第82話 王国最強の三人
空に開いた穴から溢れ落ちてくる蟲は、一直線に王都へと走る。
そこが一番
突然の敵襲に、しかし、王都の騎士兵士は冷静に対処をする。
王都に魔物が襲撃する事は珍しい事ではない。時折とは言え、魔物が襲撃してくる。
その経験があるからこそ、冷静に対応する事が出来る。
魔法を使い遠距離からの撃破。王都には結界が張られているとは言え、強度には限界がある。
そう易々と破られはしないけれど、あえて負荷をかける必要も無い。
短期決戦。それが最も望ましい戦いの終幕。
そして、それは今回も変わらない――はずだった。
王都には最上級の魔法師、騎士、兵士が居る。
その中でも、最強の兵士である総兵団長アステル・クリントや最強の魔法師である筆頭宮廷魔法師、最強の騎士である総騎士団長は国内外問わずにその実力を認められている存在だ。
彼等が束ねる騎士、兵士、魔法師もまた、個々の練度が非常に高い。
並大抵の相手であれば、苦も無く倒す事が出来たであろう。
空が割れる異常事態。しかし、王都の精鋭達であれば直ぐにでも解決してくれる。誰もが、そう信じて疑わなかった。
だが、事はそう簡単ではない。
魔法で吹き飛ばされる蟲達。けれど、一向に数が減らない。
倒しても倒しても、空に開いた穴から溢れ出てくる。倒した分減るのではなく、むしろ時間が経つにつれて増えてきている。
幾ら優れた魔法師とはいえ、永遠に魔法を行使する事が出来る訳ではない。
徐々にではあるけれど、蟲と王都の距離が縮んでいく。
「どうなっているんだ! 何故数が減らない!」
「まさか……無限に湧くとでも言うのか……?」
「どうして退かない……? 魔物にだって、感情はあるはずなのに……」
群れを成す魔物であれば、大半が死んでしまえばそこで退いていくことが多い。数の有利不利を分かるだけの
魔物に恥も外聞も無く、あるのは生存本能のみ。
だからこそ、大半を死滅させられれば撤退をする。余程の狂乱状態にでもなっていない限りは。
「なんなんだ、こいつら……!!」
蟲に感情の色は無い。あるのは、機械的な命令遂行の意思のみ。
だからこそ止まらない。だからこそ進み続ける。
与えられた命令はただ一つ。
全てを食らい尽くせ。
段々と、魔法の迎撃が追いつかなくなる。
やがて蟲の進行の方が速くなり、そして、王都の外壁にぶつかる――その寸前で、見えない壁にぶち当たる。
そして、まるで子供に蹴られた毬のように盛大に吹き飛ばされる。
「ふぅ……耐衝撃と物理反撃結界は無事起動。なんかヤバそうだったから他より出力高めで起動してみたけど……こりゃ正解だったかな」
王都の上空。結界の範囲限り限りのところを浮遊する一人の人物。
百六十程の身長に、緩やかに束ねられた長髪。一見すれば女性のようにも見えるけれど、れっきとした男であり、彼の着るローブにはパーファシール王国の紋章が大きく記されている。
彼こそは王国が誇る筆頭魔法師――マギアス・テスタロッサ。王国一の魔法師である。
王都には結界が在り、その結界には幾つかの機能がある。
その中の耐衝撃機能と物理攻撃反射機能を最大限に発揮している。
「はてさて……どうしたものかね」
言いながら、マギアスは監視用の使い魔を幾つか放ってから王城へと帰還する。
「どうだった、マギアス」
出迎えたのは、総兵士団長のアステル。鎧と自慢の大剣を背負い既に臨戦態勢。何時だって号令さえあれば出撃できる。
その少し後ろに立つのは、大男のアステルよりは小さいものの、それでも身長百八十を優に超す長身の男。
綺麗に整えられた髪に、くすみ一つ無い鎧を見に纏う彼こそ全ての騎士を統べる総騎士団長――アルカイト・グロリアスだ。
アステルの問いに、マギアスは溜息交じりに答える。
「どうもこうも、ボクも初めての事態で参ってるよ。なんだい、あの空の穴は? 決して良いものじゃ無いのは分かるけど、解決策がまるで見当たらないときた。それにあの蟲共ときたら、馬鹿みたいに全速前進しかしない。それに、穴から気持ち悪いくらいに湧き出てくる。最悪だよ。夢に出そう」
「マギアスでも見当もつかない、か。どうする、アステル?」
「一番手っ取り早いのが穴を塞ぐ事だよなぁ。岩でも詰めてみるか?」
「ああ、無理無理。あれ、物理的な穴じゃあ無いよ。脳筋極まれりな発想は嫌いじゃないけど、無理無理」
「分かってるよ。冗談だ冗談」
「けれど、アステルの言う事も最もだ。あの穴を塞ぐのが最善だろう」
「それまで結界と彼等が耐えられるかが問題だよ。調査するにも時間がかかるし、解明するにも時間がかかる。一応、データの収集は始めてはいるけど、いったいいつになるのやら」
「じゃあ全部ぶっ潰すか?」
「君達は化物みたいなものだから良いとして、他の面々は人間なんだよ? 心身が持たないって」
さらりと人を化物扱いするマギアス。しかし、二人は特にこれといって反論するでもない。
マギアスの軽口はいつもの事だが、状況が状況だ。常なら付き合うけれど、今は流す。
「……おいおい堅いってお二人さん。お前等騎士と兵士のトップなんだよ? そんなしかめっ面すんなよな」
「むっ……」
「俺はしかめっ面じゃねぇ。
「じゃあせめて堅気に見える表情してくれよ。お前等二人がそんなんじゃこっちがまいっちまうよ。最年少なんだぜボク? 重荷はおっさん達が背負ってくれなきゃ困るって」
「誰がおっさんだ」
「俺もまだ三十後半だわ」
「三十後半は十分おっさんでしょうよ」
「ぐっ……」
マギアスの言葉に、アステルは少しだけ傷付いたような表情を浮かべる。
「ともあれ、今は耐えるしか無いという事だな?」
「そうだね。蟲の数を減らしつつ、対策を練っていく他無いかな」
「消極的な作戦だな」
「だが、現状これしかあるまい。今は無限に見えて、数が底を突くという事も在るはずだ」
「並行して穴の調査も進めるよ。後世のためにデータは残しておかないといけないからね。今回きりで終われば良いんだけどってのが、本音のところだけど」
今までにない事態が起こった以上、今後も起こらないとは限らない。
対策を練るためには、資料を残して研究を進める必要がある。
「そうだな。騎士団は、外壁付近の住民を避難させておこう」
「んじゃあ、兵団は魔法師のサポートだな。後、冒険者にも依頼出しておかねぇとな」
「使える者はなんでも使っていこう。未曽有の事態だ。出し惜しむ方が危険と判断するべきだろうね」
「っし! んじゃ、早速行動開始だな!」
「ああ。頼んだぞ、アステル、マギアス」
「任せときなさいって。絶対徹夜だよこれ。やんなっちゃうわ」
「応よ! 住民の方は任せたぜ、アルカイト!」
「ああ、任せたまえ」
大まかな作戦が立ち、王国の戦力が本格的に行動を開始する。
とはいえ、根本的な解決には至っていない。
作戦は消極的な持久戦。けれど、三人の眼に諦めの色は無い。
彼等は公的に認められた王国最強の三人。王国の護りの要。
人々を救うために、
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