第65話 二重に歩く者、訓練する(偽)3
「僕は……」
「知ってるわよ。ツキカゲくん、でしょう? 君、第二王子に付き纏われている可哀想な子って、有名よ?」
「あははっ……」
乾いた笑い声を出すドッペルゲンガー。ある程度有名になってミファエルとの接触を自然なものにしようとは思っていたけれど、そんな風に有名にはなりたくなかった。
「……シオンが焦ってる理由は、正直私にも分からないわ。シオンは、出会った時から何かに焦ってる様子だったから」
「そうなんだ」
「ええ。家族も健在。村が魔物の襲撃に遭った、なんてありふれた理由も無い。幼いころからずっと、何かに焦ってる。自分に人並み以上の力があるって分かってからは、特にね」
スノウが分からないという事は、きっとエンジュにも分からないはずだ。だから答えを持っていないし、教えてくれないシオンにも腹を立てている。
彼一人が抱える、彼だけの問題。
「何度聞いても答えてくれないし、私はもう諦めたわ。彼の良き幼馴染で居ようって決めてからは無理に聞き出す事でもないかなって思ってるし。向こうが言いたくなったら言うでしょうしね」
スノウが取るのは待ちの姿勢。それが功を奏するのかは、結果を見なければ分からないけれど、スノウは無理に追い詰めない事を選んだ。
エンジュもそれに倣っているようだけれど、何も言ってくれないシオンにもどかしさを覚えている、といったところだろう。
「まぁ、このご時世強くなることは悪い事じゃないと思うわ。魔物の王も居るし、魔物の氾濫は脅威に変わりないしね」
「そうだね。公爵領でも、魔物の氾濫が起こったって言うし、決して他人事では無いからね……」
「それから街を護るのも、私達兵士の仕事だから強くて悪い事なんて無いけど……」
それでも、シオンが求めているモノはそれ以上な気がしてならない。
言葉にはしなかったけれど、表情ではそう語っているスノウ。
いつか知れれば良いとは思うけれど、良き幼馴染としてはやはり知りたい事なのだろう。
追い詰めたく無いから、我慢をしては居るけれど。
「強くても、護れない者はある」
「え?」
ドッペルゲンガーの言葉に、スノウは少しだけ驚いたように声を上げる。
その声は、先程まで聞いていた少年の声と同じだったけれど、その重さが違って聞こえたから。
ドッペルゲンガーは強さで言えば、恐らくそこまで強くは無い。百鬼夜行の中でも上位に入るくらいの実力は持ち合わせているけれど、ルーナには絶対に勝てない。それは、自分でよく分かっている。
それでも、
そんなドッペルゲンガーでも護れなかった者はいるし、助けられなかった人も居る。
「必要な時に、必要な判断が出来る事も大事って事だよ」
驚いた顔をしているスノウに、ドッペルゲンガーはにこりと微笑みながら答える。
強くとも、間違え続ければ意味が無い。間違えない事を選び続けるのは、とても難しい事だけれど。
話し込んでいると、どうやら組手の決着が着いたらしい。
両者共に顔面に拳を受けて倒れ込む。
シーザーは楽しそうに笑い、シオンは悔しそうにしながらも笑みを浮かべている。
「アルカ、回復魔法かけてあげて」
「あ、はい! アルカ、了解です!!」
びしっと敬礼をした後、アルカは二人の元へと走って行った。因みに、双子はまた双子同士で組手をしている。
「私も行ってくるわ。回復魔法の練習もしたいしね。……それと、言おうか、悩んでいたのだけれど」
言いづらそうに、そして、不思議そうにスノウはドッペルゲンガーを見る。
「どうして、付け髭を付けているの?」
「……」
ペルルに付けられた付け髭をドッペルゲンガーはそっと外した。すっかり、忘れていたのであった。
〇 〇 〇
夜。授業も就寝前のあれこれも終わり、日課である日記を書くミファエル。
楽しい事、難しいと思った事、ああしてみたい、こうしてみたい。なんでも良い。その日の気持ちを文字に起こす。
自分の気持ちに整理を付けるために日課にしはじめた……のだけれど、今では趣味の一つでもある。
一通り書き終えた後、ミファエルはふぅと一息ついて日記帳を閉じる。
「終わったか」
「ひゃっ!?」
唐突にかけられた声に、ミファエルはびくっと身を跳ねさせる。
「も、もう! ルーナ! 急に声をかけるのを止めてくださいと何度も言っているじゃないですか!」
頬を膨らませながら怒るミファエル。
特に、日記を書いている時は止めて欲しい。日記には、自分の嘘偽りの無い気持ちを書き連ねているのだ。例えルーナであっても見られるのは恥ずかしい。
「声は抑えた。主が余程張り詰めていたのだろう」
「それは、そうなのですが……」
日記を見られるのは恥ずかしい。それはスゥやオーウェン、心を開いているアリザにだって同じ事だ。
『主様。女子のぷらいべーとに許可無く入る方が悪いです。でりかしーの欠片も無いです。正直引きますわ』
影女が言葉に刺を含ませて言う。
「……そうだな。では、合図を決めよう。主、どのような合図なら驚かない?」
「普通に扉をノックしてください」
「それでは侍女に知られるだろう」
真っ当な事を言うミファエルに、秘密主義な理由で返すルーナ。
「スゥなら良いではないですか」
「まだ、信用に足らん」
オーウェンであれば良い、とは思う。けれど、スゥは駄目だ。心を開いていない相手は、何をしでかすか分かったものではないのだから。依然の騒動の時が良い例だ。
「ですが、乙女の部屋に無言で入るのはいかがなものかと」
『そうだそうだー。この覗き魔ー』
「……」
ミファエルの言葉に、影女が茶々を入れる。
「では、使いを出す。この学院、動物を飼う事は特に禁じられていなかったな」
「はい。学校の審査に通れば、ですけれど……」
「そうか。分かった。後日、アリザから猫を送るように言う。その猫を伝言役としよう」
「猫、ですか? 可愛いですけれど……伝言役が務まるでしょうか?」
「安心しろ。有事の際護衛にもなろう」
「そうですか。ルーナが言うのであれば、そうなのでしょうね」
こくりと頷いて、ミファエルは楽しみだと言わんばかりの笑みを浮かべる。
『主様、猫って……まさか……あの
「ああ」
『うへぇ……喧しくなりそうですぅ……』
思い当たる節があるのか、嫌そうな顔をする影女。
喧しいのはお前もだとは、あえて言わなかった。
「それで、どうしたのですか? 定期報告ですか?」
「ああ。合同遠征の時、オーウェンとドッペルゲンガーが離れるが私は残る。表の護りは手薄になるが、裏の私は残るから安心して良い」
「ああ、そうなのですね。分かりました」
「報告は以上だ。では」
「あ、待ってください。せっかくですし、お茶でも飲んで行きませんか?」
「淹れるのは私だろう?」
「あ。……えへへ。今度、自分でも淹れられるようにしておきますね」
ルーナの言葉に、ミファエルは恥ずかしそうに笑う。
しかし、ルーナは影から姿を現わすと、音を立てずに隣の給湯室へと向かった。
「寂しくなったのであれば、素直に言えば良い。主が満足するまで、傍に居よう」
「――っ。……はい。ありがとうございます」
照れたように、ミファエルは微笑む。
アリザの名前を聞いたから、寂しくてついつい誰かと一緒に居たくなってしまったのだ。
そんな野暮な事言わなくてもと、影女は思ったけれど、ミファエルが嬉しそうにしているので特に何も言わなかった。
『主は今日も野暮天なのでした。ちゃんちゃん』
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