第66話 御嬢様、猫妖精と出会う

 伝言役を送ると言ってから、十日程経過した。それから、ルーナからは音沙汰は無かったので、猫がいつになったら来るのだろうと思っていたミファエルだったが、思わぬ形で猫が届いた。


 いつもと変わらぬ朝。その日はちょっとだけ特別な事が起こった。


 朝早くからミファエル宛に荷物が届いていたのだ。


 学院に通う生徒は実家から荷物が届いたり、何か必要になった物を発注したりする事が出来る。


 勿論、届いた物は危険物では無いかどうか学園側が精査する。


 この荷物はアリザから届いた。ルーナはアリザに猫を送るように言っておくと言った。つまり、この箱の中身は猫なのだろう。


 猫をずっと箱の中に入れているのは可哀想だ。そもそも、何故箱なのだろう? 動物を運ぶ際には檻をつかうものなのではないだろうか?


 精査を通ったという事は、学院側はこの猫を容認したという事だ。そこは信用して良いのだろうけれど、この猫を送るように言ったのはルーナだ。そこを考えるとあまり信用も出来ない気もする。


 ともあれ、朝という事もあってあまり時間は無い。ミファエルは箱の蓋を開ける。


 瞬間、『にゃんにゃかにゃーん!』と声を上げて箱の中から何かが飛び出してくる。


「呼ばれず飛び出てにゃにゃにゃにゃーん!! やあやあ御嬢さん! ぼく猫妖精ケットシーのフラン! よろしくですにゃ!」


「は、はぁ……」


 ぽかーんと驚いたように口を開けるミファエル。それもそのはず。


 ミファエルは、猫が届くと思っていた。ちょっと賢くて、にゃんと鳴いてルーナの来訪を知らせてくれるだけのちょっと変わった猫、だと思っていたのだ。


 それがどうだ? 目の前に居る猫は後ろ足で器用に立ち、頭にはちゃちな王冠を付けて、首元にはふわふわの外套マントを付けているではないか。


 ミファエルの想像していた猫とは違う。全然違う。もっと飼い猫感覚の猫だと思っていた。


 開口一番――そもそも猫が喋るとは思っていなかったけれど――友好的によろしくと言われても、曖昧な返事しか出来ない。


 困惑しているミファエルを余所に、木箱から出て来た猫妖精ケットシーのフランはにゃほんっとわざとらしく咳払いをしてみせる。


「ええー、御嬢さんは分かってると思いますが、ぼくは主から遣わされた使い魔のような者だと思ってくださいにゃ」


「あ、ああ……やっぱりルーナの言っていた猫なのですね」


「いかにもたこにもくらげにも! 主の遣わせた史上最高空前絶後、海千山千百戦錬磨で絶体絶命!! 最高にきゅーとでぽっぷでくーるな猫とはずばり!! ぼくの事でございますにゃあ!! にゃはははっ!!」


 腰に前足を当てて高笑いを上げるフラン。


「絶体絶命は違うかと……」


「にゃにゃ? そうなのですかにゃ? まぁ、細かい事はお気になさらず! 以後、よろしくお願いいたしますにゃ!!」


 言って、前足をミファエルに差し出すフラン。


 握手、という事だろう。


「よ、よろしくお願いします」


 ミファエルはフランの前足を優しく握る。


 柔らかい肉球の感触に何とも言えぬ心地よさを覚える。


「ちっちゃい……」


「にゃにゃ! ちっちゃくとも雄大な前足ですにゃ! この肉球で、何体の魔物を屠って来た事か!!」


 しゅっしゅっと両前足を打ち出して空を殴りつけるフラン。


 可愛らしいけれど、そこに雄大さも強靭さも見られない。普通に可愛い猫パンチだ。


「御嬢様。そろそろ登校の時間でございます」


 扉がノックされ、扉の向こうからスゥが声をかける。


「あら、そんな時間」


 朝一番にアリザからの届け物が届いたので、待ちきれなくて開けてしまったのだ。


 アリザからの贈り物が無い事は、少し残念だと思うけれど。


「そう言えば、アリザ様からお手紙を預かってますにゃ」


「本当!?」


「はいですにゃ」


 マントの裏から上品な手紙を取り出し、ミファエルに差し出すフラン。


 しかし、読んでいる暇は無い。早く読みたいけれど、朝はもう時間が無い。


 ミファエルは口惜しそうにしながらも、手紙を机の引き出しにしまう。


「それじゃあ、私は学校に行ってきますね」


「そうですかにゃ。でしたらぼくも行きますにゃ」


「え? いえ、多分駄目だと思うのですけど……」


「荷物の精査の際にその事をお聞きしましたにゃ。使い魔と一緒に行動する生徒も居るらいですにゃ」


「なるほど」


 確かに、一度だけ使い魔と一緒に歩いている生徒を見た事がある。だが、それは魔法科の生徒だったはずだ。魔法科の生徒が申請をして使い魔を学内で自由に連れ回す事が出来ているものだと思っていた。


「まぁ、精査は通っているのです。一緒に行動しても問題にゃいでしょう! 教師の一人もばっちぐーと仰っていましたし!」


「ば、ばっちぐー? 良いという事でしょうか?」


「ですにゃですにゃ!」


 教師に確認を取っているのであれば、平気なのだろう。気になるのであれば自分で訊ねてみても良い。


「では、一緒に行きますか?」


「はいですにゃ」


 ぴょんっとミファエルの肩に飛び乗るフラン。見た目ほど重さは無く、乗っていても疲れる心配はなさそうだ。


 ミファエルはフランを連れて教室へと向かった。





 まぁ、そうなるとは思っていた。


「ほほぉ! 此処が彼の有名な国立パーファシール学院!! 内装は煌びやか!! 匂いはもう少しまたたび感が欲しい所ですが、此処は酒場では無いので良しとしますにゃ!!」


 酒場にまたたびは無いだろうとは、誰もが突っ込む事だろう。


 まんまるお目々をきらきらさせるフランは道行く生徒の注目の的だった。


 男子は物珍しそうに、女子は目を奪われるようにフランを見る。


「にゃにゃ! 庭園もございますにゃ! 甘い薔薇の香りがなんとも鼻にきますにゃ! 御口直しに良さそうですにゃ!」


「そ、そうですか……」


 どんな基準で判断をしているのか分からないけれど、学院を気に入ってくれているようで何よりである。


 教室にたどり着けば、生徒達はフランを見て驚き、お喋りをするようになった友人達はフランを撫でたりしていた。


 授業が始まれば、フランはちょこんと机に座り、良い子に授業風景を眺めている。


 眠くなったのか、途中でミファエルの膝の上に移動して丸くなって眠ったけれど、猫に授業は関係無い。眠ったところで問題無いのである。


 髭に寝癖を付けながら、お昼休みに突入。


 食堂に行けば、更に多くの人の目がフランに向けられる。しかしフランはお構いなし。


「にゃにゃっ!? 最高級のお魚のかほり!! これは涎が止まりませんにゃ!! 御嬢さん、今日はお魚を食べましょう!! いえ、今日だけではなく明日も明後日も、世界が滅びるその日までお魚を食べましょう!!」


「お魚は良いですけれど、此処は食堂です。声は控えてくださいね、フラン」


「にゃにゃっ、これは申し訳ないですにゃ。ぼくとした事が興奮のあまりつい……」


 お口に両前足を持っていくフラン。


 しゅんっと尻尾と耳が気落ちしたように垂れる。


「ふふっ、では、今日はお魚を食べましょうか」


「はいですにゃ!」


 楽しそうに笑みを浮かべるミファエルとフラン。


 お友達も連れて、ミファエルは二階席へと向かう。


 その姿をドッペルゲンガーは気配と声音だけで見守る。


 ドッペルゲンガーも事前にフランが護衛に付く事は知っていた。癖が強い相手ではあるので、うまくやっているようで安心した。


 一瞬だけ視線をフランに向ければ、フランもドッペルゲンガーに一瞬だけ視線を向けてぱちりとウィンクしてみせる。フランの方も、ドッペルゲンガーが入学している事は知っている。


「ふわぁ……あの猫さん、今ウィンクしました! 多芸なんですねぇ」


 それを見ていたアルカが感心したように呟く。


「あれは猫妖精ケットシーだな。珍しいな。ケットシーを使い魔にしているなんて」


 アイザックが物珍し気にフランを見る。最早アイザックがドッペルゲンガー達と食事を共にするのは恒例となっているのだけれど、今日は更に人数が増えていた。


「つまり、相手の動きを見ろって事?」


「ちげぇよ。相手の動きの先を予測すんだよ。動きにもパターンがあって、その中のどれが来ても対応できるようにすんだ」


「なるほど。でも、一朝一夕じゃないだろ?」


「あたぼーよ。日々鍛錬だ」


 同じ席にシオンとスノウ、エンジュも居る。


 あの組手の日から、シオンはシーザーと意気投合したのか、こうして体術の事や戦いの事を話すようになった。


 なんだか大所帯になったなぁと、何ともなしに思っていると二階席から大声が響いた。


「ぎゃぁぁぁぁああああああ!? 何故猫なんて連れ込んでいるだぁ!?」

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