第103話 急襲
王城へと移動する馬車の中、ミファエルは浮かない顔で窓の外を眺める。
結局、ガルシアに押し切られる形で、ミファエルは王城へと避難する事になった。
一人だけ安全地帯へと向かう事に気が引けたミファエルだけれど、アイザックからは――
「ミファエル嬢は
――と言われた。それに、ガルシアが頑として譲らなかったし、オーウェンもそうするべきだと提案した。
オーウェンとしては、斎火の王の報告とミファエルの避難が出来るので一石二鳥だった。それに、何といっても王宮には近衛騎士と騎士団長が居る。学院よりも安全である事は間違い無いのだ。
ルーナに任された以上、最大限に出来る事をするべきだ。
「あのう、私まで御一緒して良かったのですか?」
馬車にはピュスティスも同乗している。ピュスティスは元々祝樹祭のための来賓。本人の希望があったとはいえ、本来であれば王宮に真っ先に移動させるべき人間だ。
「問題は無い。ピュスティス司祭は
「いえ、当然の事をしただけです。それに、出来た事も少ないですから」
アイザックのお礼に、ピュスティスは笑みを浮かべて返す。
本心としては、最後まで手伝いをしたかったところだけれど、出過ぎた真似はするなとカインドに言われている。火急の避難要請が来れば、それに従う事も約束していた。
結界が破られた今が火急である事は、ピュスティスも分かっている事だ。
「それで、ブルクハルト。伝えたいと事はなんだったのだ?」
アイザックの問いに、オーウェンはもったいぶる事無く即座に答える。
「斎火の王に不測の事態が起きました。もしかしたら、王都に接触する可能性があります」
「なっ!? 斎火の王だと!?」
王都に来ると断定が出来ないのは、斎火の王の行路をオーウェンが知らないからだ。斎火の王に何か不測の事態が起きたと判断は出来るけれど、それ以上の情報をオーウェンは持ち合わせていない。
ただ、斎火の民であるガヌゥラが来ている事から、相当な事態になっている事は簡単に予想できる。
あまりにも予想が居なじたいに、アイザックは思わず面食らったような顔をするけれど、即座に冷静さを取り戻す。それでも、内心では混乱をしているけれど。
「その話、本当なのか?」
「斎火の民を見ました。一度王都の方へ走って行ったので間違い無いと思います」
「くっ、何故今なのだ……!」
正体不明の蟲に攻め入られている最中に、斎火の王まで来るとあってはたまったものではない。
「……いや、今だから、か……?」
正体不明の蟲。これは、何処にも情報の無い存在だ。
ともあれ、最悪の事態に変わりはない。
「ひとまず、この話は陛下にまで持って行かなくてはいけないな。対策を練るために……どうしたのだ、ミファエル嬢?」
話の途中、アイザックはミファエルがずっと窓の外を凝視している事に気付く。
ただ呆然と見ているというよりも、その光景に驚いているというような表情。
「御嬢様?」
「オーウェン……今は、お昼ですよね……?」
「はい。太陽も真上に登っております」
「……空が」
「空がいかがいたしましたか? ああ、あのドラゴンの事ですか? あれは恐らく、ルーナの百鬼夜行の――」
「空が、赤いのです」
オーウェンの言葉を遮り、ミファエルが言う。
「空が、赤い……?」
ミファエルに言われて、オーウェンは外を見てみるけれど、空は青い。多少の雲は在るけれど、それだけだ。
「
うわ言のように、ミファエルは言葉を紡ぐ。
「熱くて、暑くて、燃えるように、痛くて……」
「御嬢様……?」
「全部、全部燃えて……」
はっと息を飲む。
「赤が、来る……」
その言葉の直後、衝撃波が王都を襲う。
「ぐっ!?」
「なっ?!」
「きゃっ」
「にゃにゃにゃんですにゃ!?」
衝撃波が王都中を走り、壁が罅割れ、硝子が割れ、家が崩れ、物は吹き飛ぶ。
ミファエルの乗った馬車も例外では無く、風に吹かれた埃のように転がる。
「御嬢様!! 風よ、包め!!」
即座にオーウェンはミファエルを抱き留めながら、風魔法で馬車の内部を包み込み衝撃を最小限に抑える。ミファエルの膝の上に座っていたフランは、持ち前の動体視力と身体能力を生かして柔軟に身体を捻って威力を殺す。
吹き飛ばされた馬車が止まる頃には、馬車の中は大荒れになっていた。
「……っ、大丈夫ですか、御嬢様?」
「え、ええ……ありがとうございます、オーウェン」
先程のようなうわ言では無く、きちんとした応対をするミファエルを見て、オーウェンはほっと胸を撫でおろす。
「お二方も、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……何とかな……」
「わ、私も、大丈夫ですぅ……」
酷く揺れて頭がくらくらするのか、眉を顰めるアイザック。
「いったい何が……」
「不味い事になりましたよ、オーウェン・ブルクハルト」
オーウェンの言葉に、この場の誰でも無い者から言葉が返る。
影の中から顔を覗かせるのは、先程オーウェンを呼び出した女――影女だった。
「いや、誰だ貴様!?」
「そんな事はどうでも良いです。先程の攻撃で折角再展開した結界が
「結界が?! くっ、何が起こっているというのだ……!!」
「主様が対処に当たるそうですが……正直勝ち目は薄いと言っていました」
「え、ルーナがですか?」
「ええ。私も、あれはやべぇと思います。ですので、最悪御嬢さんとオーウェン・ブルクハルトは影の国に匿います。私の方からも徘徊騎士に話は通してあるので、影の国まではエスコートしてくれると思いますよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! ルーナを置いて私が逃げる訳には……!!」
「いや、もうそういう段階を過ぎてますので。これは主様の決定です。その方が、主様も戦いやすいので」
戦いやすい。つまり、護りながらでは勝つのが難しい相手。
護る者も無く、周囲への被害を考えないで戦う事で勝機が窺える戦い。
ルーナにそこまで言わせる相手など、現状では一つしか思い浮かばない。
「来てるのか、斎火の王が……!!」
「ええ。ですけど、実際にはまだ来てはいませんよ。超遠距離から砲撃されたみたいです。いや、それであの威力は反則ですよね。しかも、主様と筆頭宮廷魔法師が一緒になって防いであれですよ? まじやばいですね」
「ルーナは……ルーナは、どうしたのですか?」
「言ったでしょう? 対処に当たると。一人でどうにかするつもりみたいですよ」
「無理だ!! あれを一人でどうにか出来る訳が無い!!」
影女の言葉に、アイザックがすぐさま否定的な言葉を投げる。
「何故あれが何百年も放置されているか分かっているのか? 誰も対処が出来ないから放置されているのだ!! 準備も無しに、それに一人でなんて勝てる訳が無い!!」
「まあ、実際私もそう思いますけどね。常人じゃあれに近付いただけで全焼しますし。正直、百鬼夜行の全戦力でも勝てませんわ、あれ」
「ならなおさら――」
「ルーナは」
アイザックの言葉を遮り、ミファエルが影女に問う。
「ルーナは、自分で対処すると言ったのですか?」
「ええ。そりゃあもう、いつも通りの声音で」
「そうですか。では、ルーナを信じましょう」
「ミファエル嬢、いくらあいつでも、斎火の王に一人で勝つなんて不可能だ!!」
「いえ、大丈夫です。ルーナは、自分に出来ない事は言いません」
強い瞳で、アイザックの眼を見るミファエル。
「私は、ルーナを信じます」
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