第91話 作り物の侵略

 マギアスに着いて行く三人。


 そんな中、ドッペルゲンガーだけはマギアスを警戒していた。


 力を制限しているとはいえ、ドッペルゲンガーは気配には敏感な方だ。ドッペルゲンガーに気配を覚らせない程の人物。警戒しておくべき人間だろう。


「そう言えば、何故テスタロッサ様が此処に? 王都の護りをしているのでは?」


「ボクも初めはそのつもりだったさ。でも、王都の結界を外側に強くし過ぎて、一度出たら入る事が出来なくなってしまったのさ。王都は頼れる部下に任せて、ボクがこの目で情報を得て知らせるんだ」


「知らせるって……外からは入れないんですよね?」


「ああ。だから、いったん結界を解除する。そして、君達を含めて全員を王都に戻しつつ、ボクも王都に戻る」


「そんな事出来るんすね」


「言うのは簡単なんだけどね。結界を解除してから再展開するまで五分程かかる」


「え、何でですか?」


「魔力が隅々まで行き渡って初めて結界は機能するんだ。その隅々ってのが厄介でね。王都全土に広がるまでは結界は展開できないんだ。んで、魔力が王都中に渡るのに五分程ってところだね」


「では、その間は王都は……」


「そ、敵の攻撃に晒される事になる」


「五分間も王都が無防備に……」


「しかも厄介な事に、ボクが出る前にあんのどでかいの出ちゃったからなぁ……」


 言いながら、マギアスは空を見やる。


 直接視認されないように小さな森を挟んでいるけれど、空に悠然と浮かぶその巨体は離れた位置からでも視認が可能だった。


「もう出て来たのか……!!」


「でかすぎんだろ……」


「……」


 三者三様の反応を示す。


「あれが、君の言っていた空飛ぶ百足だろう?」


「はい……」


「君の過去の事は個人的に興味が尽きないけど、今はあれの事が知りたい。ぶっちゃけて聞こう。あれ、一体だけ?」


 マギアスの問いに、シオンは力無く首を横に振る。


「いえ。俺が一番多く見た時は、同時に三体出て来てました……」


「……なるほど。やっぱりそう簡単に事は済んではくれないか……」


 ふぅと深く息を吐いて、頭をがじがじと掻くマギアス。


「一番手っ取り早いのが穴を閉じる事だけど……前例ってある?」


「俺の世界では無かったです」


「だよねぇ……近くまで見に行ってみたけど……あれ、この世界とは別の空間に繋がってるみたいだしなぁ……」


「そうなんすか?」


「うん。ちょちょっと調べてみただけだから、細かい事までは分からないけど、空間が繋がっている先が見えなかった・・・・・・。この世界の何処かなら、匂いとかその土地の魔力の感じとかボクは全部憶えてる・・・・・・んだけど……その何処とも同じじゃ無かった。影の国かとも思ったんだけど……空に開いてるからなぁ……」


 その土地の魔力の質や、国や街独特の臭い等、土地の情報は全て記憶しているマギアス。


 さらりと凄い事を言うけれど、三人ともその言葉に突っ込んでいる余裕は無い。


 今もなお、巨大な蟲は小さな羽虫を飛ばしている。その量は、明らかに迎撃のための受容力キャパシティーを超えている。


「ともあれ、ボクらに要求されているのは早期解明、早期解決。泣き言言ってる時間は無い。だから、君のトラウマとか、聞かれたくない事とか、そんな事関係無しに根掘り葉掘り聞く気満々だ」


 真剣な目で、マギアスはシオンを見る。


「ボクの肩には大勢の人の命が乗っかってる。誰一人だって死なせるつもりは無い。そのために、君一人の心の傷を抉るくらいの事はする。それで王国が救えるのなら、ボクは君一人に嫌われるのを厭わない。ま、君達にも嫌われちゃうかもしれないけど」


 マギアスを見やるシーザーとドッペルゲンガー。その目には厳めしさがあり、マギアスの言葉に少なからず否定的だ。ドッペルゲンガーのそれは、恰好ポーズだけれど。


「構いません。俺だって、もう失うのは御免なんです」


 あんな思い、一度だってしたくなかった。そんな思いを、誰にもしてほしくは無い。自分に良くしてくれた人達なら、なおさらだ。


「うん、その意気や良し! それじゃ、早速作戦会議だ!」


 少し進んだところで、大きなテーブルに地図や盤上遊戯用の駒が置かれていた。


「こっちに来る前に、地面の奴と羽虫を二匹ずつ軽く解剖してみた。その結果なんだが……どうにも、両方とも筋肉や骨格が綺麗・・だった」


「綺麗だと、何がいけないんですか?」


「こう見えても、ボクは魔法使いである前に学者なんだ。色んな魔物を解剖してきたんだけど、同じ個体でも筋肉の付き方や大きさ、骨の質感や重量は大なり小なり違うものだった。でも、あの蟲の骨格も筋肉も全部同じだった。よくよく群れを見直せば、なるほど、納得だったよ」


 一人で納得した様子のマギアスに、話に着いていけないシーザーとシオンは難しそうな顔をしている。


 が、ドッペルゲンガーにはマギアスが言わんとしている事が分かった。


「……なるほど」


「お、相棒分かったのか?」


「少しはね。確かに、言われてみればあの蟲達はおかしい」


「何がおかしいんだ? まぁ、普通の魔物の氾濫とは違ぇみてぇだけど……」


 異常事態だという事は二人にも分かっている。けれど、数が異常に多い以外の異常が二人には分からない。


 ドッペルゲンガーがマギアスを見やれば、マギアスはぱちりとウインクをして続きを促す。


 あざとい人だなと場違いな感想を抱きながらも、ドッペルゲンガーは続ける。


「同じ種族だとしても、同じ大きさだという事はあり得ないんだ。人間然り、魔物然り、生物には必ず個体差・・・が在るんだ。あの蟲には、個体差が無い。だから、筋肉の造りも、骨格も、身体の大きさも同じなんだと思う」


「その通り! 百点満点だ! そう、あの蟲達に個体差は無い。自然界で個体差の無い生物なんて存在しない。似てはいても、同じという事は殆どあり得ないんだ」


「にも関わらず、あの蟲には個体差が無い。恐らく、あの空を飛んでいる百足がもう一匹出て来たとしても、個体差は無いと思うよ」


「あー……つまり?」


 二人の説明に、シーザーは理解が追いつかないのか、早々に考える事を放棄して答えを求める。


「ボクが思うに、あれは作り物・・・だ。単一の規格デザインによって大量に作られた生物なんだと思う。確たる証拠は無いけど、あれを自然物だと考えるのは難しい」


「誰かが作った……じゃあ、これって!!」


「首謀者が居る可能性が高い。そして、首謀者が居るなら、明確な侵略行為だろうね」


「じゃあ、俺の世界が滅茶苦茶にされたのは……災害でもなんでもなくて……!!」


 侵略された。慈悲も無く、殺戮の限りを尽くされた。


 たまたま起きた不幸では無く、誰かによって意図的に行われた殺戮。


 シオンは強く拳を握り締める。


「なんで……ッ!! 何のために……ッ!!」


「シオン……」


 怒りたい。けれど、今はそんな時では無いとシオンの理性が彼の怒りを抑制する。


「それも、今後解明していくとしよう。今は、この異常事態に幕を閉じる事が先決だ。良いね?」


「はい……」


「よし」


 一度深く息を吐いて、自分を落ち着けるシオンを見て、マギアスは頷く。


「とはいえ、どうするんですか? 蟲が作られた存在かもしれないって事は分かりましたけど、具体的な解決には繋がりませんよね?」


「ああ。強引だけど、穴の閉じ方はなんとなく目途は着いてる。けど、それには準備が必要だ。その準備を進める間に、シオン君にはあの蟲の事について分かっている事をなんでも良いから書き出して欲しい。性質とか、脆い部分とか、何でも良い。分かる事を全て書き出していってくれ」


「分かりました」


「俺達は何をすれば良いですか?」


「君達二人は待機。作戦決行前には、君達学生の力も必要になるからね」


「分かりました」


「さて、それじゃあ頼んだよ。ボクは再度穴の調査に向かうから。成功率をぐんと上げたいからね」


 言って、ぱちりとウインクを一つするマギアス。


 やっぱりあざとい人だなと、どうでも良い事を思った三人だった。

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