第101話 木遁、犇めく木陰
ミファエルの護衛をオーウェンに託し、ルーナは事態の終息のために動く。
即座に王都を囲う城壁の上まで駆け、戦況をその目に焼き付ける。
第二防衛線はアステルらが善戦しているので問題は無い。遊撃として戦っている遠征組と百鬼夜行、冒険者組も問題は無い。
「……」
冒険者の中にフィアの姿を見付けるも、直ぐにルーナは視線を戦場全体に戻す。
抑えも遊撃も結界の再展開までの時間稼ぎにはなる。けれど、根本はやはりあの穴だ。
穴から覗く砲門を持つ蟲。その砲を抑えるマギアス。
一瞥して、こちらも問題無いと覚ると、ルーナはポケットの中から植物の種を取り出す。
とある地域にあった広葉樹の種。
その種に氣を送り込む。
種を蟲達に投げ込みながら、ルーナは城壁から跳ぶ。
ルーナが投げた種は蟲に当たった瞬間に急成長し、瞬く間に巨大な樹木へと姿を変える。
樹木の急成長に吹き飛ばされ、進路を妨害される蟲達。
樹木が本来は有り得ない速度と大きさで成長し、乱立する様は異様の一言に尽きる。
木遁、犇めく木陰。
基本的には撤退の時や防衛戦に使われる防御用の忍術だけれど、ルーナ程の実力者にでもなれば防御と攻撃を同時に行う程の規模になってしまう。
これで少しは足止めにはなるかもしれないが、付け焼刃にしかならないだろう。
ルーナは急成長した木を足場にして砲門の蟲の方へと向かう。
事態を解決させるには穴を塞ぐ必要がある。逆に言えば、穴さえ塞ぐことが出来ればこの事態は殆ど終息したと言っても過言ではない。
その穴を塞ぐ方法だけれど、ルーナには二通りの手段が在る。
一つは、複写の魔眼によって複写した『断裂の魔眼』を使って、空間そのものを断裂させて塞ぐ方法。
世界に穴を開けるという行為は繊細極まりない行為だ。その行為の繊細さを、ルーナは身をもって知っている。
力技で断裂させる事で、その繊細さを崩そうというのだ。
もう一つは、名刀である百鬼夜行を使って空間そのものを切る武を極めた者のみに許された技――『陰斬り』を放つ事。
陰斬りはルーナの付けた名前であるので、この空間を斬る斬撃に決まった名前は無い。ルーナの場合、斬れない物を斬るために編み出したのが陰斬りだっただけだ。余談だが、この陰斬りによって、ルーナは影の国へ行く事が出来た。
以上の二つを持って、ルーナはあの穴を閉じる事が出来る。
だが、それを使わないに越した事は無い。
それに、この国の問題を、この国に関与するつもりの無いルーナが解決をするのも先々を考えればあまり良い事とは言えない。
砲門の蟲を相手しているマギアスがあの蟲を倒し、穴を閉じる事が出来ると言うのであれば、彼に任せるのが最適だろうとは考えている。
ルーナは犇めく木陰で足場を作りながらマギアスの元へと向かう。
当のマギアスはと言えば、最早慣れた調子で砲撃を受け流していた。
最初は苦戦を強いられそうな雰囲気を醸し出していたマギアスだったけれど、段々と相手の砲撃の威力も理解し、最早片手間で砲弾を逸らす事が出来る程になった。
しかして、だからと言って事態が進展している訳では無い。
「うーん……やっぱかったいなぁ、こいつ……」
片手間に砲弾を弾き、片手間に魔法を放って砲門の蟲を攻撃してみるも、中級魔法程度では傷一つ付いた様子が無い。
上級魔法を放ったところで、中途半端なダメージしか入らないだろう。
「やっぱ、こういうのはアステルの仕事なんだよなぁ……ボク、殲滅戦は得意だけど、一対一は苦手なんだよ……」
苦手と本人は言うけれど、大抵の者はマギアスに勝つ事が出来ない。圧倒的な魔力量と多種多様な魔法によって、即座に追い詰められてしまう。
護りの堅い相手であろうとも、マギアスであれば問題無く倒す事が出来る。
ただ、砲門の蟲がマギアスの予想を上回る硬度を誇っていたのだ。
それでも、上級魔法を連発すれば倒す事が出来るだろう。だが、下の蟲や上の蟲同様、個の蟲一体限りという訳でもないだろう。上の空飛ぶ百足は三体同時に出現したとシオンは言っていた。
倒してしまうより、この場に留めておいて相手を消耗させる。疲弊しきったところで鹵獲でもしたいものだけれど……どうやらそう上手く行きそうにない。
「顔色一つ変えないんだもんな。まぁ、蟲に顔色なんてある訳無いけども」
全ての蟲に共通している、恐怖などの感情が無いという点は砲門の蟲にも当てはまる。
同様に、疲れも彼等には存在しない。砲弾の威力は依然衰えていないため、体力の消耗を狙って鹵獲する事は難しいだろう。
「……ふぅ、仕方ない。今は人命第一だ。慣れて来たし、だいぶ分かって来たし、そろそろ終わらせようかな」
「では、私が来る必要は無かったな」
「ふひゃっ!?」
突然声をかけられ、マギアスは思わず変な声を上げる。
「だ、誰だい君は!?」
振り向き、その声の主を見てマギアスは驚きながら誰何する。誰だって、黒い靄が急に話しかけて来れば驚くだろう。致し方の無い事だ。
「いや、もしかして、君がアリアステルさんの護衛かい?」
「如何にも」
「そうかそうか! 気配がまったく掴めなかったから、そうかなとは思ってたんだ!」
武人とは言わずとも、マギアスも
背後で木々が急激に生えてきていた事は察知していたけれど、誰が、どうやってが分かっていなかった。
背後は気にはなっていたけれど、敵ではない事は確信していたので注意を向けていなかった。
気配の掴めない何者かが動いている。自分が気配の掴めない相手などそうは居ない。消去法で、ミファエルの護衛であると考えていた。ただ、急に声をかけてこないで欲しい。びっくりしてしまうから。
「それで、君は何をしてくれるんだい? っと」
喋りながら、砲弾を逸らすマギアス。
「お前は穴を閉じる事は可能か?」
「うーん……理論上は、って感じかな? あれ、繊細な穴だろう? 強力な魔法でもぶっ放してやれば一発だと思うんだ」
「その魔法の行使は?」
「出来るよ。これでも筆頭宮廷魔法師だからね」
「ふむ。では、それは任せよう」
言いながら、ルーナはマギアスの前へ出る。
地面に種を落とし、樹木を作り上げて足場にする。
「うわぁ……どんな原理、それ? 後で教えて欲しいなぁ」
きらきらした目でルーナを見るマギアスだけれど、手の内を明かす事はしない。
「あれは任せろ。お前は、魔法の準備を整えろ」
「任せちゃっても平気? ボクが言うのもなんだけど、あれ止めるのしんどいよ?」
「問題無い」
頷いた直後、砲声が鳴り響き、ルーナ目掛けて砲弾が飛ぶ。
それは、一瞬の出来事だった。
「――」
その砲弾を、ルーナは
そして、砲弾の威力を利用して身体を回転させ、砲門の蟲目掛けて砲弾を投げた。
正確には、手を離しただけなのだけれど。
自身の放った結界を壊すほどの威力を持つ砲弾が、自慢の殻を突き破って肉体を抉られる砲門の蟲。
甲殻が飛び散り、肉と汁が飛散する。
「は?」
あまりの早業に、マギアスはぽかんと口を開ける。
ルーナのやろうとしていた事は、マギアスもやろうとしていた事だ。結界を破る砲弾であれば、あの堅い甲殻も破る事が出来るだろうと考えていた。
けれど、生身を使ってやろうだなんて考えていない。反発の魔法を使って二、三回角度を変えてから当てようとしていた。そう、魔法ありきで考えていたのだ。
それを、まさか生身でやってのけるとは誰が思うだろうか?
「準備をしろ」
ルーナは静かに告げる。
「あ、うん」
ルーナの言葉に、マギアスは一つ頷いて準備を始めた。
普通の上級魔法ではあの穴を塞ぐことは出来ない。ちまちま魔法を放ってどれくらいで穴が閉じるかなんて試している余裕は無い。考えうる限り最強の魔法を放つ必要がある。
それを放つには、流石のマギアスと言えども集中をする必要がある。
その際は完全に無防備になるけれど、自身に危害が加わるとは決して思えなかった。
あまりにも、この見知らぬ助っ人が頼もしすぎるからだ。
まったく、虎の子かと思ったら虎そのものじゃ無いか。いや、虎よりも恐ろしいけれども。
なんて考えながらも、マギアスは魔法を練り上げる。
魔法を練り上げるのに集中し始めたマギアスは気付かなかった。いや、そうでなくとも気付かなかっただろう。
延々垂れ流される無数の蟲の中に、また違った蟲が紛れている事に。
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