第97話 少女、暴走

 焦っていた。その感情を、セリエはしっかりと自覚していた。自覚していたからこそ、こんな暴挙に出てしまったのだ。


 セリエは後方支援を任されていた。後衛を護衛するための戦力。後衛が前衛を全力で補助出来るための露払い。


 戦闘経験の少ないセリエが後方支援を任されるのは当然と言えたけれど、セリエの役割がどうでも良い役割かと言われればそれは否だ。セリエ達が後衛の露払いをしているからこそ、魔法の補助や怪我人の治療が出来るのだ。


 少しでも人手が欲しいこの戦いにおいて、意味の無い役割など一つたりとも在りはしない。


 それでも、役割の大きさというものがある。


 例えば、前線で戦い続けているオーウェン。大人顔負けの戦いぶりを見せつけ、誰よりも敵を効率的に倒している。技術だけで言えば、恐らくはこの場の誰よりも彼が上手だろう。敵の捌き方が、尋常じゃないくらいに上手い。


 例えば、兵士科の期待の新人であるシオン。こちらも、前線で戦って誰よりも多くの敵を倒している。魔法に接近戦を交えて戦っている。魔力の総量だけで言えばこの場の誰よりも多い。殲滅範囲の広い中級魔法を連発し、多くの敵を焼き殺している。


 例えば、助太刀に入ったソニア・ワルキューレの少女のフィア。乱暴、乱雑。にも関わらず、その戦い方は何処までも鋭く、誰よりも速く、豪快だ。動きも卓越しており、野性的な動きで蟲達を倒していく。


 彼等の活躍を見ているだけで焦りの気持ちが湧いてくる。


 自分も戦わなければ。戦って、活躍して、強くなったと証明して、自分の存在意義を示さなくては。でなければ、自分が何のために此処に居るのかが分からない。


「――ッ!!」


 その衝動が、セリエを突き動かす。


「あ、おい! 勝手な行動をするな!」


 走り出したセリエに騎士が声を荒げるも、セリエは止まらない。


「はぁぁぁぁッ!!」


 剣を抜き、蟲に斬りかかる。


「なっ!? 君は後方支援だろう!! 何を考えているんだ!!」


 即座にセリエに気付いたオーウェンがセリエを後方へと戻そうとするも、自身の持ち場を離れる訳にはいかない。自身が離れれば、背後に蟲が押し寄せる。持ち場を離れられるほどの余裕が、オーウェンには無かった。


 オーウェン達よりも前に出て、セリエは蟲と戦う。


 セリエは子供にしては筋が良い。けれど、それだけでは到底戦い抜く事は出来ない。


「来たれ水! 汝は貫く者なり――アクア・スパイク!!」


 セリエが魔法を唱えれば、地面から水の針が飛び出して蟲を貫く。が、セリエの魔法の熟練度だと一回の魔法で一体を倒すのが精一杯だ。オーウェンやシオンのように複数体を倒す事が出来ない。


 明らかに効率が悪い。前線で戦える程の実力では無い。


 もっと、もっと。もっと倒さないと。もっと倒して、もっと殺して、自分の存在価値を――


 暴走して一人で突っ走るセリエ。


 そんなセリエを止める程の余裕がある者は、この場には居ない――


「――んのっ!!」


 ――訳でも無かった。


 ドッペルゲンガーが蟲を吹き飛ばしながら、後方へ指示を出す。


「ペルル! 前衛交代! ポルルはペルルの補助! シオンは絶対に後ろに敵を通さないで!!」


「ああ! 初めからそのつもりだ!!」


「ほいさー! やっとこさ出番来たー!!」


 ポルルがドッペルゲンガーの元へ来た途端、ドッペルゲンガーは駆けだす。


 六尺棒で蟲を叩き潰し、掻い潜り、進路上を通過しようとする味方の魔法を六尺棒で弾いて蟲へ当てながら、最速で無理矢理に進む。


 ルーナが許可した実力を限界まで引き出した動き。ただ、これはあくまで最終手段であり、たかが子供一人のために発揮して良い力では無かった。


 ドッペルゲンガーが限界まで力を発揮できる条件は二つ。自身の生存に関わる場合と、オーウェンの生存に関わる場合だけだ。


 今回は、そのどちらでも無い。


「ぐっ……!!」


 ドッペルゲンガーの表情が苦痛に歪む。


 百鬼夜行以前の使い手の時とは違い、今のドッペルゲンガーには自我が在る。そのため、自発的に限界まで実力を発揮できる。


 だが、発動の条件下では無いために、ドッペルゲンガーの身体が悲鳴を上げる。持ち主の意向を無視して無理矢理に力を引き出しているのだ。その反動が来るのは無理も無いだろう。


 それでも、ドッペルゲンガーは駆ける。


 彼女が此処で死んでしまえば、オーウェンの心に傷を作る事になる。オーウェンならきっと立ち直れるだろう。けれど、一度作った心の傷は完全に癒える事が無い。それを、ドッペルゲンガーは知っている。


 一人、前線よりも前で戦うセリエにたどり着き、ドッペルゲンガーは容赦無く六尺棒でセリエの腹を打ち付ける。


「ぁ……!?」


 か細い声が聞こえて来たけれど、ドッペルゲンガーは六尺棒を振り抜き、セリエを後方へと飛ばす。


 即座に痛む身体を無理矢理動かして、ドッペルゲンガーも後方に撤退する。


 そして、腹を強打したせいで咳き込んでいるセリエの襟首を掴み、乱暴に後方へと引きずって撤退をする。


「げほっ、は、離して……! 私は、もっと……強くならくちゃ――」


 咳き込みながら文句を言うセリエを、ドッペルゲンガーは乱暴に後衛のさらに後衛にぶん投げる


「ぐっ……!!」


 まさか投げられるとは思っていなかったのか、ろくに受け身も出来ずに地面に叩き付けられる。因みに、後方に吹き飛ばされた時も誰も構っていられなかったので強く地面にたたきつけられている。


 だが、そんな事はどうだって良い。


 ドッペルゲンガーは無理矢理力を引き出した反動による痛みを堪えながら、非常に不機嫌そうな表情でセリエに言い放つ。


「君、戦わなくて良いよ。居て居なくても変わらないから」


「なっ……! あんたに、何の権限があってそんな事!!」


「権限とかの問題じゃ無いだろ。見て分かれよ」


 言いながら、ドッペルゲンガーは戦場を見やる。


 頑張って戦っているペルル。あれだけ張り切ってはいたけれど、内心は敵が恐ろしくて仕方が無いはずだ。無限に湧き出てくる相手。そんな相手と、これからどう対峙して良いかなんて分からないだろう。


 いつまで続くか分からない戦いに身を投じるのは恐ろしくて仕方が無いはずだ。


 それは、生徒全員同じだろう。皆子供なのに、良く戦っているとドッペルゲンガーは思っている。こんな戦場、大人だって御免だというのに。


「強くならなくちゃいけないとか、今そんな無駄な事を考えてる奴は邪魔なんだよ」


「強くなりたいって思って何が悪いの!? 強くなくちゃ戦えない!! 強くなれば、皆を護る事だって出来る!! それの何がいけないの!?」


 感情のままに声を荒げるセリエに、ドッペルゲンガーは幾分か冷静さを取り戻しながら落ち着いた口調で返す。


「強くなりたい、その思いを否定はしない。騎士科も兵士科も、強くなりたいから日々鍛錬してる。目指す目標は違うだろうけど、それだけは同じさ。けど、きっと彼等はそんな思いで戦ってない。見て分からない?」


 戦う彼等に視線を戻す。セリエもつられて戦う彼等を見る。


 必死に戦う姿。それは先程のセリエだって同じだろう。


 けれど、セリエと彼等では見せる姿の意味が決定的に違う。


「皆、強くなりたいから戦ってるんじゃない。誰かを護りたいから、誰も死なせたく無いから今を必死に戦ってるんだ。戦いの中で強くなれる人も居る。きっと、シオンとかブルクハルトさんとかがそうなんだろうと思う」


 彼等は戦いながら強くなれる。その素養がある。


「でも、彼等はそんな思いで戦ってない。そりゃ、シオンも最初は復讐心に駆られて戦いを挑んださ。でも、今は皆を護るために戦ってる。しっかりと、今を見て・・・・戦ってるんだ」


 ドッペルゲンガーの言葉に、セリエは視線を下げる。


 強くなりたい。その思いがセリエの中から消える事は無い。


 セリエには分からない。もう護りたい者なんて無い。自分の目的はただの一つだけだ。


「護る者なんて、もう誰も居ない……! 私は……姉さんの代わりにならなくちゃいけない。そのためには強くなる必要がある……!」


 痛いくらいに拳を握り込む。


 目には怒りを溜めて、セリエはドッペルゲンガーを睨みつける。


「戦って戦って戦って、強い奴をいっぱい倒して、私は、私が見殺しにした姉さんの代わりにならなくちゃいけないの! そのために戦って何が悪いのよ!! 戦って勝てば同じ事でしょ!? 結果皆を護れればそれで良いじゃない!!」


 金切り声で叫ぶセリエ。


 そんなセリエを、ドッペルゲンガーは怒るでも呆れるでもなく、物悲し気な目で見ていた。


「馬鹿だな、お前は」


 ぽつりと漏れた、ドッペルゲンガーの本音・・。ツキカゲとしてのひととなりを模倣した言葉では無い。ドッペルゲンガーとしての、嘘偽りの無い本音だった。

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