第81話 それぞれ、思い当たる節

 響いた喇叭ラッパの音は王都だけではなく、遠征中の一行にも聞こえてきていた。


「なんだ、この音……?」


 鳴り響く音に、一行は周囲を警戒する。


 しかし、特にこれといった異常は見当たらず、遠征は続行された。


 誰も、気に留めなかった。何処かで何かあったのだろう。何せ、音が何処から響いているのかも分からない。それに、今は合同遠征中だ。下手に首を突っ込んで子供達を危険に晒す訳には行かない。


 努めて気にしないようにした。ただ一人を除いては。


「……」


 シオンの表情が強張る。


「シオン? どうかしたの?」


 体調を心配したエンジュが声をかければ、シオンは取り繕ったように笑みを浮かべる。


「な、何でもないよ」


「……そう? 体調悪かった言いなさいよ? シーザーが背負うから」


「俺かよ! いや、良いけどよ」


「大丈夫。本当に何ともないんだ」


 ただ、少しの気掛かりがあるくらいで。


 そんな事で進行を止める訳には行かない。


 それに、シオンの気のせいかもしれない。たまたまどこかで鳴ったまったく関係の無い音の可能性だってある。


 そう思っているのに、鼓動が早鐘を打つ。


「んぉ? どうしたんだ急に?」


 突然、進行が止まる。


 シオンは前を歩いていたシーザーにぶつかりそうになるのを、何とか堪える。


「どうしたんだ、シーザー?」


「急に前が止まったんだよ」


 シーザーは列から少しずれて前の方を見やる。


「あー……どうなってんだか分かんねぇなぁ。なーんで止まってんだぁ?」


「こらそこ、列を乱すな」


「あ、すんません」


 列から少し外れたシーザーに、兵士から御叱りの言葉をいただく。


 シーザーは素直に列に戻りながら、御叱りを受けた兵士に訊ねる。


「急に止まりましたけど、なんかあったんすか?」


「さあな。此処からじゃ俺も見えん。ただ、人と話してるようだぞ」


「人? さっきの音と何か関係があるんすかね?」


「さあな。ただ、ちらっと見えた感じ、先頭の騎士さん方よりも小さかったな。丁度、お前達と同じくらいの背丈だ。あ、お前は除くぜ、シーザー。お前程でかくは無い」


「なるほど。ちんちくりんだったんすね」


「そこまで言ってねぇよ。てか、誰だか分からねぇうちから滅多な事言うもんじゃねぇぞ? やんごとねぇ相手だったらどうすんだよ」


「そこはほら、聞かかなった事で」


「んな訳行くか。俺の首も飛ぶっつの。……っと、どうした? なんかあったか?」


 話の最中、前から伝令役が走ってくる。因みに、先程からシーザーと話をしている兵士は隊長格なので、報告を受け、それを伝達する義務がある。


 伝令役が兵士の前で止まり、はきはきとした口調で要件を伝える。


「合同遠征は一時中断。急ぎ、王都へと引き返す事となりました」


「はぁ? 中断? どうしてだ?」


 兵士の言葉に、伝令役はちらりと子供達に視線を向ける。


 それだけで、兵士は納得をする。


「ああ、なるほど。分かった分かった。中断な。んじゃ、ガキ共、遠足は終わりだ。帰んぞー」


「え、あ、はぁ……」


 緩い言葉遣いで言う兵士。けれど、その目には一切の油断が無い。


 敏い者であれば、何か緊急の事態に直面していると分かるだろう。


 先頭が大きく旋回し、とある方向へと一直線に進む。


 そして、一行の先頭より先を、一人の少女が走って行くのが見えた。


「女の子……? あの恰好は……」


 それを見ていたオーウェンは一人考え込むように記憶を探る。


 独特な民族衣装。炎を象徴とする装飾。そして、その民族を表す紋章が彼女の胸元には在った。


「確か、斎火の…………っ、まさか……っ!!」


「おっと、それ以上はいけないよ、オーウェン君」


 思い当たった直後にオーウェンは一行の最高責任者の元へと向かおうとしたけれど、その手を何者かに掴まれる。


 彼の手を掴んだのは、遠征の最中、オーウェンに良くしてくれた騎士だった。


 飄々とした態度ながらも、その思考や腕は鋭く、オーウェンとしても見習う事が多いと思う尊敬できる騎士だ。


「しかし!」


「それ以上言って、他の子を不安にさせるつもりかい? 集団行動でパニックを起こすのがどれほど悪手か、分からない君では無いだろう?」


「くっ……そう、ですが……!」


「不安なのは君だけじゃない。だが、そこは押し殺すべきだ。騎士としても、友を思う一人の人間としても、ね」


「分かり、ました……」


「うわぁ、不満げだねぇ。ま、分からないでもないけどさ。一つだけ教えてあげられるとしたら、直ぐに直ぐどうこうなる話でも無いって事さ。心配しなさんな」


 安心させるようにオーウェンの背中を叩き、騎士は自身の仕事に戻る。


 焦る事は無いという彼の言葉を、オーウェンは信じる他無い。


 走り去っていった少女の胸には、斎火の民を象徴する紋章があった。斎火の民は斎火の王の監視者としての側面も持つ。ゆえに、その紋章を斎火の民以外が使う事は許されない。各国で、それは犯罪行為と認定されている。


 それほど、斎火の民の役割は大きく、また斎火の民の知らせは国にとっても一大事になりうるという事なのだ。


 斎火の王に、何かがあった。それは、間違い無いだろう。


 現状、斎火の王に敵う者はいない。敵うとすれば、同じく魔物の王くらいのものだろう。


 後は、各国の最強を集結させた、事実上実現不可能なパーティーを作る他無い。


 斎火の王に何かが在り、それが良くない事であれば、逃げるのが最適解だ。逃げるにはそれなりの準備が必要になる。早ければ早いほど良い。


 だから、一刻も早くミファエルの元へと戻りたいのだけれど、今は自分勝手に行動するべきではない。集団行動で、混乱を招くような愚を起こしてはいけない。


 それでも、気掛かりなのは変わりないけれど。


 しかし、冷静になれば幾分か落ち着くことが出来る。何も焦る必要は無い。ミファエルにはあのルーナが付いているのだ。ルーナさえいれば、ミファエルだけはなんとしてでも救う事が出来るはずだ。


 あの者であればそうするだろう。そして、それが可能なだけの実力を持っている。


 落ち着け。ルーナが居る限りミファエルだけは安全だ。他がどうなろうとも、ミファエルだけは護りきるはずだ。


 例え斎火の王に勝てなくとも、逃げる事なら出来るはずだ。


 だから、大丈夫。落ち着け、オーウェン・ブルクハルト。


 自分に言い聞かせるオーウェン。


 しかし、心中の不安は取り除けない。


 何故だか、嫌な予感がするのだ。


 オーウェンが深刻な表情をしている傍らで、ドッペルゲンガーも思案するように眉を潜めている。


 ドッペルゲンガーも先程の喇叭の音を聞いた事があるのだ。


 忘れもしない。自分が住んでい・・・・・・・た最初の世界で・・・・・・・


『此処ももう駄目か。君は優秀だ。こんなところで破滅を迎えるのは実に惜しい』


 その言葉の後に、ドッペルゲンガーはその世界を離れる事になった。


 だから、その後がどうなったのかは分からない。けれど、良くない事が起こったとは聞いた。


 まあ、もう残っている理由も無かった。自分が見限った世界など、どうなろうとも構いはしなかった。


 今回だって同じ事。自分がどうなろうと知った事では無いし、主の命令に刃向かう事だって自分は出来はしない。


 粛々と、ルーナの命令を遂行するだけなのだ。


「……後は野となれ山となれ、だな」


「? 何か言いましたか?」


「ううん、何でもないよ。何があったんだろうね?」


「そうですね。あまり大事では無いと良いのですが……」


「だね。危ない事は、出来れば起きてほしくは無いし――――」


 ドッペルゲンガーは即座に取り繕い、アルカとお喋りをする。


 どうだって良い。世界が滅びようが、何だろうが。


 もう、どうだって良くなってしまったのだから。

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