第102話 人型蟲

 最初に異変に気付いたのは、遠征組の中でも一番戦闘に長けた女鬼だった。


 数体、おかしな奴が混じっている。


「ちっ、面倒くせぇ」


 悪態を吐いた直後、蟲の群れの中から数体、今までとは毛色の違う虫が飛び出してくる。


「ふっ!!」


 飛び出して来た蟲の攻撃を、女鬼は太刀でいなす。


「っんだこいつら!!」


 フィアも突然の攻撃にも関わらず対応し、相手の攻撃を防ぐ。


 飛び出して来たのは、今までの蟲よりも小さな蟲。それでも、その体躯は女鬼やフィア達よりも大きい。


 二本の大きな脚で立つその姿は人間に近く、残った四本の脚は腕のような形状になっており、その全ての手に武器を持っていた。


 槍、斧、剣、弓、等々。


 影の国の手と武器が一体化した化物と少し似ているけれど、肌感覚で理解できる。目の前の人型蟲は、あの時の奴らより強いと。


 人型蟲は即座に女鬼に距離を詰める。


 女鬼に詰め寄ったのは槍を四本持つ個体だった。


 高速で振るわれる槍。その槍を、女鬼は冷静に太刀でいなす。


 速度には目を見張るものがある。恐らくは、速度だけで言えば熟練の騎士に匹敵するだろう。


「ぬりぃ!!」


 だが、女鬼の敵ではない。


 高速に振るわれる槍は確かに脅威だ。手数も一本の時よりも多く、膂力もある。そんじょそこらの騎士や、子供達では手も足も出ないだろう。


 槍の隙間を縫い、腕を一本落とす。


 手数が少なくなったところで、一気に畳みかける。


 戦い方は豪快の一言に尽きるけれど、その太刀筋は流麗で繊細。速度だけで練度の足りていない槍捌きでは、経験も技術も飛びぬけている女鬼の相手になるはずが無い。


 それに、今の女鬼は全力を出せる。


 現状、百鬼夜行は隷属以外の全ての枷が外れた状態にある。影の国の時は、オーウェンの修行のために力を制限されていた。


 オーウェンに必要だったのは極限状態での仲間・・との修行であり、保護者・・・の過保護では無いのだ。


 枷の外れた女鬼が、この程度の相手に負けるはずが無い。


 が、それは女鬼に限った話だ。


「くっ、この……!!」


 四本の大剣を振るう人型蟲の猛攻に苦戦を強いられるフィア。


 そんなフィアの横合いから魔法が放たれ、人型蟲が吹き飛ばされる。


「このお馬鹿!! 勝てもしないのに一人で突っ込まないの!!」


「うるせぇッ!! 邪魔すんなボケ!!」


 助太刀をしたリーシアに、フィアは口汚く返す。


「邪魔って、貴女一人で勝てる相手じゃないでしょう!? ちゃんと私達のサポート受けなさい!!」


「必要無ぇって言ってんだろ!! すっこんでろ!!」


 言いながら、フィアは吹き飛ばされた敵に肉薄する。


 剣は速い。けれど、目で捉えられていない訳では無い。


 問題は、フィアの太刀筋だ。確かに、フィアは強いけれど、それは素の身体能力に起因しているところが大きい。


 今まではそれで良かったけれど、人型蟲の相手をするには足りない。


 四本剣の人型蟲は、リーシアの魔法を受けたにも関わらず先程と違わぬ速度で斬りかかる。


 速度も分かった。力も分かった。反応出来ない程ではない。


 戦っていると、いつも敵をルーナラフィと重ねてしまう。重ねて分かる。ルーナラフィはこんなものでは無かった。


「あの野郎の方が……馬鹿強ぇんだよクソがッ!!」


 だからこそ、こんなところで止まれない。


 ルーナラフィをぶっ飛ばして再び自分のものにするためには、どんな相手にも勝たなくてはいけない。


 フィアの剣速が上がる。


 身体捌き、太刀筋、戦いの全てがフィアの中で更新されていく。


 ルーナフィアが戦い方を教えてくれる時は、いつも戦いの中だった。練習で打ち合ったり、実戦の中だったりと様々だったけれど、それでも、戦いながら教えてくれた。


 自然と、フィアも戦いながら学ぶ事を憶えた。


 相手の太刀筋、脚運び、状態の捻り、何でも、見て憶えた。戦って憶えた。戦いながら、フィアは強くなってきた。


 愛しきフィアを超えるために。憎きフィアを超えるために。


 散々身体に教え込まれた。人は、戦いの中でしか強くなれないと。


 段々と、防御一辺倒だったフィアが攻勢に回る。


 そして、数手後にはフィアが攻勢一辺倒になる。


「とっとと……死ねぇッ!!」


 恐ろしく素早い太刀筋で全ての大剣を弾き、がら空きになった胴体に必死の一撃を叩きこむ。


 人型蟲は両断され、その生を散らす。


「おー、やるじゃねぇか」


 感心したように女鬼が言う。


「てか、こいつ一体くれぇ欲しいなぁ。あのオーウェンタコ助の練習相手に丁度良いと思うんだがなぁ……ま、後であいつ・・・に頼むか。どうせ見てんだろうしな」


 言いながら、死角からの一撃をいなし、一太刀で人型蟲を斬り殺す。


 素早く戦況を見回し、女鬼は呟く。


「ふむ、呑気に構えてもらんねぇか……」


 人型蟲は数はそこまで多くは無いが、一体一体が雑魚では無い。騎士もさることながら、百鬼夜行の面々でも弱い者は苦戦を強いられる相手だろう。


 雑魚は任せて、人型蟲は自分達が相手をするべきだ。


「おい男女。儂とお前で、人型を請け負うぞ」


「あ!? 指図すんな!! てか、誰が男女だ!!」


「お前だ馬鹿。おい悪魔、お前はとにかく数を減らせ! ドラゴン、いつまでちんたらやってんだ! さっさと上の奴を落とせ!!」


 大気を震わさんばかりの怒声を上空のドラゴンに浴びせれば、上空で面倒くさそうにドラゴンが唸り声を上げる。


「んの馬鹿が……! 面倒臭がりやがって……!!」


 苛立った様子ながらも、視線を戦場に戻す女鬼。


 ドラゴンの実力は確かだけれど、強いからこそ基本的に面倒臭がって本気を出さないという悪癖が在る。


「仕方ねぇ。おい、行くぞ男女」


「だから、誰が男女だ!!」


「ちょっと! うちのギルメンに勝手に指示を出さないで! それと! フィアちゃんは可愛い女の子よ!!」


「適材適所だろうが。あの人型はちんたら削るより一気に削りてぇ。少なくともこいつは一人で張り合える。なら、一人で請け負った方が丁度良い。お前達は今まで通り露払いに集中しろ」


 それだけ言って、話は終わりだと言わんばりに女鬼は即座に人型蟲へと詰め寄る。


「あ、ちょっと!! んもうっ!! 勝手な人!!」


「ありゃ人じゃねぇ。鬼だ」


「知ってるわよ!! ああもう!! フィアちゃん、無理しないでよね!!」


「安っぽいツンデレみたいね、リーシア」


「煩いわよ!!」


 ギルドメンバーのツッコミに癇癪を起しながらも、リーシアは魔法で今まで通り蟲を倒していく。


 フィアは女鬼を追って人型蟲と戦闘を繰り広げる。


 戦場に新たな脅威は追加されたものの、それに惑わされる事無く対応は出来ていた。


「ふむ。下は大丈夫そうだな」


 そんな様子を、木の上からルーナは静かに観察をしていた。


 魔法を練るのに集中をしているため、突っ込むことが出来ないけれど、マギアスは頭の片隅で混乱していた。


 一瞬だった。ほんの、一瞬の出来事だった。


 木を登って二人を襲いに来た四体の人型蟲。その存在にも驚いたし、思わず迎撃しそうになった。けれど、意識が迎撃に移行する前に人型蟲は両断されていた。


 ルーナの手には、人型蟲の一体が持っていた槍が一本だけ握られていた。


 槍を持っていた一体を見やれば、腕の一本が無理矢理押し潰されたかのようにひしゃげており、その拉げた手には槍が無かった。


 つまり、一瞬にも満たない間にルーナは槍を奪い、即座に四体を両断してみせたのだ。


 槍の穂先は大きい。なるほど、両断する事も可能だろう。しかし、あまりにも速い。マギアスですら感知できなかった。


 うぉぉぉ、強っ!! ていうか見えなかった。まじで!?


 と、心中で興奮とも混乱ともとれる様子を見せるマギアスだけれど、魔法の方へと器用に意識を割いているので、構築している魔法が乱れる事は無い。


 自身が見て来た中での最強はアステルだ。騎士団長であるアルカイトも強いけれど、最強は誰かと言われればマギアスはアステルを上げる。


 そのアステルと同格。もしくはそれ以上の存在。


 こりゃ、アステルが聞いたら喜びそうだなぁ。


 この場に居ない友への良い土産話が出来た事を少しだけ喜びながら、マギアスは意識を完全に魔法へと移す。


 土産話も、この事態が終息しなければ持ち変える事は出来ないのだから。

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