第60話 決闘 終幕

 観客席の手すりから身を乗り出すタルケン。


「貴様この決闘がどういう意味を持つのか分かっているのか!? 下賤の血を持つ偽りの貴族の排斥という貴き行いだぞ!? それを騎士見習いなんぞに負けおって!! 恥を知れッ!!」


 目を血走らせながらマルコスを糾弾するタルケン。


「……そうだ。アリアステル!! 貴様卑怯な手を使ったのだろう!! 入りたての騎士がこれほどまでの実力を持っている訳が無い!! 先程の影もそうだ!! 人には言えぬ良からぬ手を使ったのだろう!!」


 人には言えぬと言われればそうだけれど、ルーナがそんな事をするわけがない。


「いえ。誓ってそのような卑怯な手は使っていません」


 そも、そのような手をミファエルは思いつかない。思いつくには、まだまだミファエルの知見は狭すぎる。


「では何故オーウェン・ブルクハルトが勝てる!!」


「それは……」


 ミファエルはオーウェンを見る。


 ミファエルは、此処に来ても、此処に来る前も、オーウェンをただの騎士としてしか見ていなかった。


 オーウェン・ブルクハルトという人物として見ていなかった。


 オーウェンが何をしてきたのか、この六日間で何をしていたのかミファエルは何一つ知らない。


 言い淀む。やましい事がある訳では無い。単純に、知らないだけなのだ。


 彼の研鑽も、彼の努力も、何も知らないのだから。


 騎士で、自分を護ってくれて、世話係で、口煩くて……そんな事しか、ミファエルは知らない。


 アリザの事だったら、何でも言えたのに。


 オーウェン・ブルクハルトの勝利の理由を、ミファエル・アリアステルは知らない。


 急激に成長した事も知らない。この六日間で数々の死線を乗り越えてきた事も知らない。


「……っ」


 言い淀むミファエルを見て、それ見た事かとタルケンは嬉しそうに笑みを浮かべる。


「言えぬのだな!! であればこんな決闘は無効だ!! いや、それこそ処罰の対象だろう!! 神聖な決闘に泥を塗ったのだ!! 厳粛な処罰が必要だ!!」


 タルケンの言葉に、上がっていた会場の熱が徐々に冷めていく。


 確かに。たったの六日間でオーウェンが騎士を超える実力を得る事等不可能だ。


 ただ、それは普通に鍛錬してこそだ。


 オーウェンは寝る間も惜しんで戦った。それこそ、一撃まともに食らってしまえば死ぬような相手と。


 そんな相手を、十を超え二十を超え、きっと百も優に超えて倒している事だろう。


 戦士の覚醒は順繰りではない。たった一度の戦闘で何かを掴む者も居る。


 確かに身体能力は上がっていない。けれど、身体の使い方、魔法の行使の仕方、剣の振り方は身に着ける事が出来る。ルーナに言わせればまだまだ付け焼刃だけれど、それでも実戦で使える段階までは来ている。


 だが、それを、彼等は知らない。


 不信感が募る。嫌疑の目を向けられる。


 影から出て来たのも魔法の演出なのでは? 実は魔法を別の誰かが代わりに放っていたのでは? 実はあれはオーウェン・ブルクハルトでは無いのでは?


 騒めきが闘技場を包み込む。


「くだらない」


 そんな騒めきを静かな声が一蹴した。


 剣を持ち、一瞬だけ力を溜める。


 これは、ルーナに使おうとしていた技。ルーナはきっと影に潜って逃げるだろうから、その影ごと斬ってしまおうと考えていた。


 先程は空中であり、上手く力を入れる事が出来なかったけれど、何も阻むものが無い今であれば確実に出来る。


「――ッ!!」


 殆ど一瞬の斬撃。


『うへぇ、バッカぢっから~! 大猩々ゴリラって知ってる? お前きっとそれの生まれ変わり!』


 悪魔はそう言って馬鹿にしてきた。大猩々ゴリラが何なのかは知らないけれど、きっと馬鹿にしているに違いない。


『はんっ。美しさの欠片も無いな。儂ならほれ……もっと綺麗に斬れる』


 溜めも無く、なんら難しくは無いと言った様子で女鬼は実演してみせた。


 ルーナであれば何と言うだろうか。


 そんな事を思うも、けれどどうでも良い。


 今必要なのは、この場の全員を黙らせる力だ。誰も彼も圧倒する結果だ。


 正真正銘、黙らせるための一撃だ。


 斬撃、直後に轟音。


 闘技場の舞台を端から端まで斬撃が走る。


 瞬間的に大きな亀裂が生まれ、誰もが声を無くす。


 剣をたった一振りしただけでこれほどまでの実力を発揮できる者がこの学院に一体何人居よう。


 静まり返った闘技場。


 オーウェンは剣の切っ先をタルケンに向ける。


「私の実力を疑うのであれば、何度でも決闘を受け付けよう。何処の誰だろうと今日のように騎士道に恥じない正々堂々とした戦いを見せよう」


 はっきりと、しっかりと、オーウェンは会場全体に聞こえる程の声量で宣言する。


「私の実力を疑う権利があるのは、私と同じ芸当が出来る者だけだ。これが出来る者のみ、我が実力を疑えば良い。それとも、この学院には口先だけの見栄っ張りしかいないのか?」


 オーウェンの言葉に、先程まで騒めいていた観客は何も言えない。


 言うは易く行うは難し。


 一体誰が、地面を割れる程の斬撃を放てるだろう。


 この実力が本物で、それが牙を向くのだとしたら恥をかくのはミファエルやオーウェンではなく、決闘を申し込んだ相手だ。


「私は、逃げも隠れもしない。偉そうに講釈を垂れるのであれば、先ずはその実力を示せ」


 言い切って、オーウェンは剣を収める。


 少しして、ぱちぱちと小さく拍手が起こる。


 拍手の主は満面の笑みを浮かべたアイザックだった。


 それはもう嬉しそうに、アイザックは何度も拍手をする。


「素晴らしい演説だった! まったくその通り! 芯を突く素晴らしい言葉の数々だ!」


 賛美するアイザックに、オーウェンは一礼をする。


「さて。どうする、ミファエル嬢! 決闘に勝ったのは君だ! 謝罪を要求するとの話だったが、それでは釣り合いもとれぬだろう! 退学を迫っても、誰も文句は言うまい!」


「お、お待ちください殿下! 勝敗が決まった後の条件の変更など認められません!! それではなんでもありになってしまうでは無いですか!!」


「その勝敗を覆そうとしたのは貴様だろう、タルケン・ベイングローリー!」


「この結果を見れば誰であれそう思うでしょう!? いち生徒が騎士に勝つなどあり得ません!! どんな手を使ったか知れたものではないのですから、疑うなという方が無理な話です!!」


 確かに、オーウェンは飛躍的に強くなった。疑われるのも無理からぬ事であり、しかし、地を割った実力と誰であろうと相手になると宣誓して、騎士としての誠意を見せた。


「ふむ、だが条件に釣り合いが取れていないのもまた事実だろう? 彼女の退学と、貴様の誠意の無い謝罪が釣り合うと思うか? まぁ釣り合わないだろうな。貴様はミファエル嬢を認めはしないのだから」


「当り前です!! 不貞の子という嫌疑は解けていないのですから!!」


「だそうだぞ、ミファエル嬢」


 呆れたようにタルケンを見ながら、アイザックは言う。


「元々釣り合いの取れていない条件だ。同等まで引き上げても誰も文句は言うまい。どうする? 勝ちは君の物だぞ」


「私は……」


 少しの沈黙。皆が、ミファエルの次の言葉を待つ。


「……いえ。勝ったのは私ではなく、オーウェンです。ですので、謝罪も必要ありません」


 ミファエルの言葉に、会場内は何度目かも分からない騒めきを迎える。


「良いのか? 君が退学と言えば、学院の認可を得ている以上彼は即刻退学になる」


「いえ、そんな事を私は望みません。何も必要ありません。ねぇ、オーウェン」


「はい、御嬢様」


「貴方は、許してくれますか?」


 頑張ったのは自分では無い。オーウェンだ。


 オーウェンの言葉次第では、この言葉を取り消さなくてはいけない。


「許すも何も、私は御嬢様の決定に従います。ですが、ご安心ください。誰が、何度決闘を挑んでも、私は負けません。今後、如何なる相手が来ようとも、私が御嬢様を護ってみせましょう」


 オーウェンの言葉に、ミファエルは安堵したように微笑む。


「私は、何もいりません。大切なものは、もう掴みましたから」


「そうか。では、この決闘は終幕だ!!」


 かくして、アイザックの言葉で決闘は終わりを告げた。


 得た者。得なかった者。様々居る中で、ミファエルとオーウェンは確実に何かを得ていた。

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