第64話 二重に歩く者、訓練する(偽)2

「手合わせ? 僕と?」


「ああ。駄目かな?」


「良い、けど……僕よりもシーザーの方が良いんじゃないかな?」


「勿論、彼とも次に手合わせをお願いするつもりだ」


「そう……。じゃあ、やろうか」


 シオンの思惑は分からない。


 ドッペルゲンガー《ツキカゲ》の実力くらいの者であれば、この場には何人か居る。


 わざわざドッペルゲンガーを選ぶ理由が分からない。単に、手合わせした事の無い相手と戦いたいのか、それとも、何かシオンなりに考えがあるのか。


 だが、ドッペルゲンガーにとってもこれは好都合だ。


 シオンには以前から違和感を覚えている部分があった。こうして手合わせをする機会があるのならば、その違和感を明確にしておくのも良いだろう。


 二人はシーザー達から距離を取って向き合う。


 それを見守る何人かの視線。その中には、シオンと一緒に居る女子達の視線もある。


 互いに構え、合図も無くシオンが攻める。


 初速が速い。やはり、身体能力が他の生徒達よりも抜きん出ている。


「――ッ!!」


「ふっ!!」


 シオンの攻撃を躱す。速いけれど、シーザー程意地悪でも無い。それに、ただ速いだけだ。そこに技術は無い。


 ただ速いだけであれば、今のドッペルゲンガーでも十分に躱す事が出来る。


 シオンの攻撃を受けていると、違和感の正体が明確になっていく。


 身体能力は高い。けれど、攻撃があまりにも素直なのだ。そして、下半身と上半身の動きにばらつきがあるので、効率も悪い。


 型があるように思えたけれど、ただ同じ事を繰り返しているだけだった。


 予備動作が素直過ぎる。相手を誘うための騙りも無ければ、虚を突く意地悪さも無い。


 優秀過ぎる身体能力に振り回されているだけだ。


 子供にしては優秀な部類だろう。威力を抑えているのも分かる。本気を引き出せれば、オーウェンと同じく闘技場の舞台を端から端まで切り裂く事も出来るだろう。


 けれど、それも力技だ。オーウェンのように技術が乗っていない。


 恐らくだけれど、経験も無いだろう。ドラゴンを倒したとも聞いたが、何やら事情がるのかもしれない。


 ともあれ、この天性の能力だけで、勝ってきたのだろう。成功体験だけを積み重ねた結果の弊害とも言える。


 りの戦いをしてきたけれど、強力な魔法で何とか出来てしまっていたのだ。それでは、体術がおざなりになってしまうのも頷ける。


「シオーン! 何やってるのよー! ちゃちゃっと倒しちゃいなさいよー!!」


「なっ!? むぅ……!! つ、ツキカゲさーん!! 頑張ってくださーい!!」


 シオンの連れの少女の言葉にむっとした様子を見せたアルカは、負けじとドッペルゲンガーに声援を送る。


 声援一つで何が変わる訳では無いけれど、アルカに慕われているというのはその反応で分かる。それは、悪い気はしない。


 ともあれ、この組手を負けるかどうかはドッペルゲンガー次第。正直、ツキカゲ・・・・としては負けるのが正解だと思っている。


 ツキカゲとして出せる実力で言えば、シオンに勝てる確率は三:七くらい。勿論、負ける方が七である。


 ただ、ちょっと調子を崩させれば勝てる。ちょっとの工夫で三を引き出せるのだ。


 ドッペルゲンガーの見立てだと、シーザーには師匠と呼べる存在が居た。武術の心得、視線の向け方、戦いの駆け引きが十分に出来ている。


 しかし、シオンには師匠が居ないのだろう。全て独学でやってきた荒さが見て取れる。


 それを指摘するのはドッペルゲンガーには容易い。けれど、ツキカゲの行動としてはおかしい――という訳でもない。


 本人はまったくもって強くも無いのに、教える事だけは上手だった者が居たりもする。


 実際、ドッペルゲンガーにもそのような知り合いがいた。ドッペルゲンガーよりも弱いのに、人に教えるのは滅法上手かった。


 弱いからその事に理解が無い訳では無い。理解をしているけれど、身体の動かし方が分からなかったり、上手く思考と行動が直結しなかったりしていた。


 此処でシオンを倒すという選択肢はある。けれど、それはシオンと関りを持つという事になる。果たして、そこまでの義理があるかどうか。


 シオンとは同期生ではあるけれど、教室も違う。良く話す間柄でも無い。


 そも、此処で倒す事がシオンにとってどういう捉え方になるのかが分からない。


 珍しく考えを巡らせるドッペルゲンガー。


 いや、そうだな。彼には、借りがあったな。


 代理決闘の時オーウェンの代わりに決闘の舞台に立ってくれようとしていた。本来であればドッペルゲンガーの役割だったけれど、知らずに引き受けてくれていたのだ。

 ドッペルゲンガーにとっての直接の主はルーナであり、ミファエルでは無いけれど、主人の主人のために手を貸そうとしてくれた事に報いても良いだろう。


 組手で負ける事は意味がある事だ。負けから学べる事も在るのだから。


 そうと決まれば負かしてやろう。


 ドッペルゲンガーはシオンの拳を避け、あえて接近して手を伸ばす。


「――っ!!」


 シオンはドッペルゲンガーから距離を取ろうとしたけれど、その前にドッペルゲンガーはシオンの脚を踏む。


「え、うおっ!?」


 見事、シオンは体勢を崩して転倒する。


 手を伸ばしたシオンは仰け反った後に、距離を取ろうとした。そのため、脚を踏めばすぐに体勢を崩せてしまうのだ。


 本当の闘いであれば、転ばせただけで勝ちにはならない。けれど、これは組手だ。一本取った方の勝ちである。


「いってて……」


 尻を勢いよく打ち付けたシオンは顔を顰める。


「なーに負けてんのよシオン! 情けない!」


「いてっ」


 元気そうな少女に頭を叩かれるシオン。


「す、凄いですツキカゲさん!!」


 目をキラキラさせながら、アルカが寄ってくる。


「うむ。流石我が弟子」


「いや、ペルルの弟子では無いから……」


 何処から持ってきたのか付け髭を付けて目を細めているペルル。


「やっぱりツキカゲさんは強いんですね! 流石です!」


 純粋な目で見てくるアルカ。


「体術なら少しはね」


 照れたように笑みを浮かべて答えるドッペルゲンガー。


「次は儂と手合わせ願おうか。ふぉっふぉっふぉっ」


「いや、だから、どんなキャラクター……?」


 付け髭をドッペルゲンガーにも付けてくるペルル。増殖する付け髭。アルカにも手渡しているけれど、アルカは困ったように笑みを浮かべるだけだ。


「なぁ、聞いても良いか?」


 訓練の最中だというのに和んでいると、シオンが深刻そうな顔をしてドッペルゲンガーに訊ねてくる。


「どうして、俺に勝てたんだ? それに、俺の攻撃は全部いなされた……力も、速度も、お前は俺よりも下のはずだろ? なのに、どうして……」


「君は確かに強いけど、それは純粋な力の話だよ。技術という点においては、僕やシーザーよりも下だと思う。多分、同期生で体術だけで言うんだったら、シーザーが一番強いと思うし」


「おっ、嬉しい事言ってくれんじゃねーか」


 ドッペルゲンガーの言葉に、ポルルとの組手が終わったのか、シーザーが照れたように言葉を返す。


 が、シーザーの姿は見受けられない。代わりに、ずるずると引きずられるような音が聞こえてくる。


 下を見やれば、シーザーは頬を腫らした状態でポルルに片足を掴まれて引きずられていた。


「ポルル勝ったんだ。凄いね」


「下着姿のお姉さんがって言ったらよそ見したんだ、こいつ」


「そりゃあ、見るだろ。男の子だぜ?」


「あ、そう……」


 折角褒めたのに、なんだか全てを台無しにされた気分だ。


「技術、か……」


 そんな緩い空気にも関わらず、シオンは真剣にドッペルゲンガーの言葉を噛みしめる。


「なぁ、シーザー、だっけ? 俺と手合わせしてくれないか?」


「おっ、良いぜ! でも女の子で釣るのは無しな!」


 身体のバネを使って飛び起き、シオンと一緒にこの場を離れる二人。


 そんなシオンを見て、元気そうな少女は面白くなさそうな表情をしている。


「聞いても良いかな?」


「……何?」


 シオンがドッペルゲンガーに倒された事が面白くないのか、睨み調子でドッペルゲンガーに応える少女。


 少し怯んだ様子を見せつつ、ドッペルゲンガーは訊ねる。


「彼は、どうして焦ってるの?」


「さぁ? 本人に聞いたら」


 冷たく言い放ち、少女はふんっと鼻を鳴らして離れていく。


「……なんだか、失礼な方です。あんなに冷たく言わなくたって」


 ドッペルゲンガーは気にしていないけれど、アルカはむすっと怒った様子で言う。


「仕方ないわよ。エンジュにとって、シオンは特別なのだから」


 アルカの言葉に答えたのはドッペルゲンガーでも双子でもなく、元気な少女――エンジュと入れ替わりでやって来た利発そうな少女だった。


「ごめんなさいね。あの子も、悪気があった訳じゃ無いの」


 そう言ってエンジュの代わりに謝る利発そうな少女。


「君は……」


「ああ、そう言えば自己紹介もしてなかったわね。私はスノウ。あの子はエンジュ。シオン共々、よろしくね」


 言って、利発そうな少女――スノウは優し気な笑みを浮かべた。

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