第58話 決闘 1
オーウェンの派手な登場に会場は騒めく。
「影から出て来た……よな……?」
「や、やっぱりそうだよな……」
「見間違い、じゃないのか?」
「か、影から手が出てきていませんでしたか?」
「影から手ぇ出てた! ねぇ、見た!? あんな魔法見た事無いんだけど!?」
「見た見た! 絶対見間違いじゃない!」
どよどよ、ざわざわ。
主役であるミファエル達を放っておいて、会場内は先程の光景について言葉を交わす。
「影から? そんな魔法は聞いた事が無い。という事は……いや、それよりも……」
アイザックも一瞬思考の内に入り込もうとしたけれど、今が決闘の開始時刻となった事に気付くと思考を中断する。
アイザックは立ち上がると魔法を唱える。
「来たれ風。汝は音色を届ける者なり――ブリーズ・ヴォイス。
静まれッ!!」
拡声の魔法を発動し、アイザックは騒めく会場を一喝する。
アイザックの声が響いた途端、全員が声を潜めた。
「進行役! 定刻だ! 決闘を進めろ!!」
呆然としていた進行役が、アイザックの言葉を聞いて我に返ったようにぺこりと頭を下げる。
どかりと座りながら、苦々しい笑みを浮かべてアイザックはミファエルを見やる。
影を操る魔法は存在しない。そして、影についての記述があるのはそれを専門にしている魔法師の記した魔法書や神話のみ。
そして、影の代名詞と言えば影の国に他ならない。
皆が思ったはずだ。ミファエルの
それも、恐らくは自在に影の国に行き来が出来る人物。
誰も無しえなかった前人未到の達成者を抱えていると。
それは、ミファエルにとっての大きな
魔法科も技術科も、教師も国の擁する研究者達も、その存在を無視は出来ない。
例え決闘で負けたとしても、この報告さえあれば自身の立場を保証できる。誰もが欲しがる情報を持っている可能性。
「やってくれたな、ミファエル嬢……!!」
最早勝ち負けは重要ではない。
ミファエルはアイザックにとって重要な人物となった。
影の国に一度訪れた幸運な学者はこう言った。
『影の国にはこの世界に存在しない物が存在していた。それは物であり人であり……恐らくは文化や歴史だった。そこには確かに、私の知らない物ばかりだったのだ』
影の国の情報は国としても多く欲しい所であり、魔物の王討伐を掲げているアイザックとしても欲しい情報だ。
この世界に君臨する魔物の王達。アイザックは、魔物の王は別世界から来た可能性があると考えている。
突如現れ、この世界の法則に属さない存在である魔物の王。影の国には、その攻略法が記された書物が見つかるかもしれないと、そう思っている。
何としてでも自陣に加えたいところだ。
どちらに転んでもアプローチが出来るようにしておこうと決めながらも、一番良いのはやはりこの決闘に勝つ事だ。
今は、決闘の行く末を見守る他無い。
様々憶測が頭上を飛び交っているけれど、オーウェンにとっては全てどうでも良い事だった。
今重要なのは目の前の敵である。ルーナの事は腹立たしい事この上ないけれど、今は考える必要はない。
思考を切り替えろ。六日間で擦れ切った野蛮なオーウェン・ブルクハルトは消し去れ。
決闘の舞台。ミファエルの騎士として此処に立っている事を忘れるな。
抜身の剣を構え、いつでも戦える体勢をとる。
瞑目し、心を入れ替える。
目蓋を開ければ、オーウェンは冷静な目でマルコスを見る。
マルコスは事態についていけいない様子を見せていたけれど、直ぐに気持ちを切り替えて決闘に集中する。
互いに剣を構える。
進行役が離れたところから両者が戦える状況であるかどうかを確認する。
「ただいまより、ミファエル・アリアステルとタルケン・ベイングローリーの代理決闘を始める!! 騎士道に誓って、非道下劣な行いの無きように!!」
「誓います」
「誓おう」
両者ともに、正々堂々戦うと宣誓する。
数秒の間を置かれた後、進行役が大きく旗を振る。
「始めっ!!」
開始の言葉の直後、オーウェンが即座に攻める。
「――ッ!! ロック・アロー!!」
詠唱を省略した魔法の行使。即座に形は形成され、幾つもの岩の矢がオーウェンに迫る。
余程使う魔法なのだろう。発動までに淀みが無い。
魔法の練度はマルコスの方が上。だからと言って、危機的状況ではない。
速度で言えば、腕が武器のような魔物の方が攻撃速度は速かった。
当たりそうなものだけを剣で叩き落とし、構わず肉薄する。
「なっ!?」
動揺、しかし、直ぐに持ち直すのは場数の違いだろう。
関係無い。どんな相手でも打ち負かす。
鋭い斬撃を、マルコスは洗練された技で受ける。
が、遅い。女鬼に比べれば、影の国の魔物どもに比べれば、格段に遅い。
それに、魔物のように視線が素直過ぎる。剣を目で追う事が出来るのは凄い事だ。けれど、逆に言えば目でしか終えていない。
ルーナであれば音で、肌で感じる事が出来るはずだ。
まだまだ。こんなものじゃない。ルーナは、あの非人間はこんなものではない。
たった六日間。けれど、オーウェンは多くの死線を潜り抜けてきた。
場数も、経験も、マルコスの方が上だろう。
けれど、死線を乗り越えてきた数は確実にオーウェンの方が多いだろう。
「ロック・ウォール!!」
後ろに飛び退き、マルコスは岩の壁を形成する。
「土よ、纏え! ロック・ブレード!!」
剣に岩が纏わりつき、巨大な剣になる。
オーウェンの視界は突如現れた岩の壁で塞がれている。何処から斬られるかなど分かるはずも無い。
放たれた視覚外からの斬撃。岩の壁諸共オーウェンを倒す気満々の一撃。
その重量も相まって、当たれば骨折では済まない。
その斬撃を、オーウェンは己の剣で受け流す。
「――なっ!?」
まさか受け流されるとは思っていなかったのだろう。
「それは散々やりました」
重さは流石と言うべきだろう。武器の魔物に匹敵する程の重さだった。
けれど、凌駕しなければ意味が無い。匹敵するだけであれば、いなす事など容易い。
それに、恐らく連撃が出来るタイプの魔法では無い。それでは及ばない。
視界が開けた。
「風」
風魔法を自身の後方から発動する。攻撃性のものではない。ただの風だ。オーウェンを運ぶくらいには、強烈な風だけれど。
急速に迫るオーウェン。
マルコスは魔法を解除して斬撃に備える。
マルコスの構えた通り、オーウェンは苛烈に剣を振るう。
「くっ……本当に、子供なのか……ッ!!」
重く、正確な太刀筋。
受けるのが嫌な剣撃を幾つも受けた。相手が嫌がりそうな攻撃は少しは学んだつもりだ。
「風」
剣戟の最中、がら空きとなった胴に風魔法を放つ。
吹き飛ばされるマルコスを容赦無く追撃するオーウェン。
が、マルコスも空中で即座に体勢を整えてオーウェンの斬撃を回避する。
「ロック・ウォール!!」
オーウェンの足元から岩が勢いよくせり上がる。防御よりも、攻撃としての使い方。
即座にオーウェンは退避するけれど、右足を少しだけ巻き込まれる。
「悪魔、回ふ……居ないのだったな」
先刻までの癖で悪魔に回復を指示しそうになる。
動けない事は無い。けれど、パフォーマンスが落ちる怪我だ。
『大丈夫大丈夫ぅ! 痛いだけでしょ? 死なないなら大丈夫よぉ! 回復なんか必要ないなぁい!』
『甘ったれんなタコ助!! 怪我っつうのは死に直結するやつの事を言うんだよ!! 死なねぇならそら怪我っつわねぇんだよ!!』
ふと、悪魔と女鬼の事を思い出す。
うん、ルーナだけじゃない。あの二人も後できっちりぶっ飛ばそう。
「回復」
怪我を多く負った。自分の怪我がどのように、どれくらいで回復するのかなんとなく分かった。
この程度であれば自前で何とか出来る。
距離を取り、とんとんっと爪先で地面を叩く。
「うん、まだ動く」
崩れる岩の壁。
オーウェンは余裕の表情でマルコスを見る。
思いを馳せるのは良いけれど、今はこの三下が相手だ。
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