 マギアスの元へとやってきていた悪魔から、百鬼夜行を受け取る。


「此処からは少数精鋭だ。お前が必要だと思う人材だけ残して、後は戻せ」


 言いながら、ルーナは刀を鞘へ納める。


「でも、それだと捌くのきつくなりまっせ?」


「問題無い。後は殲滅戦・・・だ」


 構え、直後に抜刀。


 刀を収める事無く、ルーナは悪魔に刀を渡す。


「お前と筆頭魔法師であの攻撃を防げ。それ以外の事は気にする必要はない」


 言って、ルーナが木の上から飛び降りた直後、空に開いた穴と砲門の蟲に線が入る。そして、砲門の蟲は真っ二つに斬り裂かれ、穴は形をたもてなくなりいびつに歪んで自壊した。


 その際生まれた衝撃波を、悪魔とマギアスは慌てて封じ込める。


 秘剣、陰斬り。本来見せるつもりの無かった技で、ルーナは穴を塞いだ。


「もー、主様ランボー!!」


「せめて合図くらいしてってほしいなぁもう!!」


 悪魔とマギアスはぷんすこと怒りを爆発させるも、ルーナは知らんぷり。そんな事よりも、早急に斎火の王を倒さなくてはいけないのだ。


 街は既に半壊。辛うじて王宮と学院の結界はもっているけれど、それもいつ壊れるか分からない。


 蟲の間をすり抜けながら、ルーナは女鬼の元へと向かう。


「うおっ!? てめぇいきなり前に出て来るんじゃねぇよ!!」


 女鬼の前に姿を現わせば、女鬼は突然姿を現わしたルーナに怒鳴る。


「穴は閉じた。後は少数精鋭でなんとかしろ。選別は悪魔に任せた」


「……あいつに勝てんのか?」


「ああ」


「……ちっ、わーったよ、こっちは儂が何とかする。とっと行け」


「ああ」


「あーあ、久々に暴れられると思ったのによぉ。」


 女鬼の愚痴を聞きながらも、ルーナは斎火の王の元へと向かおうとする。


「おい!!」


 その前に、女鬼と一緒に行動をしていたフィアが立ちはだかる。


 女鬼に指示を出す以上、接触をする可能性はあると思っていた。だが、まさか声をかけてくるとは思っていなかった。


 一目見て分かる。以前よりも、強くなっている。


 それは、素直に喜ばしい事だ。


 だが、構っている場合ではない。ルーナは一刻も早く斎火の王を倒さなくてはいけないのだ。


 フィアを避けて進もうとしたその時、フィアが口を開く。


「お前……ラフィだろ?」


 疑問の体で発せられたその言葉は、しかし、確信を持って放たれているようにも見えた。


 今のルーナの姿を見て、孤児のラフィだと思う者はいないはずだ。それに、ラフィは既に死んだ事になっている。


 何故フィアが自身の正体を当てられたのかは不明だけれど、何の証拠も無い言葉だ。


 混乱は一瞬。思考を即座に切り替える。今はそれどころではないのだから。


「退け」


「いや退かねぇ。お前がラ――」


 退かないと言った直後に、ルーナはフィアを容赦無く蹴り飛ばす。


「――っ、ぁ……っ!!」


「邪魔をするな」


 大きく吹き飛ばされたフィアに一瞥もくれず、ルーナは走り出す。


「て、んめぇ……っ!!」


 まともに防御の出来なかったフィアは苦しそうに咳き込む。


「ちょ、ちょっと! 女の子に乱暴してんじゃ無いわよ!! って、速過ぎない!?」


 リーシアが文句を言うも、既にルーナの姿は遥か彼方。


 衝撃波で吹き飛ばされた蟲も態勢を立て直しつつある。一度止まった侵攻も進むだろう。


 此処が正念場だという事は分かっているけれど、後ろの脅威が気掛かりだ。


 いかにルーナと言えど、あの威力の攻撃を放てる相手にそう簡単に勝てるとは思えない。


「ま、何とかするっつったんだから、大丈夫だろ。おい、此処が正念場だ! 気ぃ引き締めていけよ! お前もいつまでもへばってんじゃねぇぞ!!」


「うる、っせぇ!!」


 穴は閉じた。けれど、背後に迫る脅威を気にせずに戦える程、彼等は図太くない。


 騎士達の士気は先程よりも高くは無い。


「ちっ、腑抜け共が……!! さっさと何とかしろよ、クソ主……!!」

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