第67話 猫妖精、怖がられる

 二階席に響き渡り、一階にも漏れ聞こえる声量で悲鳴を上げたのは、魔法科の生徒だった。


 因みに、各科が一目瞭然となるように科によってデザインが違うので、誰がどの学科なのかは制服で判断する事が出来る。


 なので、悲鳴を上げた生徒がどの学科なのかもわかれば、二階席に居る事から彼が貴族である事も容易に判断が出来る……のだけれど。


「あぁぁぁっ……こ、ここ、来ないでくれぇ……!!」


 部屋の隅まで全力で走り、観葉植物の裏に隠れてしまったもっさり頭の少年。


「むむっ、失礼ですにゃあ。こんなにきゅーとでぷりちーで清潔感のある猫はそうはいないですにゃ」


 猫目を吊り上げるフラン。しかし、ミファエルの許可なく動く事は無い。良い子にミファエルに抱っこされている。


「あぁぁぁっ……ね、猫は、駄目なんだぁ!! 猫は僕を引っ掻くし、お構いなしに本を破くし、む、虫だって食べるだろ!? ぜ、絶対に僕に近付けないでくれよ!!」


「あ……申し訳ございませんでした」


 異常にフランを怖がる彼を見て、ミファエルは素直に頭を下げる。


 確かに、猫が苦手な人も居よう。大勢の者に受け入れられているので、完全に大丈夫だと思ってしまっていた。少々、配慮が足りなかったようだ。


「フラン。軽食を貰って外で食べましょう。それでも良いですか?」


ぼくは御嬢さんと一緒なら何処でも良いですにゃ」


 にまっと笑顔で可愛い事を言うフラン。


 ミファエルも思わず笑みを浮かべる。


「皆様、申し訳ございません。私はフランと外で食べますね」


 ミファエルと一緒に居た生徒達は残念そうな顔をする。フランと一緒にお昼ご飯を食べたかったというのもあるけれど、ミファエルと一緒にご飯を食べたかったのだ。


 本当は彼女達も一緒に行きたいけれど、ミファエルが自分達を気遣って言ってくれているのも分かっている。それを無碍にも出来ないのだ。


 外で軽食を食べるというのは、貴族としてあまり褒められた事では無い。それを好むというのももっての外だろう。


「なら、私達と一緒にどうだ、ミファエル嬢」


 そんな時、涼やかな声が掛けられる。


 声の主はアイザック。どうやら、叫び声を聞いて様子を見に来たらしい。


「アイザック殿下……」


「無論、君が私達と一緒でもよろしければ、だがね」


「よろしいのですか? その、フランも一緒になりますが……」


「猫一匹でどうこう言うつもりは無い。それに、女性陣はともかく、男衆がそんなに繊細なものか」


 ドッペルゲンガー、シーザー、シオン。確かに、この三人であれば気にする事は無いだろう。


 というか、何故王子のくせに二階席で食べないのだろうかとか、気にしてはいけない。ちょっと気になるけれど、気にしてはいけないのだ。


「そうですか。では、御一緒させていただきますね」


「ああ。君達も、ミファエル嬢を取ってしまって申し訳ないな」


「い、いえ! 滅相もございません!」


 アイザックが申し訳なさそうに言えば、ミファエルの友人達は慌てて大丈夫だと返す。


「それでは行こうか」


「はい。それでは皆様、また昼食後に」


 二人は一階に降り、アイザックが元々座っていた席へと向かう。


「皆、新しいお仲間だ。お行儀よくするように」


「よろしくお願いします」


「お願いしますにゃ」


 ミファエルがお辞儀をすれば、皆驚いたような反応を示す。が、おおむね好意的である。


 ドッペルゲンガーは二階席の会話が聞こえていたので内心では驚きはしなかったけれど、表では少しだけ驚いたような表情をしておく。


 ミファエルが席に着くと、フランは当たり前のようにドッペルゲンガーの頭に乗る。


「あ、こらフラン。駄目ですよ、人様の頭の上に乗っては」


「お気になさらないでくださいにゃ」


「いや、それ僕の台詞……」


 ドッペルゲンガーはフランの両脇を掴んでアルカの膝の上に乗せる。


 アルカは嬉しそうにフランを膝の上に乗せて緩く抱きしめる。


「ふわふわですぅ……あっ、か、勝手に抱っこしちゃってすみません! さ、触っても大丈夫でしたでしょうか?」


 ミファエルの許可なくフランを抱っこしてしまった事に気付き、アルカは慌てながらミファエルに訊ねる。


 が、悪いのはドッペルゲンガーとフランである。特にアルカが気にする事では無い。


「大丈夫ですよ。優しく撫でてあげてください」


「は、はい! よしよ~し」


 言われた通りに優しく撫でれば、フランは心地よさそうに喉をごろごろと鳴らす。


「はっ!? いけにゃいけにゃい! 心地よさの極地で忘れるところでした! 御嬢さん、ぼくはお魚を所望します!!」


「そうですね。給仕ウエイターは……」


「ミファエル嬢、こっちにはウエイターは居ないんだ。自分で好きな料理を取ってくるんだよ」


「あら、そうなのですか。では、取ってきますね」


 アイザックの言葉に、ミファエルは何の抵抗も無く料理を取りに行こうとする。


「にゃにゃ! 御嬢さん! それならぼくが行きますにゃ!!」


「え、大丈夫なのですか?」


「もちのろんですにゃ! にゃにゃっと取ってきますにゃ! 御所望のお品は?」


「では、フランと同じ物を」


「かしこまりましたにゃ!」


 アルカの膝の上から降り、フランはふにふにと肉球を鳴らして走る。勿論、二足歩行だ。


 走って行ってしまったフランを物足りなさそうに見つめるアルカと、次は自分達の番だと思っていた双子はフランを撫でられなくてしょんぼりしている。


「大丈夫でしょうか……」


「本人が……本猫? ……本人が、大丈夫だと言っているのだ。大丈夫なのだろう」


 言い方に迷った挙句、本人で良いだろうと判断したアイザック。確かに、喋る猫相手だと、少しだけ判断に迷う。


「それにしても、随分と友人が増えたな」


「はい。皆、とても良い方達ばかりで……私には勿体無いくらいです」


 アイザックの言葉に、ミファエルはにこっと嬉しそうに笑みを浮かべる。


 まるで花が咲いたような笑みに、思わずシーザーとシオンは見惚れてしまう。


「ふぐっ?!」


「ごぉっ!?」


 面白くなさそうな顔をするエンジュがシオンの脚を踏み、ポルルは八つ当たりとばかりにシーザーの脛を蹴る。


 二人とも急に痛がりだしたのできょとんとするミファエルと、呆れたように笑うアイザック。


「お待たせですにゃ~!」


 一つのお盆を両前足で持ち上げ、もう一つをなんと尻尾で持って来たフラン。


「ほれ、そこの人! 御嬢さんにこちらのお盆をお渡ししてくださいにゃ! ぼくの尻尾はもう限界ですにゃ!」


「あ、ああ……」


 尻尾の方のお盆をドッペルゲンガーに差し出すフラン。


 ドッペルゲンガーはフランからお盆を受け取ると、ミファエルの前に音を立てずに置く。


「どうぞ……」


「ふふっ、ありがとうございます」


 ドッペルゲンガーが置けば、ミファエルは嬉しそうに微笑む。


「そう言えば、きちんとした自己紹介はしていませんでしたね。私はミファエル・アリアステルと申します。そちらは猫妖精ケットシーのフランです。よろしくお願いしますね」


「フランですにゃ! よろしくお願いしにゃす!」


 早速魚を頬張りながら、フランも自己紹介をする。因みに、今度はポルルの膝の上に座っている。フランとしては誰の膝の上でも良いのだけれど、ポルルが手招きをしたからポルルの膝の上にしたのだ。


「以前も申した通り、僕はツキカゲと申します」


「はい。以前は申し訳ありませんでした。その、とても知人に似ていたものでしたので……」


 少しだけ恥ずかしそうに表情を作ってミファエルは謝罪をする。


「いえ、大丈夫です。少し、驚きましたけど」


 ドッペルゲンガーがそう言えば、ミファエルは恥ずかしそうにしながら柔らかく微笑む。


 他の面々とも自己紹介をして、その日のお昼はお喋りに興じた。


 屈託無く笑うミファエルを見るのは久し振りだったので、自然と口角が上がってしまったのは仕方の無い事だろう。一応は自分の護衛対象だ。辛い日々より、楽しい日々を送って欲しいと思うのは当然の事だろう。


 それを見てアルカはむむっと面白くなさそうに眉間に皺を寄せ、フランはにゃはーんと何かに気付いたように笑った。


 その二人の表情にドッペルゲンガーは気付いていたけれど、気にかけてはいなかった。

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