第69話 二重に歩く者、いざ遠征へ

 長いようで短い一ヶ月が過ぎ、いよいよ学院生徒と各騎士兵士による合同遠征の日となった。


 当日は朝から快晴。絶好の遠征日和となった。


「楽しみだなぁ、相棒!」


「そうだね」


 表ではにこにこ笑顔でシーザーの言葉に頷く。しかし、内心は言葉とは裏腹のものだった。


 正直に言えば、行きたくない。激しく、行きたくない。


 遠征に言っても楽しくない。本を読んでいる方がずっと良い。


「……? ツキカゲさん、元気無いですか?」


「ん、どうして?」


「いえ。いつもより笑顔に力が無かったので」


 じっとドッペルゲンガーを見るアルカ。


「始めての遠征だから緊張してるんだよ」


「ですかぁ……」


 ドッペルゲンガーの言葉に、アルカは納得したような納得してないような声を出す。


「合同遠征と言っても、そう気負うものでも無い。凄く遠い御散歩のようなものだ。気楽に行ってくると良い」


「魔物と遭遇する進路を歩く事をお散歩とは言わないんですよ、殿下」


 アイザックの言葉にドッペルゲンガーは苦笑で返す。


 今は一緒に居るが、アイザックは勿論お留守番だ。何せ、アイザックは騎士でも兵士でも無い。校門までわざわざ見送りに来ただけなのだ。


「私も行きたかったなぁ……座ってるより余程楽しそうだ。そうだ、今からしれっと着いて行ってしまおうか。うん、そうしよう」


「そうしようじゃ無いですよ。大騒ぎになるので止めてください」


 笑っているが、アイザックの目は本気だった。誰も止めなかったらしれっと着いてくる気満々の顔をしている。


「冗談だ冗談」


「どうだか……」


「おい、本当に冗談で言ったからな? ……いや、八割本当に行こうかなと思ったが……」


 殆ど本気だったようだ。同意しなくて心底ほっとする。


「ともあれ、私にも仕事がある。私でなくても良い仕事だがな」


 珍しく、言葉に拗ねたような色があったけれど、それも一瞬の事。仕事を面倒だと思う表情にその感情も紛れ込んでしまう。


「まぁ、頑張ってこい。学院に籠っていたんじゃ実戦なんて出来ないからな」


「はい」


 アイザックに見送られ、一行は王都の正門まで移動する。


「魔物との戦闘なら、シオンは俺達よりは経験豊富なんだろ? なにせ、ドラゴンと戦った訳だしよ」


 移動をしながら、シーザーがシオンに訊ねる。特にからかっている様子は無く、純粋に事実を言っているだけのようだ。


「……まぁ、皆よりは豊富だと思うけど……きっと彼には負けるよ」


 その視線の先にはオーウェンの姿が。


 オーウェンは友人と話しながら歩いており、時折笑みを浮かべている。


 その笑みを見て、兵士科の女子生徒や騎士科の女子生徒が頬を赤らめている。


 オーウェンはあの活躍があってから、男女問わずに人気を博している。以前のような雰囲気を残しながら、少しだけ鋭くなった視線に心臓を射抜かれる女子が少なく無いのだとか。


 ドッペルゲンガーも話に聞いているけれど、魔物でもドン引きするような戦いを強いられたようで、そりゃあ経験豊富にもなると納得せざるを得ない程の戦いだったとか。


「でもま、噂の騎士様もドラゴンまでは倒して無いだろ。シオンはドラゴン倒したんだろ? それは胸張って良いんじゃねぇか?」


「……と言っても、手負いのドラゴンを何とか三人で力を合わせてって感じだけどね」


「普通は手負いのドラゴンでも相手にしたくねぇっての。なーんでお前さんはそんなに謙遜すっかね」


「事実を事実のまま認識したいだけなんだ。力があるって思い上がったら、きっと上には行けないからさ」


「おー、ストイックな答えで俺も驚き……」


「シオンさんほど強くても、それ以上強くなりたいと思うんですね」


 アルカの言葉に、シオンは酷く悲し気な表情を浮かべた。


「強くなくちゃ、護れないもの・・が多過ぎるからね」


「なんて言ってるけど、シオンが誰かを護れなかった姿なんて見た事が無いわ」


 エンジュがふんっと鼻を鳴らしながら言う。


 エンジュの言葉に、シオンは誤魔化すように笑う。


「もしも話だよ。用心深くて悪い事なんて無いだろ?」


「そうだけれど、貴方の場合は用心というより……」


 言って、スノウは口ごもる。


「というより?」


「…………いえ、何でも無いわ。用心深くて悪い事なんて無いわね」


「ま、そうだな。アステル総兵団長と戦ったら上も見えたし、もっと強くならなくちゃって思うよなぁ」


 一瞬暗くなりかけた空気をシーザーが呑気な声を出して柔らかくする。


「確かに、総兵団長様は強かったですねぇ」


 しみじみとした声音でアルカが言う。


「良いイケオジだった……」


「声も渋かった……」


 しみじみと双子も呟く。


 そして、何故だか二人の腕の中には猫が居た。


「どっから連れてきたの?」


「歩いてたから拾った」


「寄って来たから抱っこした」


「どこから?」


「「学園出た辺りから」」


「放してあげなさい……」


「ほーい。じゃあなぁ、猫吉」


「じゃあなぁ、猫ザベス」


 独特な名前を付けている双子。双子は本当に自由過ぎるなぁとドッペルゲンガーは思う。


 猫達はたったか走って学園の方へと走って行く。


 ていうか、あれフランの眷属じゃーん。と、遅まきながら気付く。


 この街に居る猫は十匹程フランの眷属が放たれており、そこから猫独特の情報網を構築しているらしい。


 重要な話から井戸端会議までフランには筒抜けらしい。


 眷属と言ってもフランの部下になっただけで特別な事は出来ない。ただの猫には変わりないのだ。


 しかし、情報は力だ。ルーナは様々な情報を得るためにミファエルへの伝言役にフランを選んだのだろう。


「良い毛並みだった」


「もっふもふだったなぁ」


「お前等はいつも通りだなぁ」


 緊張感の無い双子に、シーザーは呆れたように言う。


「そういうシーザーも道行くお姉さんを目で追ってるじゃないか」


「それは男の義務だろ?」


 シオンの言葉に、シーザーは胸を張って答える。


「最低」


「クズ」


「女の敵ー」


「すけこましたろうー」


 女性陣から非難を受けるも、ふんっと鼻を鳴らして一蹴するシーザー。


 アルカだけはあわあわしているだけで、特に非難する事は無い。


「あ、あの……あまり不躾な視線だと、女の人も困るかなと……」


「俺は綺麗なものに目を惹かれてるだけだ。決してな、いやらしい意味で――」


「あっ、あそこに際どい恰好のお姉さんが」


「何処だ!? 何処に居る!?」


 シオンの言葉にシーザーは即座に反応をする。


 が、勿論シオンの嘘である。


 くくくっと楽しそうに笑うシオンと、冷たい視線を向ける女性陣。


「騙しやがったなこの野郎!!」


「騙されるシーザーが悪いだろ!」


 シオンの首に腕を回すシーザー。男子同士のじゃれ合いというやつだろう。ドッペルゲンガーには縁の無いものだ。


 だから、ドッペルゲンガーは一歩下がって二人の様子を見るだけ。それが居心地が悪いわけでは、決してないけれど。

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