第89話 巨大蟲、羽蟲、転生者
いかに蟲でごった返していようとも、蟲の河を発生した異常を見逃す程ではない。むしろ、蟲以外の光景が珍しく、逆に目を惹いてしまう程である。
最前線で見ていた魔法師達は訝し気に撤退していくドッペルゲンガー達を見やる。
「今、子供が戦ってなかったか?」
「ああ……学院の訓練着を着ていたな」
「てことは、学生? 今外に出てる学生って、合同遠征組だけよね? まだ帰還予定日じゃないはずだけど……」
「イレギュラーがあったとかか?」
「蟲以外に?」
「有り得ない話じゃ無いだろ。蟲の大群も不幸だが、それ以外の不幸が重ならないとも限らないからな」
「えぇ……勘弁して欲しいわ……」
「お前達!! 口を動かす暇が在ったら手を動かせ!!」
上官に叱られ、魔法師達は慌てて口を噤んで迎撃に集中をする。
しかして、シオン達の姿は上官も確認はしている。
何があったのかを確認しなければいけないだろう。
上官は手近に居た兵士の三人を捕まえ、指示を出す。
「お前達、すまないがマギアス様方に今の出来事を伝えておいてくれ」
「分かりました」
三人の兵士が走り去り、上官は戦場に視線を戻す。
先程と何ら変わらぬ戦場――の、はずだった。
「……なんだ、あれは……」
空に開いた穴。穴自体に変化は無い。けれど、その穴からナニカが覗いているのだ。
穴一杯に映り込む顔。百足のような顔に、大岩を簡単に砕いてしまいそうな大顎。
一目でわかる。明らかに、ドラゴンよりも大きい。
いや、この場の誰もが自身が出会ってきた中で一番の大きさの生物だっただろう。
それを認識した全員の手が止まる。直後、大きなナニカは金属がこすり合わさったような咆哮を上げる。
空の大穴を無理矢理こじ開けながら、それは穴より落ちる――そう、誰もが思っていた。
空に罅を広げながらそれは這い出てくる。這い出ると同時に、綺麗に折り畳まれていた無数の脚が広がり、背中の甲殻が開き、収納されていた大きな翅が幾つも広がる。
その蟲は、巨体に似合わずに空を悠然と飛びだしたのだ。
空を飛ぶその巨体を見て、それを見ていた誰もが唖然とする。
最前線に立っていた魔法師達は勿論の事、避難をした王都の住民や、学院の生徒達。王城に仕える者達――おおよそ、王都の全ての人間がそれを目の当たりにした。
唖然としているのも束の間、その巨蟲の横っ腹に開いた穴から、幾匹もの羽虫が飛び出してくる。
羽虫の速度はそこまで速くは無い。充分に対応できる速度だ。だが、いかんせん数が多い。それこそ、地上を歩く蟲達よりは少ないけれど、それでも、数えるのが億劫になるほどには、数が多かった。
ゆっくりと、しかし確かに迫る羽虫達。
「……ッ!! 対空対地の二部隊に再編制!! 人員の補填も急げ!!」
即座に、上官は指示を飛ばす。
じり貧、どころの話では無くなった。明らかにこちらを消耗させに来ている。
地を走る蟲だけでも厄介だというのに、その上空から迫る蟲とその蟲を排出する超大型の蟲の登場。
広がった穴から更に多くの蟲が湧き出し、今にも王都を囲ってしまいそうな程の勢いだ。
今対処しきれているのは、まだ余力があるからだ。これからどうなるのかなんて、考えるまでも無いだろう。
早急に解決策を見付けなければならない。
だが、窮地はこれだけに留まらなかった。
魔法の弾幕を抜けた羽虫の一匹が、結界の直ぐ傍までたどり着く。その直後、羽虫の身体が膨張し、爆発する。
「なっ!?」
思わず、驚愕の声が漏れる。
爆発が一度だけなればまだ良い。けれど、結界付近にたどり着いた蟲の全てが爆発をしたのであれば、結界には相当な負荷がかかる。
爆発の威力も決して侮ってはいけない程の威力だ。それがこれからも続くとなれば、対空部隊はより一層攻撃に神経を使う事になる。
「まずいぞ、これは……」
口内でこぼした弱気。誰に聞かれる事も無かったけれど、それは誰もが思っている事だった。
〇 〇 〇
一行の元へと戻ったドッペルゲンガーら三人であったが、王都に今まで見た事の無いような数の魔物の大群が攻めてきている事を伝えた後、三人仲良く懲罰対象となった。
「ダメだったなぁ……」
「だねぇ」
王都から少し離れた位置、斎火の王の進行順路からも逸れた位置に拠点を築き、そこの天幕に荷物と一緒に押し込まれた三人。
シオンはまだ気絶しており、適当な場所で寝っ転がらせている。
「まぁ、そもそもあの女の子が襲撃が在るって言ってたもんな」
「元々持ってた情報を危険を冒してまで持ち帰ったところでねぇ……」
「今回は素直に反省だな。独断先行には変わりねぇし」
「これ以上の御咎めが無かったのが幸いだったね」
三人に与えられた罰は命令が在るまで待機という在ってないようなものだった。
学生だからと甘く見積もってもらったのだろう。だが、次に同じ事をすれば間違い無く今以上の罰が待っている事だろう。今回以上の恩情は受けられないと考えるべきだ。
「にしても、やべぇ状況だったなぁ……大丈夫なのかよ、あれ」
「どうだろうね。王都の結界は機能してたみたいだけど」
「あの数を捌き切れるかってのが問題だよな。あの空の穴から延々出てたし……そこらへん、お前はなんか知らないのか? シオン」
「…………」
シーザーが声をかければ、シオンはゆっくりと起き上がる。
どうやら、もうすでに目は覚めていたようだった。
「お前、あの様子じゃあの穴の事も知ってたんだろ? 王都が心配っていう顔でもねぇし、正義感って訳でも無かった。俺の知る限り、ありゃ怨恨だ。俺ん家の二つとなりの
「なるほど。なら殴って正解だった」
「正解だったじゃないよ……滅茶苦茶痛かったんだからさ……」
言いながら、シオンは殴られた頭を摩る。たんこぶになっていないのは、念のためにアルカが回復魔法をかけてくれたからだ。
「頭は冷えたか?」
シーザーがなるたけ柔らかな口調で問えば、シオンもバツが悪そうな顔をしながらも、こくりと一つ頷いた。
「お陰様で……冷静に考えれば、あの数を一人で倒せっこないのは分かってたんだ……でも……それでも……」
「まぁ、理屈じゃないよね、そう言うのは」
「お、経験者みたいに言うじゃねぇか」
「
我が事のように話すドッペルゲンガー。勿論、ルーナが経験した事では無いけれど、それでも、ドッペルゲンガーも同じような経験をした事が在る。ただの嘘という訳でも無いから現実味があり、その言葉にも重みがある。
「でも、シオンのそれは、僕の事情とは異なるみたいだけどね」
ドッペルゲンガーがそう言えば、シオンは言いづらそうにしながらも、やがてゆっくりと口を開けた。
「……そうだな。ツキカゲのとは、ちょっと違うかな」
言いながら、シオンは懐古するように目を閉じる。
「俺の場合、あの蟲達は……家族の仇でもあって、俺の初恋の人の仇でもあるんだ」
「家族のって……お前んちの両親生きてるじゃんか」
スノウとエンジュに聞いた話なので間違い無い。シオンの家族は健在だ。
シオンは真剣な表情でシーザーとドッペルゲンガーを見やる。
「これは、お前達を、心の許せる友達だと思うから話せる事だ。今から言う事は嘘偽りの無い俺の経験してきた事であって、俺の
「一度目って、お前、何言って……」
「……」
シオンの事ばに、シーザーは戸惑ったように声をあげ、ドッペルゲンガーは黙って続きを待つ。
シオンは神妙な面持ちのまま、至って真剣に二人に自身の秘密を打ち明けた。
「俺には、前世の記憶がある。俺は、転生者なんだ」
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