第63話 二重に歩く者、訓練する(偽) 1

 代理決闘という非日常はあったものの、それが過ぎればまた日常に逆戻り。


「そら、どうした! ペースが落ちてるぞ!」


 兵士科もいつも通りの光景が繰り広げられる。


 兵士に必要なのは、戦場でいかに長く戦い続けられるかだ。


 朝から過酷な走り込みは以前からあったものの、教師のその熱量がいつもと違う。


 理由は明白であり、生徒の誰もが理解している。


 オーウェン・ブルクハルト。彼の飛躍的な成長を騎士科の教員は我が事のように喜び、今年は優秀な生徒が居ると兵士科の教員を煽るように言ったのだ。


 しかして、兵士科にも優秀な生徒は居る。


 シオン少年は入学試験で中級魔法を使った。その威力は既に一線級。実用的とも言える。


 騎士科のオーウェン、兵士科のシオン。


 この二極を中心として、両科が互いに競争相手として意識てしており、日々の訓練に力が入っている。


 この学院に限った話では無いけれど、騎士と兵士はあまり仲がよろしくない。


 騎士は兵士を粗野と蔑み、兵士は騎士をお高く留まっているいけ好かない奴と思っている。そして、それは教師とて似たようなものだった。


 だからこその対抗意識。指導の声に熱が入るというものだ。


「気合入ってんなぁ、先生方……」


「そう……だね……」


 余裕そうなシーザーと、何とか走っている――という風に見せかけている――ドッペルゲンガーは、走りながらも会話をする。


「ま、あんなの見せられちゃしゃーないわな。俺だって、身体の芯がカッカッてなったしな」


 一人前の騎士を圧倒する見習い騎士オーウェン。


 全員の思惑を覆したオーウェンの姿を見て、感化された者は少なく無いだろう。


 まぁ、感化されても身体が付いて行かない者も居るけれど。


「ほら、アーちん頑張っば!」


「ひっひっふーだよ、アーちん!」


「ひっ、はひっ、ひっ、はふっ……!!」


 周回遅れとなっているアルカは、必死に息継ぎをしながら走る。


 アルカの周りをウロチョロと走り回り、応援をするポルルとペルルに、シーザーは呆れた顔をする。


「そりゃらずーま・・・・法ってやつだろ?」


「ラマーズ法……だから……」


「あ、そうだっけ?」


「そう、だよ……」


 シーザーは学院に入学出来るくらいに頭は良いけれど、必要とされなかった知識はとんと頭に入っていない。しかし、それはシーザーに限った話では無い。


「はっ……はっ……はっ……!!」


 呼吸を荒げながら、二人の横をシオンが通り過ぎる。


 シオンは誰よりも速く走り、誰よりも多く走っている。


 流石にシオンの速度のには着いていけないのか、シオンといつも一緒に居る女子達は自分達の速度をたもって走っている。それでも、自分達にとっては最高速度であり、手を抜いている訳でも無い。


「おー、速ぇ。あいつも、案外熱ぃ奴だよな」


「だね……」


 オーウェンの姿を見て一番燃えているのは他の誰でも無いシオンだろう。


 あの決闘の日から、シオンはいつも以上に熱心に訓練に打ち込んでいる。


 熱心、というよりも、必死という言葉がしっくりくるような気もするけれど。


「ていうか、聞いたか?」


「何、が……?」


「一月後の合同遠征だよ。各地の騎士と兵士を招集して、兵士科と騎士科も参加する合同遠征。いやぁ、楽しみだなぁ」


 兵士となれば遠征に出る事もあるだろう。その予行演習だ。


 参加対象は兵士科の一年と騎士科の一年だ。


 騎士科の一年も参加するという事は、オーウェンもミファエルの元を離れるという事だ。


「騎士科の連中も参加だからなぁ。気合入ってる奴らが多いこと多いこと」


 誰も彼も、騎士科よりも良い成績を出そうと躍起になっている。


 そして、それは騎士科も同じようで、いつも以上に訓練に精を出しているようだ。


 張り合いがあるのは良い事だ。願わくば、空回りしないようにと思うばかりである。





 走り込みが終わった後は、休憩を挟んで体術の訓練。


 ドッペルゲンガーはシーザーと組んで互いに素手で組手を行う。


 シーザーの鋭い拳を、ドッペルゲンガーは精一杯といった様子でいなす。


 ドッペルゲンガーはずっと入学試験で出した実力で戦っている。というのも、入学試験で見せた実力は他から見れば抜きんでていたように見えたけれど、実のところ抜きんでて見せていたのは観察眼のみ。


 身体能力や剣術などは、時間が経てば多くの者が到達できるくらいの実力だったのだ。


 きちんとした教導者に教えられ、きちんと訓練をすれば誰でも到達できるくらいの実力。


 ドッペルゲンガーがこれからも強調するのは、観察眼が優れているというところだけ。身体能力、体術、剣術などは、全て平均値で出力している。オーウェンの代わりに代理決闘に出ていたらこうはいかなかったかもしれないけれど。


 体格が良いのもあるけれど、シーザーは他の生徒よりも実力があるように思える。


 粗野な言動に反して、戦いに関しては冷静。的確に相手の隙を突いていく観察眼と正確さ。


 総合的な実力はシオンやオーウェンに軍配が上がるものの、身体を自在に動かすのが上手いのは圧倒的にシーザーだ。


 ただ、あまりにも経験が少ない。オーウェンと同じく、無理矢理にでも実戦で経験を積ませれば直ぐに化ける類いの人間だとドッペルゲンガーは確信している。


 惜しいなと思うけれど、ゆっくりと着実に強くなれるのであればそれが良いだろう。


「おわっ!?」


「へへっ、また俺の勝ちだな!」


 尻餅を着いたドッペルゲンガーを見て、シーザーはにっと快活に笑う。


「情けないぞカゲちゃん!!」


「そうだぞカゲちゃん!! そんな無神経男畳んでしまいなさい!!」


「だ、大丈夫ですか?」


 ポルルとは空を拳で打ち、ペルルは空を蹴り付けながらドッペルゲンガーを情けないと言う。アルカだけは心配そうにドッペルゲンガーを見ているけれど。


「大丈夫、ありがとう」


「い、いえ」


 アルカが差しだした手を掴んで立ち上がるドッペルゲンガー。


「次はうちが勝負だ!」


「おっしゃ、かかってこい! 優しく撫でてやん――よぉっ!? おまっ、不意打ちは卑怯だろうがよ!!」


「避けておいて何を言うかー!! ちょわーっ!!」


 軽業的アクロバティックに攻撃を仕掛けるポルル。しかし、シーザーはそれを簡単に躱してしまう。


 悔しいのか、ポルルは更に攻撃を苛烈にさせる。


 小休止に二人の攻防を観察していると、不意に声をかけられた。


「ツキカゲくん、ちょっと良いかな?」


 声をかけてきたのは、難しい顔をしたシオンだった。


 二人に接点は無い。故に声をかけて来た事が意外だった。


 アルカもペルルも、意外そうにシオンを見ていた。


「どうしたの?」


 そして、シオンの口からこぼれたのは意外な言葉だった。


「……俺と、手合わせしてくれないか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る