第99話 百鬼召喚
蟲達の苛烈な進行を限り限りで食い止める遠征組と各ギルドメンバー。
王都の結界の再展開まではまだ時間がかかり、マギアスも砲台の蟲の相手にかかりきりだ。
今回の波を耐える事は出来るだろう。けれど、今回を耐えきることが出来たとしても、これが次も在ると分かれば、士気が低下するのは必至。次も同じように戦えるかどうかは分からない。
それでも戦うのは、失いたく無いものがあるから。
今を息抜き、明日に希望を見出すために戦うのだ。
「まだまだあッ!!」
フィアは縦横無尽に無軌道に暴れまわる。
だが、疲労の色が見え始めている事に間違いは無い。そして、それはオーウェンやシオンも同じ事。
「オーウェン・ブルクハルト」
怒号飛び交う戦場の中、凛とした声がオーウェンの耳を突く。
直後、足元が暗くなる。
「――ッ!?」
新手の攻撃かと一瞬警戒をするも、オーウェンはこの感覚に馴染みがあった。暗く、重い、常人の生存を許さない厳しい世界。
広範囲に広がった
蟲が半ばまで飲み込まれた直後、影が跡形も無く消失する。
そして、残されたのは半ばから切断された蟲の屍骸。
「オーウェン・ブルクハルト」
もう一度、オーウェンを呼ぶ声が聞こえる。
オーウェンが背後を振り返れば、ちょうど、前衛と後衛の境目辺り。少しだけ気崩された黒の着物を見に纏った、艶やかな黒髪を伸ばす妖艶な美女が手に持った煙管を弄びながら立っていた。
戦場とは似つかわしくない存在に周囲の者がどよめく中、オーウェンだけは冷静だった。
突如現れた謎の美女――影女が、真っ直ぐにオーウェンを見据える。
「戻りなさい、オーウェン・ブルクハルト。主様がお呼びです」
「――っ、ルーナが?」
「はい。主様のご要望は、あの娘っ子の守護。この場はもう良いとの事です」
「そういう訳にも行かない! 私がこの場を離れれば、どれだけの被害が出るか!」
オーウェンのこの言葉は、決して自惚れでは無い。この激戦で第一線を任されるという事の大きさが分からない程、オーウェンは未熟でも無ければ、己を過小評価もしていない。
しかし、そんな事は影女には関係が無い。
それに、ただでオーウェンを引き抜く程、ルーナも馬鹿では無い。
「御嬢様には申し訳無いが、結界の再展開まで、私が此処を離れる訳には――」
「だから、選手交代だっつってんだよタコ助!!」
オーウェンの背後。つまり、最前線からその声は響いた。
その声を聞いた途端、納得が行った。つまり、ルーナは本気で事態解決に乗り出したのだと。
「……まったく、強い癖に腰が重い奴だ」
「きざったらしく駄弁るなカス!! てめぇはさっさと女の方に行きやがれ!!」
迫る蟲を一刀で全て切り伏せる角の生えた女――女鬼が怒鳴り散らしながら手に持った刀を縦横無尽に振り回す。
「あ・く・ま・ビーム!!」
良く分からない掛け声で放たれる魔法。
まるで帯のように伸びる魔法は遠くの敵に当たったところで大爆発を起こし、多くの蟲を木端微塵にしてしまう。
阿保なのに恐ろしい強さを持った馬鹿を、オーウェンは知っている。
「お前も来たのか」
「もち! 百鬼夜行最強の一角は、伊達では無いのだよ……!」
変に気迫を見せる悪魔。ごごごと自分で効果音を口にしている。
おかしな奴だが、実力は確かである。六日間も回復補助だけとはいえ魔法を使い続ける程の魔力貯蔵量がある。オーウェンの代役として申し分ないどころか、上位互換にもほどがあるだろう。
空を飛んでいる悪魔を見て、誰もが騒めくけれど、本人はなんのその。自分を見ている者達に手を振って愛想を振りまいている。
「お前達二人でも、居てくれるとありがたい」
「は? 二人とちゃうが?」
「え?」
「ふふふっ、今日の我々は一味違うのだよ!」
悪魔が手にしたそれを掲げる。
禍々しい気を放つ、反りのある特徴的な刀身。
それを、オーウェンは見た事があった。
「百鬼夜行……! それはルーナが持っていたんじゃ……」
「借りてきた! なので、魔力は我が主から頂戴して、好き放題出来るって訳だな!」
きりっと無駄に格好つけた表情をして、悪魔は唱える。
「とくと見よ! 世にも珍しい魑魅魍魎悪鬼羅刹が御通りでぇい! 招かれざる者、招かれた者、かまいやしやせんとくと――」
「長ったらしい詠唱なんざ挟むなボケェ!! さっさとしろや!! 儂ばっかり忙しいじゃろがい!!」
「人の金で勝手に食う飯はうめえぞ~~~~!! 百鬼召喚!! 注釈:戦闘要員に限る!!」
悪魔のへなちょこな掛け声と共に、百鬼夜行の刀身から様々な魔物が姿を現わす。
ドラゴンが火を吹き、大百足が蟲を薙ぎ倒し、コカトリスがその魔眼で石に変え、サイクロプスが叩き潰す。
それ以外にも、多くの魔物が思い思いに蟲を倒して回る。その数は優に五十を超える。
「すげぇや、これだけ出しても主はぴんぴんしてらぁ……」
ドン引きしたような、感心したような声音で漏らす悪魔。
本来、これだけの魔物を制限無しで放てば使用者の魔力が急激に枯渇して死に至る。それほどまでに魔力消費の激しい行為なのだ。
それでも、ルーナの身体に変調は無い。少し忍術が使いづらくなるが、その程度だ。
「我が主、人間辞めてね? こっわ」
失礼な事を言った後、悪魔はオーウェンを見る。
「つーわけで、お前さんは行っちゃいなYO! こっちは何とかなるからさ」
突如現れた魔物に驚きながらも、蟲と戦っているという事を正しく認識し、即座に共闘の体勢に入る。
それを見たオーウェンは一つ頷き、近くの騎士に声をかける。
「私は離脱します! 問題ありませんか?」
「ああ! これだけ居れば持ちこたえられる!」
「ありがとうございます! 悪魔、鬼! 死ぬなよ!」
「タコ助が!! 調子に乗った事言ってんじゃねぇ!!」
「そーだ! お前は百鬼夜行四天王最弱の男だろ!」
「いや、百鬼夜行に入った覚えは無いが……まあ、頼んだ!!」
律義に悪魔の冗句に返しながら、オーウェンは風魔法を駆使して学院へと向かう。
オーウェンの姿を見送った後、悪魔は攻撃を再開する。
「ドラゴン! 上のでっけえの殺してこい!」
女鬼の言葉に、ドラゴンは咆哮を上げながら飛び上がる。
「悪魔! 全体を見て援護しろ!」
「ほいさっさー! 悪魔ビーム!!」
「それ以外は自由に暴れろ!! 蟲共はどれだけ潰しても構いやしねぇ!! 日頃のストレス発散じゃボケ!!」
指示を出しながら、豪快に敵を斬り伏せる。
そんな中、フィアの姿が目に入る。
フィアもまた、女鬼を見据える。
視線が交錯して、両者共に理解した。
こいつは、色気よりも何よりも戦う事を優先するような奴だ。何よりも戦う事が大好きで、暴れる事が大好き。そして、強くなる事を何よりの至上命題としている。
つまり、同類だと。
にいっと女鬼の口角が上がる。
「おい、そこの突進女!」
「ああ!? そりゃオレの事か!?」
「お前以外に誰が居る!! 丁度良い!! 儂と来い!!」
「んでだよ!!」
「お前みたいな女は嫌いじゃねぇ!! ちょいと高みを見せてやろうじゃねぇか!!」
言いながら、女鬼は突き進む。
高みを見せてやると偉そうに言われるのは好きでは無いけれど、女鬼の太刀筋や身体捌きは上位者のそれだった。制限の外れた今、女鬼の戦闘能力はルーナに一番近い実力を持っていると言っても過言ではない。
それでも、ルーナにはまだまだ及ばないのだけれど。
だが、自分よりも圧倒的に強い事は事実。
フィアは舌打ちを一つすると、女鬼の後を追った。全ては、自分を捨てたルーナを倒すために。
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