第72話 遠征、初めての実戦

 パーファシール王国が栄えているとは言っても、人の手が付いていない場所はある。それは、王都の近辺でも同じ事だ。


 魔物が徘徊している平原を、一行はずんずん進む。


 徘徊していると言っても、数では一行が明らかに有利。下手に手を出して来る訳も無く、一行を見たら逃げる魔物が多い。


 しかし、それでも向かって来る魔物も一定数存在する。


 数の暴力をものともしない魔物や、縄張り意識の強い魔物は即座にその爪牙を見せつけて襲って来る。


 狼型の魔物が群れで一行に迫る。数は多く、二十を超えている。


 それが、丁度オーウェンの居る列の中腹に迫る。


 一度目の戦闘。誰に言われるでも無く、オーウェンが列を外れて前へ出る。


「我が儘かと思いますが、一振りだけ任せてくれませんか?」


「よろしい。では、お手並み拝見と行こうか」


 近くに居た騎士に許可を取り、オーウェンは群れへと歩く。


 別に、全てを倒そうとは思っていない。全て倒してしまったら、他の者の実戦経験にはならない。


 だから、一振りだけに留める。


 たったの一振りで自分の現在地を探る。


 本気の一撃を放つ必要があるだろう。


 素早く剣を抜き歩きながら迎え撃つ。


 一際大きな魔物がオーウェンに飛び掛かる。


 実戦慣れしていない者からすれば、野生の速度は目を見張るものがあり、視界で捉える事が出来ても身体が反応してくれない事だろう。


 実際、魔物の速さに他の者達は焦っていた。


 けれど、オーウェンは違う。


 最初から思っていた事だけれど、どうにも魔物の動きが遅い。


 そう感じてしまうのは、単にオーウェンの動体視力が上がったのと、判断能力が向上したからだろう。


 簡単に目で追う事が出来、数も場所も把握できるようになっている。


 そして、どういうときにどう対応すれば良いのかも分かっている。だからこそ、判断が速い。


 魔物の爪を紙一重で躱し、流れるように魔物を両断する。


「なるほど」


 一つ頷いて、自分がどれくらい強くなったのかを改めて実感する。


 雑魚であれば物の数ではない。


 以前であれば、多少の苦戦は見せたかもしれない。けれど、今では苦戦の苦の字も出ないだろう。


「凄い……」


 そんなオーウェンを、後ろから観察していたセリアは、思わず感嘆の声を漏らす。


 オーウェンは苦も無くやってみせたけれど、実際はそんなに簡単な事では無い。


 紙一重で躱すのには技術が必要だし、同じように、肉も骨も一振りで断つにも技術が必要だ。


 それを、簡単そうにオーウェンはやってみせたのだ。


「ほほう、やりおるな。よし、他の者も武器を構えろ! 安心したまえ! 我々がしっかりと護ってみせよう!」


 騎士が発破をかけながら、一体ずつに分断する。


 それを、生徒が数人がかりで倒していく。


「っし、俺一番槍で良いか?」


「どうぞご自由に」


「俺は構わないよ」


「「ケツ噛まれて泣くなよ~!」」


 やる気満々だった面々からお許しを貰い、シーザーが魔物と対峙する。


 笑ってはいるけれど、少し表情が堅い。


 当たり前だ。これからやるのは命を奪いあう戦い。騎士や兵士が護ってくれるとはいえ、下手をうてば自分が殺されるのだから。


 実を言うと、シーザーにとっての実戦はこれが初めてである。模擬戦は何度もしたけれど、命の奪い合いは初めてなのだ。


 槍を握る手に力が籠る。


「シーザー」


 背後から、ドッペルゲンガーが声をかける。


「無理なら僕が変わるけど?」


 とんとんっと、六尺棒で肩を叩きながら言う。


 ドッペルゲンガーの言葉を聞いて、シーザーははっと強気に笑って見せる。


「はっ、冗談!」


 言葉と同時にシーザーは恐怖を振り切って槍を振るう。


 戦う事が恐ろしいと思うのは正常だ。むしろ、戦いに恐怖を覚えないような者は異常者だと、ドッペルゲンガーは思う。


 ルーナが百鬼夜行と戦った時、ドッペルゲンガーはルーナの姿を模した。


 その際、ルーナの情報をある程度知ることが出来た。


 逆に言うと、ある程度しか知ることが出来なかった訳だけれど、ルーナの思考は無理でも感情などは多く知ることが出来た。


 使命感と喜びの感情に触れた。けれど、それ以外の感情に触れる事が出来なかった。感情を上手く制御しているのか、それとも感じていないのかは分からない。


 戦闘になれば誰であれ多少の感情は浮き出るものだ。今だって、シーザーには恐怖と興奮、緊張などの感情が現れている。


 かたや子供で、かたや戦闘のプロ。比較するのもおかしな話だけれど、それでも大なり小なり感情は浮き彫りになるのだ。


 オーウェンにだってそれはあった。ドッペルゲンガーの性質上、人を見ればある程度は分かる。


 それが、ルーナには無かった。


 戦う事に関する恐怖が、ルーナには一切無いのだ。


 ルーナは人として少しおかしい。率直に、異常だと思うくらいには。


 感情の制御が上手いのか、感情を殺しているのか。


 ドッペルゲンガーには分かりかねる。模倣以上の能力を、ドッペルゲンガーは持ち合わせていないのだから。


「そう言えば、今日はその棒なんですね」


 アルカがシーザーの戦闘から一瞬だけ視線を外してドッペルゲンガーに訊ねる。


 ドッペルゲンガーは基本的に苦手な武器は無い。ナイフを好んで使うのは使い勝手が良く、携帯しやすいからだ。


 訓練中もナイフ以外の武器を使っていたので、ドッペルゲンガーが六尺棒を使っていても問題は無い。


「まあね。棒は使い勝手が良いから」


「そうなんですね」


「それよりも、シーザーを見ていてあげて。怪我があったら、アルカが頼りだから」


「あ、は、はい!」


 ドッペルゲンガーに言われ、アルカは一層シーザーの戦いに意識を割く。


 ドッペルゲンガーの言葉に嘘偽りはない。実際、ドッペルゲンガーは回復系の魔法を使えない。そもそも、模倣元のルーナが回復系の魔法を使えないのだ。


 ただ、ルーナは異常に自己治癒能力が高い。怪我の回復が常人では有り得ないくらいに早いのだ。


 その恩恵をドッペルゲンガーも受けてはいるけれど、それも二割程度の治癒能力だ。それでも、十分過ぎるけれど。


 ルーナは知れば知るほど人間からかけ離れているように思える。そもそも、人間かどうかも怪しいところだ。


 とはいえ、斬られれば血は流れるし、困ったような反応をする時もある。人間らしい部分もあるのだ。


「っしゃあ!!」


 ドッペルゲンガーが考えに耽っている間に、シーザーは魔物相手に勝ち星を上げていた。


「見たか相棒! 俺の華麗な槍捌き!!」


 拳を握り締めながら笑みを浮かべるシーザーに、ドッペルゲンガーも拳を上げて答える。


「流石だよ、シーザー。惚れ惚れする槍捌きだよ」


「だろ!」


 拳と拳を打ち付け合う二人。


「っし! この調子でガンガン行こうぜ!」


「次はうちらがやるー!」


「もうぎったんぎったんのべっこんべっこんにしてやんよー!」


 シーザーと同じく、やる気満々の双子。


「わ、私は、遠慮したいなぁと……」


「無理に戦う事も無いよ、アルカ。アルカは専門は回復だからね。誰かが怪我した時のために、力を温存しておいて欲しいな」


「あ、はい! 頑張って、治しますよー! シーザーさん、怪我は無かったですか? 大丈夫ですか?」


「悪いな、アルカ。俺の華麗な戦いぶりの前に、狼野郎の爪はなすすべもなかったようだぜ」


「そうですか、残念です……」


「俺が怪我してた方が良かったと!?」


「あ、いえ! 違います! 出番が無くて残念という意味で、決してシーザーさんが怪我をしてなくて残念だと思った訳では無いです!」


 よよよと泣き真似をするシーザーに、アルカが慌てて弁明をする。


「貴方達、お喋りはそのくらいにしておきなさい。まだ戦闘は続いてるのだから」


「あ、悪ぃ、つい……」


「あうぅ……すみません……」


 スノウの言葉に二人はしょんぼりと肩を落とす。


「きっとまだまだ魔物は襲って来るわ。気を引き締めなさい」


 いつになく真面目な表情のスノウ。シオンとエンジュの表情も、他の者と違って引き締まっている。


 実戦経験があるだけに、他の者達よりも心構えが違うのだろう。


「おう。一番槍は任せろ!」


「か、回復頑張ります!」


「ええ、期待してるわ」


 スノウは薄く微笑んで答える。


 あの三人はシオンがリーダーなのかと思っていたけれど、案外スノウがリーダーなのかもしれない。


「さ、魔物も倒した! このまま進むぞ!」


 魔物の群れを倒した一行は再びを歩を進める。


 遠征は、まだ始まったばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る