第71話 騎士と兵士と司祭様
王都の正門に集合し、待ちに待った合同遠征が始まった。約一体、もう帰りたいと思うドッペルゲンガーが居るとか居ないとか。
ともあれ、一行は決められた進路で隊列を組んで進む。
今回の進路はあえて魔物の出現の多い道を選ぶ。とはいえ、下位の魔物ばかりだ。騎士達が居れば問題は無い。
騎士の数が五十、兵士の数が百五十、生徒の数が百。丁度三百人の行軍。生徒達はなれてはいないけれど、兵士や騎士は慣れたもの。生徒達を護るという仕事ではあるけれど、遠足気分の者も少なからず居る。かと言って、気を抜くような輩は居ないけれど。
「ねぇ、ブルクハルトさん」
「ん、何かな?」
真面目な顔で歩くオーウェンの隣に立つ兵士科の少女が、仏頂面でオーウェンに声をかける。
因みに、ドッペルゲンガー達はその少し後ろに居るので、二人の会話は聞き取れる。と言っても、皆が皆会話をしているので、誰もオーウェン達を気にかけはしないけれど。
しかし、ドッペルゲンガーとしては気になるところだ。何せ、オーウェンはミファエル陣営の人間。鬼畜な我が主をぶっ飛ばすと言っている人間。強くなってもらいたいなと思う次第なのだ。
それとは別に、ルーナにオーウェンの動向に気を配れとも言われている。オーウェンが死にそうだったら、最悪少しだけ力を引き上げても良いと命令もされている。
アルカと行軍の予定の確認と、簡易天幕の設営等の役割分担の擦り合わせをしながらオーウェンの会話に耳を傾ける。
「今回の遠征中にもしも魔物と戦う事があれば、ブルクハルトさんと組ませてもらえませんか?」
「私は構わないけれど……きっと、私は魔物と戦う事は無いと思うよ?」
「それはどういう意味ですか?」
「今回の遠征は実戦経験の少ない者達に実戦経験を積ませる事にある。私の場合は、短期間で
あの激戦の日々をある程度と言い表すのには理由がある。
あの後、ルーナに影の国の魔物について訊ねる機会があった。その時、ルーナは言ったのだ。
『あれはそこら辺をうろついている雑魚だ。都付近だったからあの程度で済んだが、あれ以上都から離れればお前では太刀打ちできない者も居ただろう。まぁ、徘徊騎士がその手の者は狩って回っているが、一人では漏れる事もあるからな』
あれが、あの強さで、そこら辺に居る雑魚。満身創痍で戦ったのに、その相手よりも強い者が居る。
一瞬、打ちのめされた。けれど、直ぐに考えを改めた。
ロックにもバンシーにも劣っていたのだ。ルーナも含め、自分より強い相手なんてごまんといる事だろう。
まだまだ自分は経験を積まなくてはいけない。まだまだ自分は力を付けなければいけない。
まだ強くなれると分かった。であれば、こんなところで立ち止まっている余裕など自分には無い。
「では、戦わないのですか?」
「いや。一度は戦おうと思っている。自分の現在地を正しく把握したいからね」
こちらの魔物を相手に自分が何処まで出来るのかは把握しておいた方が良い。
「なら、その一戦お供させてください」
「私は構わないけれど……私よりも、熟練の騎士の戦いを近くで見た方が良いのでは?」
「騎士様の戦いも見させていただきます。ですが、今は誰よりもブルクハルトさんを見ていた方が勉強になります」
「そう、かな……?」
「はい」
こくりと頷く仏頂面の少女。
隣に居られて、迷惑という事も無い。それに、彼女にも何か思うところがあるのだろう。特に迷惑でも無いのであれば好きにさせておけばいいだろう。
「分かった。私から学べることがあるかはさて置き、君の好きなようにすると良い」
「はい。ありがとうございます」
仏頂面ながらも、ぺこりとお辞儀をする少女。
「それで、君の名前は?」
「セリエです」
「分かった。よろしく、セリエ」
「はい」
仏頂面の少女――セリエは頷く。
事の成り行きを見守っていたドッペルゲンガーは、少しだけ意外な展開になったなと思う。
オーウェンはそうでは無いけれど、騎士科と兵士科は基本的には仲がよろしくは無い。オーウェンは上には上が居る事を知り、ミファエルの思想を知っているだけに迂闊な発言や行動は慎むようにしているし、産まれで全てが決まる訳では無い事も重々承知している。産まれが全て、血筋が全てだと主張する事はつまり、ミファエルを否定する事にもなる。
自ら変わろうとし、動き出しているミファエルを前にして、そんな事を言えるはずも無く、思うはずも無い。
騎士としても、人としても、オーウェンは歳に似合わず濃い経験をしている。他の生徒と比べても、考え方も捉え方も別格だと言っていい。
兵士科は、ドッペルゲンガーの周りを歩くのほほん組は別として、騎士科にある程度の苦手意識は持っている。
お互いにあえて突っかかるような事はしないけれど、だからと言って協力をしようともしていない。
だからこそ、セリエの事が意外で仕方がない。
余程切羽詰まっているのか、それとも何も考えていないのか。
仏頂面をしているので真意は分からないけれど、何かしら事情がありそうな気もする。
純粋に強くなりたいという気持ちが先行している可能性もあるので、何とも言えないけれど。
オーウェンを見ておく必要がある事は変わらない。ついでにセリエの動向も出来る限り見ておこう。
「では、ツキカゲさんは料理当番という事で! 楽しみにしていますね!」
「え、ああ、うん……頑張るよ」
そつなく返答をしている間に料理当番になってしまったドッペルゲンガー。
どうしよう。料理、した事無い……。
笑顔の下で、ドッペルゲンガーは冷や汗をだらだらとかいていた。
〇 〇 〇
合同遠征が始まって少し後、出ていく一行と変わって王都に入る一行の姿があった。
質素ながらも質の良い馬車に乗って王都を訪れたのは、祝樹祭の準備に携わる世界樹信教の信徒達だった。
馬車の列の中に、他の馬車よりも質が良く、気持ち豪奢な造りになっている馬車が一台あった。
馬車の中には男女一人ずつ、対面に座っていた。
一人は、白と緑の修道服に身を包んだ少女。
一人は、白と緑の修道服に身を包んだ男性。
「わぁ……大きな門ですねぇ」
馬車の窓から身を乗り出してのんびりとした声音で少女が言えば、男はちらりと視線を窓の外に向けるだけ。勿論、ちらりと見ただけでは王都の門を見る事は出来ない。
「ピュスティス様、身を乗り出しては危険です!」
馬車の外で騎士が慌てたように言うけれど、少女――ピュスティスはのんびりとしたもの。
「え~? 大丈夫ですよぅ。あぁ、見てくださいカインドさん。兵隊さん達が歩いてま、あわわわぁっ」
「ぴゅ、ピュスティス様!?」
身を乗り出し過ぎて落ちそうになるピュスティスの背中を掴み、男――カインドは乱暴に椅子に座らせる。
「あわぁ……びっくりしましたぁ」
「ピュスティス、君は少し落ち着け。君はもう司祭なのだ。いつまでも子供気分でいるものではない」
「はいぃ……ごめんさぁい」
カインドに叱られ、しょんぼりとするピュスティス。
「でも、なんだか落ち着かないのです」
「なんだと?」
「なんだか、此処に来てから妙な胸騒ぎを覚えるのです」
「…………単に、緊張という事もあろう。君にとっては初めての大仕事だ」
「だと、良いのですがぁ……」
「例え不安でも、その表情を信徒達の前で見せる事は司祭として褒められた事では無い。慎め」
「はいぃ……」
不安げな顔を一層しょんぼりとさせるピュスティス。
カインドは少し考えた後、ポツリと呟く。
「何事も、無いと良いのだがな」
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