第90話 遺していく事
シオンの告白にシーザーは驚愕に目を見開いて、ドッペルゲンガーも驚いたような表情をして
ドッペルゲンガーは転生者では無いけれど、
自分もその内の一人であり、また、百鬼夜行の面々も
だから、さほどは驚かないけれど、
だが、動揺をしていないのはドッペルゲンガーだけであり、シーザーは困惑顔でシオンを見ている。
「転生者って……どういう事だよ?」
動揺したシーザーに、シオンは真剣な表情で説明をする。
「俺は、シオンとして生まれる前に、また別の人間として生活してたんだ。此処じゃない、違う世界で」
「此処じゃない世界って……あれか? 外国の話とか……」
「違うんだ。文字通り、世界が違うんだ。俺の前いた世界には魔法なんて無かったし、空を飛ぶドラゴンも、森を根城にするゴブリンも居なかった。此処よりも生活が安定してて、全然危険なんて無い世界だった……」
「魔法も無ければ魔物も居ないって……いまいち、想像つかねぇなぁ……」
「詳細は省くけど、俺はそんな世界で暮らしてたんだ。でも、ある日突然、さっきの王都みたいな蟲が現れて……」
思い出す。あの日々の光景を。蟲から逃げ回り続けた、戦う事すらできなかった、あの日々を。
「空に穴が開いて、続々と蟲が出てきて……」
悔しそうに歯を食いしばるシオン。
どうなったかなんて聞く程野暮では無い。
「一刻も早く止めないと。あれで終わりじゃ無いんだ」
「あの大量の蟲だけじゃないの?」
「ああ。俺が見た事があるのは、あの蟲と、恐ろしくでかい百足みたいな空飛ぶ蟲と、その百足みたいな蟲から射出される爆発する羽蟲と――」
「まだ出てくんのかよ!」
「――二足歩行の人間サイズの蟲。これで最後だ。……どいつもこいつも、厄介な程に強かったのを憶えてる。それこそ、魔法もこの身体能力も無ければ、太刀打ち出来ない程には……」
「それで、強くなったから復讐しようって訳?」
静かにドッペルゲンガーが訊ねれば、シオンは迷う間もなく一つ頷いた。
「ああ。家族と、最後まで俺を助けようとしてくれた姉さんの仇だ。此処で立ち向かわなかったら、あの頃の俺と同じなんだ。だから……」
「だから勝てもしない相手に挑んだって訳か……」
言って、シーザーは酷く不機嫌そうに眉を寄せる。
「勝てる勝てないじゃない!! 今此処で行動しなくちゃ、俺は弱かったあの頃の俺と同じなんだ!!」
「それでお前が死んで、誰も悲しまねぇとでも思ってんのかよ!!」
「――っ」
珍しく、シーザーが感情的に声を荒げた。
シーザーは大きな声を上げる事はあっても、声を荒げる事は無かった。
一見がさつそうに見えて、その実誰よりも相手の事を見ている。そして、本当は誰よりも温厚で、心が広い。ドッペルゲンガーは、シーザーをそういう男だと判断している。
そんなシーザーが心の底から声を荒げている。それは、シオンの無茶な行動に対する怒りと悲しみ故だ。
「お前が怒る気持ちの全部を分かるなんて言わねぇよ。俺はそんな経験した事も無ければ、一回も死んだことなんてねぇんだからよ」
シーザーは比較的平和に暮らしてきた。暮らせてこれた。だから、これといって不幸が無かったのが彼の人生だ。精々が村の良くしてくれた老人が亡くなって悲しかったとかそんなありふれた不幸にもあてはまらない不幸話だけだ。
けれど、それでも言わなければならないだろう。
「でもよ、お前がお前の姉さんや家族を失って悲しいみてぇに、俺だってお前が死んだら悲しいんだよ。俺だけじゃねぇ、スノウやエンジュ、アルカにポルルにペルル。お前と関わって来た奴全員、お前が死んで喜ぶ奴なんざ一人だって居やしねぇんだよ!! 遺していく事の意味をもっと考えてくれよ!!」
「……ッ!!」
「お前と同じ思いを、俺達にさせないでくれよ……!!」
「ぁ……」
涙を滲ませながら、シーザーは言いきる。
そんなシーザーを見ながら、ドッペルゲンガーも口を開く。
「僕も、シーザーと同意見だよ。復讐に走る気持ちも、分からなくは無いけどね」
「……相棒も復讐した事あんのか?」
「
えっへんと偉そうに胸を張るドッペルゲンガー。
「そうかぁ。お前も大変だったんだなぁ」
言って、シーザーは滂沱の如く涙を流す。
「わっ、シーザー泣かないでよ、暑苦しいから」
「男の涙は暑苦しいもんなんだよちくしょうっ!!」
シーザーは乱暴に袖で涙を拭う。
「あー! 俺だけ仲間外れな気分だ!!」
「いや、復讐なんて気持ちの良いもんじゃ無いから、気にしないで良いと思うよ?」
「てか、俺ってばお前等の事なーんも知らな過ぎだな! 相棒とは同室なのに、これっぽっちも昔の事とか知らねぇし!!」
「
「あ、相棒ぅ……!! お前はなんて良い奴なんだぁ……!!」
再度涙を流すシーザー。
「……!! いかんいかん!! 泣いてばっかじゃ男が
「な、なんでしょう?」
何故か敬語になるシオンに、シーザーは静かながらも確かな声音で返す。
「お前の復讐、俺にも一枚噛ませろや。死にに行くんじゃなくて、絶対ぇ全部倒す。そのために、俺はお前に力を貸すぜ」
「シーザー……」
「力を貸すのは同意見だけど、先ずは敵の情報収集と対応策を練るのが先決じゃない? 無闇矢鱈に戦ってもさっきの二の舞だよ」
熱くなりかけた雰囲気を、ドッペルゲンガーは冷静に冷ましていく。
ただ、一緒に戦うのは同意見だ。あれは、どう見ても良い者ではない。誰かが片を付けてくれるのであれば良いのだけれど、きっとそうはならない。なら、自分も動いた方が良い。
「そうだな。……っつても、妙案は思い浮かばねぇし……」
「シオンは他には何か知らないの? 蟲の弱点とか、生態とか」
「その話、ボクも詳しく聞きたいな!」
突然、天幕の入り口が勢いよく開かれる。
そこに立っていたのは、一見女性に見間違う程の美貌を持つ筆頭宮廷魔法師――マギアス・テスタロッサであった。
突然の大物の登場に、三人は唖然としてしまう。
三人の反応を見て、マギアスは満足そうに笑う。
「ははははっ!! 良い反応だなぁ君達! いやぁ、蟲と正面切って戦った君達と是非とも話をしたくてね! それと、
「――っ!!」
全て聞かれていた。その事が分かり、シオンは警戒をするも、マギアスは柔らかい笑みを浮かべるだけだ。
「安心したまえ、言いふらしたりはしないさ。ボクはこの状況を打破したいだけなんだ。まあ、知的好奇心が無いかと言われれば、否とは言えないけどね」
言って、ぱちりと一つウィンクをする。その行動が、逆に胡散臭くはあったけれど、全て聞かれていたのであれば誤魔化しようが無い。
それに三人だけでは埒が明かないのもまた事実。王国最高戦力が味方に付いてくれるというこの状況、利用しない訳には行かない。
戦うために。死なないために。そして、勝つために。
シオンは覚悟を決めた目でマギアスを見る。
「分かりました。俺の知ってる事、全てお話しします」
「ありがとう、勇敢な君。それじゃあ、場所を移そうか」
「はい」
マギアスは踵を返して天幕を後にする。その後ろを、三人は着いていく。勝手に動いてしまったけれど、マギアスの
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