第44話 二重に歩く者、呼び出される

「はい……?」


 固まった笑みのまま、ミファエルは一歩ドッペルゲンガーに近付く。


「ルーナ、ですよね?」


「いえ、ツキカゲです」


「……」


「……」


 一拍の無言。気まずい空気が流れる。


 何が何やら分からない四人はただただ二人の様子を見守るしか出来ない。


 やがて、ミファエルは笑みを消して不満げな表情を露わにする。


「どうして意地悪をするのですか? 私、意地悪は嫌いです」


 ぷっくうっと頬を膨らませるミファエル。その姿は淑女にあるまじき姿と言えよう。


 しかし、ドッペルゲンガーとしては初対面としか言いようがない。何せ、公爵領でミファエルと会った事は一度も無い――


「……っ」


 ――が、そこでもしやと思い至る。


 ドッペルゲンガーの姿形は主人であるルーナを模している。


 ドッペルゲンガーがルーナの姿を模しているのは、ルーナを知る者が少ないからであり、ルーナは既に死んだことになっている。ドッペルゲンガーはフィアについては知らないし、ルーナの今までを語ってはいない。


 ルーナの姿だけを貸し出しているので、もしルーナを知っている者が見ても、共通の記憶を持っていないのでよく似た別人だと思われる事だろう。


 なにはともあれ、ドッペルゲンガーがルーナの姿を模している事は問題無く、その事はルーナかアリザがミファエルに伝えているはずだ。


「意地悪というか……本当に初対面なので……」


 困ったように笑って見せるドッペルゲンガー。


 ドッペルゲンガーがそう言えば、ミファエルの眉尻はこれでもかという程吊り上がる。


「ルーナ?」


「ですから、ツキカゲです……」


「私、そういう悪戯いたずらは好きじゃ無いわ」


「悪戯でも無いんですけど……」


 ぐぐっと詰め寄るミファエルに反して、詰められた分だけ後ろに下がるドッペルゲンガー。


「御嬢様、他の生徒に絡むのはお止めください」


 ようやっと、オーウェンが仲裁に入る。


「でもオーウェン、ルーナが意地悪するのよ?」


「彼はルーナではありませんよ。ルーナは血も涙もない非人間です。彼のように愛想も無ければ相手を慮る気持ちも持ち合わせていない輩です。もう、本当に……」


 何故だか実感の籠った声音で言い、遠い目をするオーウェン。


 ルーナがオーウェンにした事と言えば、入学までの準備期間でオーウェンを鍛えた事くらいだ。遠い目をされる程、無茶な鍛え方はしていないはずである。と、ルーナは思っているけれど、それはルーナだけである。


「ルーナは非人間なんかじゃ無いわ! ルーナは私の騎士なんですから!」


「あれは騎士では無いですよ。人間の皮を被った理不尽です。いや、人間かどうかも怪しいですけど……」


 中々に失礼な事を言うオーウェンだけれど、ドッペルゲンガーもその意見には同意する。


「さ、行きますよ御嬢様。先輩方がお待ちです」


「むぅ……」


 不満げに口を尖らせ、未練がましくドッペルゲンガーを見るミファエル。


「私の騎士のくせに……」


 小さな声で文句を言いながらも、先輩を待たせてはいけないと分かっているのか渋々と言った様子で戻っていくミファエル。


 オーウェンは申し訳なさそうな顔をしながら五人にぺこりと一礼をして、ミファエルの後に続いた。


「……結局、人違いなのか?」


「人違いだよ」


「でも、あれだけはっきりと言うんですから、よっぽどそっくりなんですね。ツキカゲさんとルーナさんって方」


 そっくりも何も同一人物だ。ガワだけだけれど。


「きっと他人の空似だよ。さ、それよりも散策を続けよっか」


 気を取り直して五人は学内を散策した。


 後でルーナにはミファエルに説明しておけと伝えなければと心に決めた。





 なんて小事があったのち、入学式を迎えた。


 何故か知らないがアイザックに目を付けられ、ミファエルには初対面を装ったがゆえに不機嫌になられてしまったけれど、そこに関しては問題は無い。


 責めるような視線を受けるけれど、ミファエルは執政科であり、ドッペルゲンガーは兵士科である。お互い、棟が違うので会う事が無い。もっとも、ミファエルの動向には常に気を配っているため、棟が違くとも問題は無い。


 今も、監視の目を光らせている。


 多少ミファエル側で問題が起こっているようだけれど、そこはオーウェンと在学中の侍女である者がどうにかするだろう。


 問題があるとすれば、アイザックの方だ。


 入学式が終わり、早十日。兵士科の生徒達との交流も深めつつ、授業の概要を知り、訓練にも何とか食いついて――いるように見せかている――大変ながらも楽しそうに学生生活を謳歌していたそんな折、がらがらっと軽快に兵士科の教室の扉が開かれる。


「やあ」


 扉を開けたのはアイザック・パーファシール。この国の第二王子様。


 当然、皆硬まる。


 此処は兵士科。執政科や従事科、魔法科や騎士科、商業科や技術科に顔を出すのであれば分かる。


 執政科であれば将来は国の中枢を担う事になる。


 従事科であればそのまま王宮に召し抱えられる事もある。


 魔法科であれば新魔法の開発や従来の魔法の強化などの功績を上げる可能性がある。


 騎士科であれば将来自身の近衛騎士になる可能性もある。


 商業科であれば国の経済を回すためにあらゆる発想を出し合い、経済を更に一歩進める可能性がある。


 技術科であれば更に豊かな国造りのためにその知識を学び、革新的な道具や装置を作ってくれる可能性がある。


 とまあ、上記の六の科は貴族の関心を大きく誘っている。ともすれば国の未来を担う若者達である。


 兵士科も国防という意味では国の未来を担うけれど、特段新しい事をする訳では無い。ただただ強い兵士を作るだけである。それこそ、アステルのような兵士の育成が目的だ。


 が、そんな英雄はそうそう現れる事は無い。兵士科の役割は戦力の平均値の底上げである。それも大変な事ではあるけれど、真新しい事では無い。


 よって、王侯貴族が寄る事は殆ど無い。


 例外として、今年は別の教室にシオンが居る。


 若くして中級魔法を使い、白兵戦にも秀でた彼を勧誘スカウトしようと、貴族の子息子女達は頻繁に挨拶に来ている。


 今回も、そんなところだろう。ただ、アイザックは教室を間違えただけだ。


 そう結論付けようとした時、アイザックはにこっと涼やかな笑みを浮かべて手を振る。


「ツキカゲ、お前が来てくれないから、わざわざ第二王子である私が出向いたよ」


 言いながら、アイザックはドッペルゲンガーの元へと向かう。


 アイザックのお目当てがドッペルゲンガーだと分かると、教室内の生徒達は騒めく。


 ドッペルゲンガーとポルルはあのアステルに一撃を与え、退かせた事で一目置かれている。が、ポルルはともかくとして、ドッペルゲンガーはその後平均的な成績しか残していないので、悪知恵は働くけれど身体能力はそこそこ、という判断をされている。


 因みに、ポルルとペルルは小っちゃな怪獣と言われている。小さい身体であまりにもパワフルに動き回るため、そう呼ばれている。


 ともあれ、アイザックのお目当てがシオンではなくドッペルゲンガーだった事に驚く級友諸君。


 不躾な視線など何のその。アイザックは悠々とドッペルゲンガーの元へと歩く。


 逃げようかとも思ったけれど後が面倒だったので、ドッペルゲンガーは席を立って慇懃に一礼をしてみせる。


「これはアイザック殿下。兵士科に何か御用ですか? 期待の新入生なら、隣の教室ですよ?」


「私は、ツキカゲ、と言ったが? あんな面白味も無い者などどうでも良い」


「僕も面白味は無いと思いますが……」


「謙遜するな。アステル相手に、あの勝ち方を出来る者などそういない。馬鹿みたいに速く、威力も周囲も考えない魔法を放つしか能の無い者より、余程面白い」


 すっぱりとシオンを切り捨てるアイザック。その言葉はドッペルゲンガーをおだてるためではなく、本心からそう思っているといった言い方だった。


「それに、あの者は少しおかしい。警戒するために目は向けるが、それ以上の興味はそそられん」


 その発言にはドッペルゲンガーも同意だった。


 シオンの実力は確かだ。けれど、実力と技術が釣り合っていないのだ。


 自身の生まれ持った能力だけで戦っているだけ。剣を振るうもそこに技術は無く、ただ自身の身体能力のまま振るっている。


 才能の塊であり、今までそれだけで事足りていたと言われればそれだけだが、少し違和感がある。


 注意する必要があると、ドッペルゲンガーも思う。


「と、彼奴あやつの事はどうでも良い。ツキカゲ、少し付き合え」


「拒否権は――」


「無い」


「ですよね。分かりました、お供いたします」


「うむ、それで良い。そうだ、一人では心細かろう。お前の友人も一緒で良い」


「そう仰いましても……」


 四人とも少し困惑した様子。


「堅苦しい話は、ちょっとなぁ……」


「うちも」


「ウチも」


「わ、私は、ツキカゲさんと御一緒します!」


 着いて来てくれそうななのはアルカだけ。薄情な奴らである。


 残りの三人を見て、アイザックは残念そうな顔をする。


「残念だ。宮廷料理人の美味しいお昼が食べられるのだがな~」


「「行く! 行きます!」」


「相棒、俺がお前を一人にする訳無いだろ? 俺は何処までもお前について行くぜ」


 きらりと良い笑顔をしてみせるシーザー。少しだけ、神経がささくれ立ったのは、きっと気のせいだ。


「よし、では行くとしよう! さ、きりきり歩けーい!」


 アイザックは楽しそうに笑いながら歩いていく。その後ろを、双子もわくわくした様子で続き、シーザーは宮廷料理人の料理に思いを馳せている。


「い、行きましょうか……」


 苦笑を浮かべるアルカに、ドッペルゲンガーは同じく苦笑を浮かべた。

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