第88話 兵士三人組、戦闘す 2

 蟲達と途方も無い戦闘を繰り広げるシオン。戦闘が開始してから少しして、ようやっとシーザーがシオンに追い付いた。


「――っ!! なんじゃこりゃ!? どーなってんだよこれ!!」


 王都が置かれた状況が自分が思っていた以上の事になっていて、思わず面食らってしまうシーザー。


 が、直ぐにシオンの置かれた状況を目の当たりにして思考を切り替える。


「馬鹿野郎!! 一人でどうにかなる数かよ!!」


 悪態を吐きながら、シーザーは迷わずシオンの方へと駆ける。


 明らかに多勢に無勢。シオンが幾ら強いと言っても、常識外れな強さを持ち合わせている訳では無い。それは、自身がシオンよりも弱いと分かっているシーザーにも分かる事だ。


 数えるのも億劫な程の蟲の大群を、シオン一人でどうこう出来るとは到底思えない。空に開いた穴もそうだ。空に穴が開くだなんて聞いた事が無い。


 前代未聞の事態をどうにか解決出来る力は、シオンには無い。


 だからこそ、こんな無謀な事はさっさと止めさせるべきなのだ。


 そして、それはシオンも十分に分かっているはずなのに。


「シオン!! 勝てっこねぇ!! 逃げんぞ!!」


 シーザーが大声で声をかけるも、シオンは攻撃の手を休めない。


 剣と魔法を駆使して、蟲達を一心不乱に殺していく。


「おいシオン!!」


 声をかけるも、邪魔をするわけにはいかない。戦場で正面切って言い争いをしている時間は無いし、少しのよそ見で命を失う事だって往々にしてあることなのだ。


 今でさえ限り限りの戦いをしているのだ。シオンを止める事に意識を割いていては、自分が死んでしまう。


 ひとまず、シオンに加勢をしながら撤退する機を窺う。


 とはいえ、現状で既にじり貧が確定であり、このままでは満足に逃げる事も叶わないだろう。


「おいシオン!! 聞いてんのか!? さっさと逃げんぞ!! この数はヤバい!!」


 魔法を付与した槍で蟲を捌く。幸い、蟲の個々の力量は大した事は無い。シーザーでも十分にやり合う事が出来るくらいの強さだ。


 だが、この蟲の真骨頂は此処の強さでは無く、圧倒的な数の多さだ。


「シーザーだけ逃げろ!! 俺はこいつらを全部殺す……ッ!!」


「無理だろ!! 見ろよこの数!! お前一人でどうにかなる数じゃねぇだろうがよ!!」


「無理でもやる!! 俺は……俺はこいつらを殺さなきゃいけないんだ!!」


 確固たる意志を持ったシオンの言葉。


 シオンとこの蟲達の間に何があったのかは分からない。けれど、シオンの言葉に嘘は無く、本気でこの無数に湧いてくる蟲達を全滅させるつもりでいるのだ。


「馬鹿言ってんじゃねぇよ!! 気合でどうこうなる数じゃねぇの分かんだろうがよ!!」


「だからって退けないんだよ!! 此処で退いたらまた同じ事になるんだよ!!」


「同じ事ってなんだよ!! ちゃんと説明しろよ!!」


「したって分からないだろ!!」


「言ってみなきゃ分かんねぇだろうがよ!!」


 口喧嘩のように言いあう二人。その間も、蟲達を倒す手は止まらない。


 だが、シオンよりもシーザーの方が限界が近かった。


 シオンは遠近両方で対応できるから良いものの、シーザーは中近距離でしか対応が出来ない。遠距離魔法が不得手なのと、本人の実戦経験不足が原因だ。一対一は得意なシーザーだけれど、多対一の戦闘には慣れていない。


 対応力の差が浮き彫りになってしまっている。


 視線の向け方だってまだ甘い。


 だから、死角から迫る蟲に気付かなかった。


 気配を感知した時には既に遅く、蟲の大顎が目と鼻の先まで来ていた。


 ぞわりと、背筋が凍る。


「っべ……!!」


 慌てて避けようとするも間に合わない事は明白だった。


 重傷か、あるいは死を覚悟したその時――


「あらよっと」


 ――目と鼻の先まで迫っていた蟲があらぬ方向へと吹き飛ばされる。


「やっと追い付いた」


「――っ!! 相棒!! お前まで来たのか!?」


 蟲を吹き飛ばしたのは後から追ってきたドッペルゲンガーだった。


「僕は友情に篤い男だからね」


 言いながら、次々に蟲を吹き飛ばすドッペルゲンガー。


「さ、撤退するよ。これ絶対一人じゃ無理だからさ」


「そりゃ分かってんだけども!! シオンがよぉ!!」


「ああ、うん。みなまで言わずとも分かるとも」


 絶対に退かない、退けない者の目をしている。けれど、それは覚悟のある者の目では無い。そんな状況で戦ったところで、良い結果にならない事は目に見えている。そうじゃ無くとも、この状況はいささか不味い。ドッペルゲンガーの知る限り、こんな状況を覆せる者はそうはいない。


 百鬼夜行の中のドラゴンや悪魔であれば広範囲に攻撃する事が可能なため、単体でどうにか出来る可能性は高いけれど、この蟲が永遠に湧き続けるのであればドラゴンや悪魔でも厳しい所だろう。


「シオン!! 撤退するよ!!」


「二人だけで行ってくれ!! 俺は残ってこいつらを――」


「じゃあ実力行使」


「がっ!?」


 継戦しようとしたシオンの頭を、六尺棒で強く打ち付けて気絶させるドッペルゲンガー。


「相棒、お前……」


「容赦してる場合じゃ無いでしょ? さ、逃げるよ」


「あ、おう!!」


 ドッペルゲンガーはシオンを担いで、一行の方へと走り出す。


 その後を、シーザーが慌てて追う。


 背後を気にしながら走れば、蟲達は特に追って来る様子は無かった。


 興味が逸れたのか、他の命令があったのかは分からないけれど、三人を追っていた蟲達は王都の方へと向きを変えた。


 ひとまずは安心だけれど、結果的には良い方向には行っていない。何せ、相手の数が変わっていない上に、狙いは以前王都のままなのだから。


 ただ、分かった事も在る。


 一体一体の実力と、ある程度引き付ける事が可能な事。この二つが分かっただけでも大きい。


「はぁ……僕等懲罰対象だよねぇ。情報持ち帰っただけで許して貰えないかなぁ?」


「独断で動いてんだ。御咎め無しにはならねぇだろうよ……」


「だよねぇ……はぁ、まったくこのお馬鹿さんは……」


 ドッペルゲンガーに担がれて気を失っているシオン。


 蟲の事も懲罰の事も気にはなるけれど、それと同じくらいにはシオンの事も気になっている。


 見た事の無いシオンの表情と、敵意むき出しの固執。


 明らかに、尋常じゃない事情があるはずだ。


 友人だから全てを語れという訳では無いけれど、それでも、少しだけでも事情を話してもらいたいとは思ってしまう。


 あんな恨みの籠った顔を見れば、なおさらだ。


 どれだけの想いが在れば、あれ程の恨みの籠った目をする事が出来るのだろうか。シーザーには、まだ想像もつかない。


 ただ、何か大切なものを奪われたような、そんな悲痛さは垣間見ることが出来たように思う。


「……聞き出すにしても、まずはちゃんと罰を受けなくちゃなぁ……」


「シオン一人に被せる?」


「抜かせ。俺達、仲良し野郎三人衆だろう? 褒美も罰も仲良く一緒に受けようぜ」


「うへぇ……嫌な一蓮托生だなぁ」


「だな」


 頷いて、シーザーは一つ笑った。

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