第73話 恋の話、重い話
一行は順調に行軍し、時折魔物との戦闘を繰り広げて、何とか初日の目的地へと到着する事が出来た。
簡易天幕を設置して寝床の確保と、携帯食料や野草、昼間に倒した可食部分のある魔物の肉を使って料理を作る。
食べられる時に食べられる物を食べておくのも大事な事だ。
兵士科の生徒はともかく、騎士科の生徒は家畜ではなく、魔物の肉を食べる事に多少の抵抗はあるようだけれど、食べ始めればその後は何の抵抗も無く食事を続けた。
交代で見張りを立てる。その中には勿論生徒も含まれている。
ドッペルゲンガー、シオン、シーザーの三人は最初の見張りなので、三人一組となって指示された位置に着いて見張りをする。
大体の者は疲れによって寝そうになるたびに、騎士や兵士に起こされるけれど、三人はしっかりと見張りをしていた。
視線は鋭く、暗闇の中の異常を見逃さないように視線を巡らせる。
「なあ」
見張りの最中、シーザーが小さな声で二人に声をかける。
「どうかした?」
「異常でもあったの?」
「いや、そうじゃねぇ。流石に眠くなってきたから少し口を動かそうと思ってよ」
他のところからも、微かに会話の声は聞こえてくる。寝ている者を起こすような声の大きさではなく、風音に紛れるようなささやかな話声。
騎士も兵士もそれを咎める事はしない。眠ってしまうよりは、口を動かしながらでも見張りをしてくれている方が良いからだ。
それを二人とも理解しているから、特に何を言うでも無くシーザーの次の言葉に耳を傾ける。
「……恋バナしようぜ」
「は?」
「え?」
静かな声で言うシーザーに、二人は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「恋バナ? なんで?」
「こういう、野郎だけの時じゃないと出来ないだろ?」
「いや、まあそうだけど……恋バナかぁ……」
シオンは困ったように眉を寄せる。
「なんだ? 苦い経験でもあんのか?」
シーザーの言葉に、シオンの表情に影が差す。
けれど、シーザーは視線を前に向けているのでシオンの表情の変化には気付かない。
「……苦すぎて吐き気がする話だね、俺的には」
「おおう……お前、どんな恋愛経験してんだよ……」
若干引いたように言うシーザーに、シオンは苦笑いを浮かべる。
「そういうシーザーは無いの、そう言う話」
「あー、まああるにはあるぜ」
「じゃあ、言い出しっぺからどうぞ」
「つっても、あんまし面白味がねぇんだよなぁ。普通に近所のお姉さん好きになって、好きだーっつったら断られたって話」
「普通だねー」
「だろ? ツキカゲはどうなんだ?」
「僕? 僕はそういうの無いかなぁ……ああ、でも……」
「でも……?」
ツキカゲという人物は生まれてまだ一年も経っていない。過去にそんな経験をしているはずも無い。
ただ、
誤魔化すように笑いながら、ドッペルゲンガーは答える。
「『愛しの純真』は面白いと思う」
「愛しの純真? なんじゃそりゃ」
「シーザー知らないの? 今流行りの恋愛小説だよ。エンジュもスノウも読んでるって言ってた」
「なーんだよ
つまんねーと言いたげなシーザー。
「じゃあよ、好きな女のタイプは? 因みに俺は――」
「「ナイスバディのお姉さん」」
「よく分かってんじゃねぇか」
はもりながら答える二人に、シーザーは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「相棒はどうなんだ? お前意外とむっつりそうだからなぁ」
「酷い言われようだね……んー、でも、優しい人が良いかな」
「んだよ、その無難な感じ」
「良いでしょ、無難でも。優しい人が好きなのは事実だし。もし仮に性格がきつい人と結婚ってなってもみなよ。僕は毎日尻に敷かれる自信があるとも」
「うわぁ……簡単に想像できらぁ」
「確かに。ツキカゲはあまり強く出られなそうだよね」
「うん。だから絶対に優しい人が良いんだ」
もう二度と、性格のきつい女には引っかからない。誰も知らない事ではあるけれど、ドッペルゲンガーはそう決めているのだ。
一度、手酷い結果になってしまったから。
もう捨てた過去。もう戻らない過去。今更言っても仕方の無い事。
自分以外の誰も、知らなくて良い事。
「シオンはどうなの? 美人どころが二人近くに居るけど」
「あー……ぶっちゃけて言うと、俺も好みは優しい人なんだ」
「じゃああの二人は駄目だな」
「シーザー、それは酷いよ……」
しかして、事実ではある。
恐らく、シオンの行っている優しい人というのにスノウとエンジュは当てはまらないだろう。
「……さっきの、吐きそうなくらい苦い思い出の話になるんだけど」
「お、おう……別に、掘り返さなくても良いんだぜ?」
「その、意中の相手が優しい人だったんだ。そりゃあもう、自分より他人優先って感じの人だったんだ。それが、忘れられなくてさ」
吐きそうな程苦い話と、シオンは言っていた。つまりは、その恋は成就しなかったという事になる。
それも、特別酷い形で終幕を迎えたのだろう。
「ちょっと、アルカが似てるかな。その人に」
「つまり、シオンがほの字なのはアルカって事か?」
「良いなーとは思う。正直ね」
「まあ、一番優しそうだしなぁ。おっぱいも大きいし」
「シーザー……」
「女性の魅力は胸だけじゃないよ、シーザー」
呆れたような表情を浮かべるシオンとドッペルゲンガー。
「でも惹かれるだろ?」
「そりゃあ……」
「まあ……」
シーザーの言葉に、二人は頷かざるを得ない。だって男の子だもの。
「まあでも、俺の好みはセクシーなお姉さんだ。同い年なんて眼中にねぇから安心しろよい」
言って、にやにやと二人を見るシーザー。
その視線の意味が分からず、二人は顔を見合わせる。
「修羅場かなー、こりゃ」
二人の様子を見て、呆れたように笑うシーザー。
わいのわいの。夜の静寂に紛れる程の声量で、三人はお喋りを続ける。
子供らしい、男の子らしい、他愛の無い会話。
そんな他愛なさの中に、一抹の闇を抱えた会話。
三人だけの会話は、誰に聞かれるでも無い。そしてそれは、この二人にも同じ事だった。
三人から離れた位置に見張りをしている二人。オーウェンとセリエは特に会話をする事も無く見張りを続ける。
涼し気な顔をするオーウェンだけれど、気まずさが無い訳では無い。
他の者が話をしているのは聞こえてきている。
何を話しているのかは分からないけれど、コミュニケーションをとるために話をしたり、眠気を誤魔化すために話をしているのは分かっている。
自分達も話すべきなのかと思ったけれど、今日が初対面の相手と何を話して良いものなのかが分からない。
困ったぞと思いながらも、見張りに支障が出ないのであればそれで良いとも思う。
どうしたものかと思っていると、セリエの方から声をかけて来た。
「……一つ、聞いても良いですか?」
「ん、あ、ああ。何かな?」
「どうして、そんなに強くなれたのですか?」
真剣な声音のセリエ。
「噂になってる通りだよ。影の国で修業をした。それだけ」
あの日、誰もがオーウェンが影の中から出てくるのを見た。
そこからオーウェンもミファエルと同じで学院長に呼ばれたり、影の国はどういったところだったのかを聞かれたりした。
正直に答えたりはしたものの、影の国の事を自分から語る事はしなかった。
あの日々では戦う事に必死だった。
それ以外の物を見れていないので、語るべき言葉を持ち合わせていないというのも理由の一つだけれど。
「それは、本当ですか?」
「ああ」
「私も……私も、影の国に行けますか? 行って、強くなれますか?」
「無理だと思うよ」
セリエの言葉を、オーウェンは即座に否定する。その声は真剣そのものだ。
「それは、どうしてですか?」
むすっとした声音。機嫌を悪くしたのは聞くまでも無いだろう。
「私は影の国への行き方を知らないし、影の国へ行ける者もそれを秘匿したいと思っているからね」
ルーナの正体を、影の王は知っている。そのため、影の国への入り方を知られたくは無い。
オーウェンやミファエルに影の国への入り方を教えて無いのはそのためだ。
「それと、強くなれるかどうかは分からない。けれど、今の君の実力では行ったところで強くはなれない」
「それは、どうしてですか?」
「強くなる前に死ぬからだよ」
静かな声音で、オーウェンは断言する。
「私も、私を護ってくれる二人が居たからこそ、修行という形をたもつ事が出来た。まぁ、あれを修行というのかは、甚だ疑問だけれど……ともかく、私は一人では無かった。だから、こうして強くなることが出来た。要は、甘やかされて強くなったのさ」
本人はそう言うけれど、あの場で死ななかったのはオーウェンの実力があってこそだ。そして、経験を活かし勝ち残る術に昇華できてこそだ。
例え女鬼と悪魔が同道していたとしても、成長しない者はとんと成長しない。
オーウェンには才能が有り、その機会を生かす力があった。それは、とても重要な事なのだ。
「影の国へは、出来れば行かない方が良い。少し入っただけだが……あそこは、少しおかしい」
「強くなれるなら、構いません。例えおかしなところだろうと、今以上に、強くなれるなら……」
ぐっと、握り込む手に力が入る。
「どうして、強くなりたいのかな? 君にも、護らなければならないものがある、とか?」
オーウェンの問いに、セリエは重々しく口を開いた。
「私のせいで、姉が死にました。私は、その代わりにならなければいけないのです」
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