第92話 ずれ

 ガヌゥラは一行が築いた仮設陣地にてちょこんと座っていた。


 膝の上にはプロクスが乗っており、忙しなく動き回る騎士や兵士を興味津々に目で追っていた。


 ガヌゥラは一度方々に散った斎火の民と合流をしようと考えていたのだけれど、斎火の王の事をもっと詳しく聞きたいと言われ、仮設陣地に残る事にしたのだ。


 ガヌゥラの横に座り、ガヌゥラから調書を取っている女性騎士と男性騎士。


 女性騎士が斎火の王についてガヌゥラから聞き、それを自分なりに総括してガヌゥラに訊ねる。


「じゃあ、斎火の王は、少なくともあと三日は王都には来ないという事ね?」


「肯定。斎火の王、脚が遅い」


「でも、三日か……三日で蟲をどうにかして、斎火の王の対策にあてる……無理があり過ぎるな……」


「もう一度聞くけど、斎火の王の行動理由は分かって無いのよね?」


「不明。唐突な行動だった」


「そう……分かったわ。ありがとう、ガヌゥラさん」


 ガヌゥラにお礼を言い、女性騎士と男性騎士は最高責任者の元へと向かう。


「ガヌゥラは、帰還しても、良いか?」


 ガヌゥラの問いに、二人は脚を止める事無く返す。


「それも一緒に確認しておくわ。事態事態だし、私達の裁量じゃ、ね?」


 此処が警告の中間地点であれば、迷わず帰した事だろう。


 けれど、ガヌゥラにとって王都が警告の最終地点。皆の事は確かに心配だけれど、斎火の王の進行順路上を走ったのはガヌゥラだけだ。魔物や野盗に襲われでもしない限りは無事だろう。


 しかして、このまま此処で時間を無駄にしているのも忍びない。


 ガヌゥラはいつの間にか猫とじゃれているプロクスを抱き上げ、手近な者を捕まえる。


「ガヌゥラ、助力する。何か、仕事はあるか?」


「仕事? ああ、悪いけど、俺じゃ無くてもっと上の奴に聞いてくれ」


 それだけ言うと、忙しそうにその場を去ってしまう。


「むぅ……」


 ガヌゥラは少し肩を落とすも、確かにこういう時は上の者に指示を仰ぐのが適切だろうと判断し、先程の騎士達が向かった方へと歩みを進める。


 そんなガヌゥラ達を、先程までプロクスとじゃれ合っていた猫が見つめる。


 が、直ぐに視線を切って毛繕いをしだす。


 猫がこの場に居る事を不思議には思うも、誰も構う事は無かった。そんな余裕、彼等には少しも在りはしなかった。



 〇 〇 〇



「にゃあ、もう! 自由気まま過ぎるにゃ! こう、もうっ、堪え性の無い!!」


 にゃあにゃあと怒るフランは、後ろ足でてしてしと可愛らしく地団駄を踏む。


 フランは自身の下僕を使って外の様子を確認していたところで、予定外に早く帰還していた遠征組を発見し、情報収集のために向かわせた。


 が、猫は自由気まま。ある程度の行動を指示は出来ても、細かい行動の指示は出来ない。ある程度距離が近ければそれも可能なのだけれど、距離が離れすぎてしまっているためにそれも出来ない。


 下僕との感覚の同調を、視覚情報と聴覚情報のみに絞って会話を盗み聞きしたは良いものの、途中でサラマンダーの幼体と遊び始める始末。


「ですが、良いネタは入りましたにゃ。早速御主人に報告ですにゃ」


 てしてしと軽快な足取りでフランは走る。


 目指すはルーナのところである。


 とはいえ、フランは影の国に入る力は無い。そのため、必然的にルーナが居る場所であるミファエルの元へ向かう。


 ミファエルは本日も避難所で子供達のお世話をしている。


 避難所の中を、フランは人を避けながら軽快な足取りで走る。


「辛気臭いですにゃぁ」


 避難所の様子を見て、思わずぼやいてしまうフラン。


 避難所の空気は悪く、誰もが不安を押し殺せていない様子だ。


 原因は明らかだ。いつ終わるともしれない戦いに加え、あの巨大すぎる空飛ぶ百足。


 誰も思い浮かばないのだ。あれを倒せる未来が。


 爆音はいつまでも響き渡り、夜も満足に眠れない。起きている今だって、いつ結界が破られるか気が気でない。


 そんな中で、いつも通りに振舞える方がおかしいのだ。


 だから、やはりちょっとおかしいと思ってしまう。


「御主人、御話がありますにゃ」


 ミファエルの背後に気付かれないように回り込み、影の中に声をかける。


 そうすれば、フランは足元から素早く影の中に招かれる。


『おおっ、此処が噂に名高い影の国! 真っ暗で何もにゃい! 辺鄙へんぴなところですにゃあ!』


『まだその入り口ですよ。実際はもっと雑多としてます』


 明け透けなフランの物言いに、影女が若干不機嫌そうに返す。


『それで、報告は?』


 ルーナの言葉に、フランはいつもの茶化した様子で答える。


『まさに泣きっ面に蜂ですにゃ出来事ですにゃ! にゃにゃにゃにゃーんと! 三日後くらいに斎火の王が王都にやってくるそうですにゃ! アポくらいとって欲しいと思うのは、きっとぼくだけじゃ無いはずですにゃ!』


 フランの報告に、影女はルーナに視線をやる。


『斎火の王って、魔物の王の内の一体ですよね?』


『ああ。国一つ潰した炎の巨人だ』


『でも、斎火の王ってこっちからちょっかいかけなかったら、何百年も同じ道を歩いてるただの木偶の坊ですよね? なんで今になって順路を変えたんでしょうかねぇ?』


『……』


 ルーナも斎火の王の文献は読んだ事がある。


 が、あまりにも文献が少なすぎて参考にならなかった。ただ、あまりの強さに各国が警戒をしているのは分かった。


 ずっと同じ順路で歩く事。途轍もない強さを持っている事。それくらいしか、斎火の王については文献は残されていない。


 現状、勝てるかどうかは、ルーナでも不明だ。


『フラン、詳細を』


『了解ですにゃ! にっくき燃ゆる巨人、斎火の王は――』


 独特の騙り口調でガヌゥラの言った内容をルーナに伝えるフラン。


 ルーナは何も言わなかったけれど、影女はフランの独特な言い回しにげんなりした様子で話を聞いていた。


 恐らく、独特な言い回しが無ければもう少し早く終わっていたであろう説明が終われば、影女は一つ溜息を吐いてフランに言う。


『貴女、もっとまともに喋れないんですか?』


『まとももまとも! 猫妖精は大体こんな感じですにゃ!』


『貴女以外の猫妖精に会った事は無いですけど、それが嘘だってなんとなく分かっちゃうんですけどぉ……』


『嘘なんてついてないですにゃ! 猫妖精はお喋りなんですにゃ!!』


『貴女だけなんじゃないですか? 猫又なんて寡黙も寡黙じゃないですか』


『あれはお喋りが苦手なシャイガールなんですにゃ! それはもう、殻を剥いたゆで卵みたいな!』


『いや、意味わからないんですけど……』


 二人が他愛の無い事を話している間、ルーナはフランの報告を自身の脳内で纏める。


 斎火の王が順路を変更した。王都より先に行くかどうかは分からないけれど、一直線に進んでいる。


『……』


 蟲の事も、文献には存在しなかった。


 異常事態に重ねて異常事態。もしかすれば、蟲と何らかの関係が在るのかもしれない。が、それも憶測。


『どうしますか、主様? ちゃっちゃか退散しちゃいます?』


 自分達だけであれば、逃げるのは容易い。重荷はミファエル一人。ルーナにとっては重荷にすらならない。


『因みに、斎火の王と戦った時の勝算はいかほどですかにゃ?』


『五分五分だ』


『主様で五分五分って……』


 全盛期であれば、もう少し可能性は高かっただろう。けれど、今は子供の身体だ。身体能力は大人よりも劣ってしまう。


『もう少し、様子を見る』


『まあ、最悪影の国に入れば良いですしね。彼女なら、一時間は入れると思いますし』


『ああ。フラン、引き続き情報収集を頼む』


『了解ですにゃ!』


 びしっと敬礼をした後、フランは影の中から排出される。


 影から排出されるフランを見送った影女は、視線をルーナに戻す。


『思うのですが、主様自ら打って出る方が早期解決なのでは?』


『それは、私の仕事ではない』


『事態収拾も、護衛活動の一つかと思いますけども?』


『私の仕事は、主を最後まで生かす事だ。それ以外に手を出すつもりは無い』


 ルーナの言葉を聞いて、影女は訝し気な目でルーナを見る。


『なんだ?』


『いえ、別に』


 影女は特に何を言うでも無く、その話はそれで終わった。


 なーんか、言葉と行動がずれてるんですよねぇ。


 なんて思ったけれど、口には出さなかった。そのずれの正体が、影女には分からなかったから。

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