第74話 姉妹、回想

 セリエには双子の姉が居た。どんくさいセリエとは違い、姉は出来が良い人物だった。


 何事に対しても積極的に取り組み、物覚えが速く、何をやらせても優秀な人だった。


 将来は有名な冒険者か兵士になる。そんな風に周りから言われる程、姉には期待が集まっていた。


 セリエも、いずれ姉が遠くに行ってしまう事を何となく分かっていた。


 だが、あんなにも早く、別の意味で遠くに行ってしまうとは思っていなかった。


 セリエと姉は森へ出かけていた。肉の確保と、薬草の採取が目的だった。村からそんなに離れていない森は、幼い頃から二人にとって通い慣れた森だった。


 特別凶暴な魔物も居ない。野草が豊富で、生物の多い森。森は、村にとっての恵みだった。


 森の怖さも、森の祝福も、双子は村の大人達に聞かされていた。


 それでも、姉が居るから大丈夫。そう思っていた。


 けれど、その日の森はいつもと違った。


 いつもは見付けられるはずの獲物が居ない。それどころから、生物の音すら聞こえてこない。


 いつもと違う森の様子に戸惑いながら、帰ろうとしたその時。


 森をおかしくしている元凶が現れた。


 自分を庇って、その元凶に、姉は――


「……っ」


 そこまで言って、身震いをするセリエ。


 震える腕を抑えながら、セリエは絞り出すように言う。


「……私は、姉さんの代わりなんです。だから、姉さんみたいに、強くならなくちゃいけないんです」


「なるほど」


 セリエの言葉に、オーウェンは神妙な顔で頷く。


「なら、君はそのままゆっくり強くなれば良い。そうすれば、きっと姉の代わりに立派になれるさ。私が保証しよう」


「……何を根拠に」


「今の君は優秀だ。昼間の戦いを見ていてそれは分かった」


 昼間、セリエにも戦う機会があった。そこでセリエの戦闘を見ていたけれど、比較的優秀な部類に入る実力を持っていた。それこそ、騎士科と兵士科を合わせても上位に食い込むくらいには優秀な腕だった。


 このまま研鑽を積めば、優秀な・・・姉の代わり・・・・・にはなれるだろう。

 

「姉の代わりで良いのならば、そのまま研鑽を積むと良い。焦る必要はこれっぽっちも無い」


 オーウェンの言葉に、セリエは不愉快そうに眉を寄せる。


 そんなセリエに気付きながらも、オーウェンは続ける。


「君の姉がどれほど優秀だったのかは分からない。けれど、妹である君が優秀さを示せば、姉の代わりにはなるだろう。村人も、家族も、君の成果を認めてくれるはずだ。時期を見て、順当に成果を上げる。それだけで、君は姉の代わりになれる」


「そんな簡単になれる訳……」


「なれるさ。君の言葉通りであるならば、君や村に必要なのは優秀な成果だ。それさえあれば、君は姉の代わりを務めた事になる。私の目から見ても、君は優秀だ。焦らず着実に力を付けて行けば、優秀な兵士になれるとも」


 オーウェンはセリエの実力を正しく認識し、その上でセリエが優秀だと太鼓判を押す。


 褒められているのは分かる。けれど、その言葉に虚しさを感じるのはきっとセリエの被害妄想では無いだろう。


「けれど、それは村と君が、ただ優秀な成果を期待していた場合だけだ。君の姉という存在を慕っていたのであれば、君はいつまでたっても代わりになる事は出来ない。そんなもの、目指すだけ時間の無駄だ」


「――っ」


 静かな口調で、オーウェンは自分の考えを告げる。


「貴方に……貴方に何が……ッ!!」


「分かるとも。私も、同じ事を考えた事があるのだから。もっと、君よりは事情が軽いとは思うがね」


 アリザが居ない環境で、ミファエルを支えるにはどうしたら良いか。入学してから、それを考えなかった事は無い。むしろ、一番に直面する問題だった。


 けれど、決闘を経て分かった。自分はアリザの代わりにはなれない。それをミファエルも望んではいない。


 ミファエルは、オーウェンと向き合う事を選んだ。であれば、アリザの代わりではなく、オーウェン・ブルクハルトとして向き合おうと、そう決めたのだ。


「私は、誰かの代わりにはなれない。良くも悪くも、私はオーウェン・ブルクハルトだ。それは、変えようのない事実だ。君が姉ではなくセリエであるように、変えられない事実だ」


 オーウェンの真剣な瞳に、セリエの瞳が不安げ・・・に揺れる。


「人は本質的に誰かの代わりにはなれない。私は、オーウェン・ブルクハルトとして精一杯御嬢様の騎士として努めるしかない」


 それで充分だと分かったし、それがミファエルに必要だという事も分かった。


「役割を代わる事は出来るだろう。けれど、君は君の姉にはなれないよ」


「――っ。……なら、私は……っ」


 不安に揺れるセリエの瞳。


 しかし、慰めの言葉をオーウェンは持っていない。それも必要はないと思っている。


 彼女の問題は、きっと誰かの言葉一つで簡単に解決するものではない。


 オーウェンは、自分の出した答えを教える事しか出来ない。それはオーウェンの答えなので、セリエの答えでは無い。オーウェンの言葉は、数ある答えの内の一つでしかない。


 そこから先は、セリエがどう受け止め、どう消化していくかだ。


 ただ、誰かが誰かの代わりになれないという言葉自体は間違えていないとは思っている。


「ブルクハルト、交代の時間だ」


 少しだけ眠たげな眼の同級生が静かに声をかけてくる。


 どうやら、話し込んでいる間に交代の時間になっていたようだ。


「分かった。後はよろしくね」


「ああ。君も交代だ。明日もあるから、早く休むと良い」


「は、はい……そう、します……」


 早足で、セリエはその場を離れる。


 そんな彼女を見て、同級生は怪訝な表情をした後にオーウェンに言う。


「尻でも触ったか?」


「そんな馬鹿な事する訳無いだろう」


 同級生の言葉に、オーウェンは思わず呆れたような表情を浮かべる。


「暗がりを利用して」


「してない」


「じゃあ、弱みに付け込んで」


「私がそんな卑劣漢だと思うか?」


「じゃあなんで逃げるように去って行ったんだ?」


「相談をされて、私の忌憚の無い意見を述べただけだ。彼女の考えと食い違ったから、気まずかったのだろう」


 オーウェンの答えに、同級生は納得したように頷く。


「ああ。ブルクハルトは、馬鹿正直だからな」


「真剣に答えているだけだ」


「優しさで言葉を包むという事を知らないだけだろう? まったく、皆お前程の鋼の意思を持っていると思ったら大間違いだからな」


「私だって、別に鋼の意思では……」


「お前は打たれたらその分強くなるだろう? けど、大半の者は打たれれば凹むだけだ。まぁ、そんな柔な奴はこの学院には居ないだろうけれどな」


 話は終わりだと言わんばかりに、同級生はしっしっと手を払ってオーウェンをどかそうとする。


 同級生の意図は分かるけれど、のけ者にされているようで少しだけ気に食わない。


「後は任せるよ」


「ああ」


 それだけ言って、オーウェンは自身の天幕へと向かう。


 同級生の言葉を受けて、少し言い過ぎたかなとも思うけれど、遠回しな言葉で言ってしまえば自分の真剣さは伝わらないと考える。


 それに、甘やかしの言葉は必要無いと思った。彼女が真剣であれば、自分も真剣に自分の意見を伝えるべきだ。


 それが正しかったかどうかは、明日にならなければ分からない。


 賽は投げられた。どう転ぶかは、セリエ次第だろう。


 明日の態度次第で対応は考えよう。そう決めながら、オーウェンは天幕に入って就寝する。


 初めての遠征という事もあって、疲れが溜まっていたのだろう。寮で使っている上質な寝具では無いけれど、直ぐに眠りに着いく事が出来た。


 実を言うと、眠れるかどうかだけが、一番不安だったのだ。

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