第59話 決闘 2

 勝ち筋は見えている。その道程も、以前のオーウェンでは分からなかったけれど、今のオーウェンになら見えている。


 相手は、確かに現役の騎士。けれど、その実力はアステルに匹敵するものでもなければ、ルーナのように常識外れの強さでも無い。充分対応でき、十分予測の出来る強さだ。


 臆する事は何も無い。


 勝ちまで秒読みだ。


 オーウェンは即座にマルコスに肉薄する。


 マルコスが放つ魔法を、オーウェンは華麗に対処する。


 戦いの最中、オーウェンはマルコスに問う。


 それはオーウェンがずっと疑問に思っていた事だ。


「どうして、この代理決闘を受けたのですか? 子供同士のいざこざだ。大人が出る幕では無いでしょう? それとも、早急な火消しが必要だと思ったのですか?」


 この代理決闘。基本的には選ばれるのは騎士科の生徒だ。自身の擁する騎士を使う事は稀であり、そこまでその事態を重く捉えているか、余程腹に据えかねる事があった場合が多い。


 タルケンの場合、本気でミファエルを潰すためにマルコスを選んだに違いない。


 マルコスは全てを知っていて、この代理決闘を受けたのか。それとも、何も知らずに仕事だからと此処に立ったのか。


 それが、オーウェンは知りたかった。


「どうしてもこうしても、それが騎士の仕事だからだ。主の命に従い、主のために戦う。それが騎士だ。主の意向はどうあれ、私は騎士として戦いの場に立ったのみだ」


「そうですか。例えそれで一人の少女が傷付いたとしても、貴方はそれを騎士の誉れとするのですね」


「何……?」


 剣戟の最中の会話。それを聞けるのは、当人達のみ――なのだけれど、ちゃっかりルーナも聞いている。


「我が主が、いたずらに嫌疑をかけられ、それを大勢の前で詰問された。その傷心、その恐怖に、貴方は目もくれずに戦うのですね」


「その話は私も大筋は聞いた。だが、どうという事は無い。貴族社会では、そう言う事が無い訳では無い。もっと酷い話も知っている。血が貴ばれる世界だ。彼女の境遇を思えば、仕方の無い事だろう」


 互いに剣戟の手は止まない。


 隙は無く、勢いは衰えず、躊躇いも、配慮も無い。


 騎士として、主の願いを貫く剣としてこの場に立っている。


「……仕方の無い事なんて一つもありはしない」


 公爵家に生まれた事も、正当な血筋では無い事も、不貞の子である事も、全て仕方の無い事なのかもしれない。それは、ミファエルがどう生きてもついて回るものであり、それがミファエルの生まれなのだから。


 けれど、それをとやかく言う筋合いが、果たして出会って少しばかりの者達にあると言えるのだろうか?


 相手の触れてほしくない部分にずけずけと踏み入って、自分の考えを押し付け続ける事が、果たして正しい事なのだろうか? それが、貴族のあるべき姿なのだろうか?


 違う。そんな者のために、オーウェンは騎士になったのではない。


「貴さは、血にあらず」


 オーウェンの剣撃が苛烈さを増す。


「貴ばれるのは、その者が何を成したかです。例え貧民街で生まれようと、例え不貞の子であろうと、罪を犯せば同じ罪人であり、偉業を成し遂げれば偉人だ。始まりが違うだけの、同じ可能性を持った人間だ」


 今になって思う。


 こうしてミファエルの騎士となれた事は、自分にとって幸運だったと。


 貴族の世界を見て、庶民の世界を見たミファエルは世界の差に気付けるだろう。


 確かに、被害者意識で恵まれない子供達を支援しようとしていた。それは本人も認めていた。


 けれど、ミファエルは動き出した。自分に何が出来るのかを考え、自分が何をしなくてはいけないのかを見極めるために。


 その道を、たかだか生まれが違うという理由だけで阻まれてたまるものか。


 アリザは真面目で高潔な侍女だ。ミファエルを護るために、泥を被る覚悟があり、いつでも矢面に立ち、殺し屋からもミファエルを護ってみせた。


 誰もが誰かに愛される世界を作りたい。その言葉を信じているからこそ、応援しているからこそ、手助けしているからこそ、アリザは自身の命を懸けてミファエルを護ってみせたのだ。


 アリザはミファエルを愛している。ミファエルの抱く夢事、どうしようもないくらいに愛しているのだ。


 その想いがもたらした結果を知らずに、がたがた抜かすな三下が。


「貴ばれるのは行いだ。血も、家柄も、関係無い。その人が何を成したかだ」


 まだ、ミファエルは何もなしていない。けれど、それに向かって進んでいる。人の想いを背負って、進んでいる。


「くっ……こいつ……!!」


 剣撃の速度が上がる。


 目指すのはルーナの速度。たどり着いたのは女鬼の剣筋。


 まだ足りない。けれど、今はそれで良い。


 それだけで、目の前の騎士を倒せるのだから。


 踏み込み、一閃。


 破砕音を立ててマルコスの剣は砕ける。


 ずっと、同じ個所を狙っていた。狙えるくらいには、相手の速度はとろかった。


 即座に、オーウェンはマルコスの首筋に剣を突き立てる。


 ミファエルはまだ何も成していない。けれど、ミファエルを思うアリザは、ミファエルを護り通してみせた。その思いの強さを、オーウェンは信じてみようと思った。


 彼女が夢見た世界を、一緒に目指してみようと思った。


「誰かを蹴落とすだけの輩に、私は負けない。御嬢様の道を阻むなら、私が全て切り開く」


 それが、オーウェン・ブルクハルトの騎士道答えだ。


 一瞬の静寂。そののち、唖然とする進行役が我に返って勝敗を告げる。


「しょ、勝者! オーウェン・ブルクハルト!!」


 進行役の宣言の直後、会場が歓声で沸く。


 まさかまさかの番狂わせに会場はおおいに沸き上がる。


 誰が思おうか。騎士見習いが騎士に勝つだなんて。


 誰が思おうか。入学したての騎士見習いが、騎士を圧倒しようなどと。


「オーウェン……っ」


 ミファエルも、安堵したように表情を緩める。


 オーウェンは剣を鞘に仕舞い、マルコスに一礼をする。


 そして、姿勢正しくミファエルの方を見やり、騎士の礼をミファエルに示す。


「……最初から、武器を壊す事が目的だったのだな……」


 悔しそうな、けれど、どこか清々しい表情をしたマルコスが声をかける。


 騎士の礼を止め、オーウェンはマルコスに向き直る。


「いえ。最初は貴方の腕を切り落としてやろうと思ってました。幸い、控えている回復魔法師の実力は確かなようですし、腕を切り落としたところで治してもらえそうだったので」


「そ、そうか……」


 決闘とは言え、なかなかに物騒な事を考えるなとマルコスは思う。


「ただ、私の実力では武器を壊す事しか出来なかった。実力不足を恥じ入るばかりです」


 つまり、本音を言えばマルコスの腕を切り落としたかった、という事に他ならない。


 もしもう少し実力をつけていたらと思うとぞっとする。


「実力不足は私の方だろう。……まさか、騎士見習いに負けてしまうとはね……」


「それは……運が無かったと諦めていただきたい。私の指導者は、これで勝てなければ私の才能が無いと思うくらいには、どいつもこいつも並み居る騎士より腕だけは良いのです」


 本当に、腕だけは。


「そうか……良い師に恵まれたのだな」


「いえ。良くは無いです。どいつもこいつも人格破綻者です。いずれ全員叩きのめす予定です」


「そ、そうか……」


 突然目が据わるオーウェンに、マルコスは思わずたじろぐ。


「……私も、この敗北を噛みしめて日々研鑽するとしよう」


 それで、全て決着。


 と、思いきやだ。そうは問屋が卸してはくれないようだった。


「マルコォスッ!! 何負けているのだ!!」


 響く怒号。声の方を見やれば、タルケンが目を血走らせながらマルコスを見ていた。

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