第45話 魔眼、開帳……?
五人が連れてこられたのは学院の食堂――の二階席にある貴族専用の席。と言っても、この場所は限られた上級貴族しか使う事が許されない特別な場所。具体的には学院に多額の寄付をしている家系の者だけだ。
アイザックが食堂を使うのは珍しく、また、アイザックは後継者争いや政争を嫌う。そのため、貴族の子息子女が近付こうものなら即刻言葉で斬り捨てる。
そんなアイザックが食堂に来て、貴族専用の階を使うのはとても珍しかった。
人目は自然とアイザックとその同行者に向けられる。
ドッペルゲンガーは気にした様子は無いけれど、アルカは周囲の視線に晒されておろおろと
能天気三人組は食事の楽しみが勝っているので特に気にした様子は無い。
「さ、座りたまえ。メニューはこちらで適当に見繕う。君、兵士科に相応しい、精の付く料理を頼む」
「かしこまりました」
席に着いた時にメニューを窺うために立っていた給仕にそう伝えると、給仕は恭しく一礼をしてから厨房へと向かった。
因みに、給仕はアイザックの椅子だけは引いている。本来であればそれは侍従の仕事なのだけれど、アイザックはお供を連れていないので、先程の給仕が行った。
「精の付く料理かぁ、どんなだろうね?」
「ウチは肉なら何でもいい!」
「きっと最高の肉料理さ。期待してくれていいとも」
にこっと優しく笑うアイザック。そんな姿を少しだけ意外に思う。
「それで、どういった御用件でしょうか?」
「分かっているだろう? 勧誘だよ、勧誘。入学式でも言った通り、私は魔物の王の討伐を目指している。そのためには、一人でも多くの有能な人材が必要なのだよ」
「それでは、僕は期待外れも良いところでしょう」
「そんな事は無い。今期一の有能な人材だと私は踏んでいる」
「買い被り過ぎですよ。それに、今期一の注目はやはり彼ですよ」
言いながら、ドッペルゲンガーは視線を斜め前へと向ける。
そこには、貴族の子息子女と交流を深めながら食事をしているシオンと、彼と仲の良い二人の少女の姿があった。ドッペルゲンガー達にとっても初めて見る光景ではないので意外感は無い。
「先程も言ったが、私が注目しているのはお前だ、ツキカゲ。他の奴の名を出してのらりくらりと躱そうとするな」
少しだけ怒ったように目付きを鋭くさせるアイザック。
「とはいえ、まぁ鼻つまみ者の私と組みたくない気持ちも分る。王位なんぞに興味の無い私に旨味などこれっぽっちも無いからな」
「いえ、そんな事は……」
「良い良い。本当の事だ」
軽く笑って流すアイザック。本当に、何も気にしていない様子だけれど、その笑みにはどこか影があるように見えた。
「まぁ、私としては悪い事では無い。人に囲まれるのは苦手なのだ」
本心だろうけれど、それだけではないようにも思える。
が、深く突っ込むべきでは無いだろう。そこに入り込むには、まだ二人の関係は浅い。それに、深く入り込む気は無い。それほどの余裕がドッペルゲンガーには無い。
「お待たせいたしました」
「ああ、ありがとう」
話がいったん切れたところで、料理が運ばれてくる。
運ばれてきたのはステーキにサラダ、コンソメスープにデザートのプリンだった。
「おおっ!?」
「「お、美味しそう!!」」
「あうぅ……食べきれるでしょうか……?」
喜ぶ三人に、全部食べられるか不安そうなアルカ。
アイザックはステーキではなく、パンとスープだけである。
「殿下はそれだけで足りるのですか?」
「ああ。あまり食べ過ぎても、午後に眠くなってしまうからな」
「そんな事言ってると、大きくなれませんよ殿下」
「シーザー。余計な事言わない」
「いや、良いさ。本音を言えば、私も肉を食べたいが……私は執政科だ。お前達のように身体を動かす機会は少ないからな。横に大きくはなりたくないのだよ」
「なるほどぉ」
なるほど、では無い。
緊張感の無いシーザー。加えて、双子は肉に夢中になっているのか、黙ってステーキを食べている。
アルカも食べるのに集中してしまっていて、必然的にアイザックとの会話は食べるのが馬鹿みたいに早いシーザーと、直接お呼ばれしたドッペルゲンガーになっていた。
ドッペルゲンガーはスープを一口飲んだ後、本題を切り出す。
「殿下は、魔物の王の討伐と言いますが、具体的な案はあるのですか?」
「いや、まだない。そのための人材集めと情報収集をしている。何せ、千年倒されていない大物共だ。そう易々と案も浮かばん」
やれやれと言った様子で言うアイザック。
ドッペルゲンガーは自身のステーキを狙っている双子にステーキを譲りつつ、アイザックに言葉を返す。
「それでは絵空事です。しがない兵士志望の僕には荷が重すぎます」
「その絵空事を実現させるために手を貸して欲しいのだ。ただ強い奴も勿論必要だが、お前のように戦闘に関して機転が利く奴もまた必要なのだ」
「僕のは機転じゃなくて悪知恵です」
「この際悪知恵でもなんでも良い。私にはお前の知恵が必要なのだ」
「買い被りですよ。僕にはそんな大それた力なんてありません」
「買い被りなものか。お前、あの時も力を隠していただろう? お前の本気であれば、アステルにも勝てるのではないか?」
「何を馬鹿な事を仰るのですか。ただの子供が、総兵団長に勝てる訳が無いでしょう?」
「ただの子供、であればそうさな。が、私の目は誤魔化せんぞ。何せ、私の目は特別だからな」
にっと悪い笑みを浮かべるアイザック。
「私の目は真偽眼と言ってな。相手の行動や言葉、その他偽っているもの全ての真偽が分かるのだ。そう珍しい魔眼ではないが、有能な魔眼である事は確かだな」
なるほどとドッペルゲンガーは納得する。であれば、完璧に偽っているドッペルゲンガーが執拗に目を付けられている事実にも納得できる。
ドッペルゲンガーの偽装は完璧だ。その年の子供にしては良い動きをするな、くらいの動きで試験を受けていた。
試験官も、アステルも騙すことが出来た偽装。それを見破るのであれば、それはアステルや試験官を超える観察眼の持ち主か、特別な魔眼の持ち主しか有り得ない。
が、それも想定内だ。優秀な人材が集う学院で、魔眼持ちが居ない方がおかしい。ドッペルゲンガーも魔眼の存在は知っていた。
「なるほど、そうでしたか」
「お、やっと白状する気になったか?」
「少しだけ、ですけど。僕の大好物はステーキです」
「は? どうした急に?」
突然大好物を申告したドッペルゲンガーにアイザックは怪訝な顔をする。
ポルルとペルルは食べつくしてしまったドッペルゲンガーのステーキの皿を見て申し訳なさそうな顔をする。
「今、僕の真偽が分かりますか?」
「何を言って……いや、分からない。お前、何をした?」
ドッペルゲンガーの真偽どころか、誰の真偽も分からない。魔眼がまるで機能していない。
今までに無い事態に驚くアイザック。
「僕は魔眼封じの魔眼を持っているんです。と言っても、対象は一人だけですし、相手の実力が魔眼に寄るものでなかったら意味無いですけどね」
まぁ、嘘だけれど。実際はドッペルゲンガーは魔眼を持っていない。魔眼の性能すら複製しているだけに過ぎない。オリジナルの魔眼には劣る。
ただ、真偽眼が発動していない今、その真偽は分からないだろう。
「そうか。だがそれだけではあるまい? 言っただろう? 言動でも真偽が分かると。お前の隠しているものは魔眼封じの魔眼だけではあるまい?」
「殿下、魔眼の情報の開示は僕なりの譲歩だと思ってください。殿下が僕の事をどう思っていたとしても、僕が明かせる情報は魔眼だけです。それ以外は、触れられたくない個人的な事柄になります。一つ言えるとすれば、此処に来るまでは浮浪児だったという事だけです」
浮浪児。その言葉にポルルとペルルが泣く。
そんなひもじい思いをしていたドッペルゲンガーのステーキを狙ってしまった自分達を恥じて泣く。
泣きながらパンをドッペルゲンガーの口に突っ込もうとする。サラダやスープも口元に持っていく。
そんな二人を落ち着かせるドッペルゲンガー。
「なるほど。いや、すまなかった。詮索されたくないところに触れてしまったな」
浮浪児であれば、人には言えない事もして来ただろう。その過程で身に着いた技術を、ドッペルゲンガーは隠していると言っているにも等しい。
「いえ。お分かりいただけただけでも幸いです。ちょ、ポルル、ペルル、止めて。パンは自分で食べるから。シーザー、ステーキこっちに寄こさないで良いから。自分で食べて良いから、本当に。アルカも大丈夫だか……あ、食べきれないの? 分かった、分かったから」
わちゃわちゃとし始めたドッペルゲンガー達を見て、アイザックは力が抜けたように笑う。
ドッペルゲンガーの事は気に入ったけれど、無理矢理に誘うのは可哀想に思えてきた。
浮浪児であったドッペルゲンガーがこうして人に囲まれて幸せそうにしているのであれば、そこに割って入ろうというのも申し訳ない。
まぁ、諦める気も無いのだけれど。割って入るのが申し訳無くとも、全員吸収するのであれば問題あるまい。
「殿下、申し訳ありませんがもう少しお静かにしてもらえますでしょうか?」
その声を聴いた途端、アイザックの緩んだ頬が一気に引き締まる。
「ああ、申し訳ないな、
アリアステル。その家名は、ミファエルと同じ。
視線をアリアステルと呼ばれた少年に向ける。
彼の名はレイラット・アリアステル。アリアステル家の次男であり、ミファエルの腹違いの兄である。
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