第43話 二重に歩く者、散策する
そして冒頭に戻る――となる前に、少しだけ
入学が決まり、制服を受け取って寮まで案内されたドッペルゲンガー達。
準備する物は特に無く、必要最低限の物は国が用意してくれる。ので、ドッペルゲンガー達は特に用意する物が無い。
外出に特に制限は無いけれど、門限が付き行き先の申告が必要となる。そして、出る時も入る時も身体検査を行われる。勿論、荷物も
必要な物は必需品であれば支給され、それ以外の物は自腹だけれど取り寄せもしてくれる。
そもそも、わざわざ自分で買いに行く必要が無いのが御貴族様だ。外出の必要が無いので、特に不便もしない。
「さて……シーザー。こっちは荷解き終わったよ」
「おう、こっちもちょーど終わったところだぜ」
貴族寮は一人一部屋だけれど、一般寮は二人で一部屋である。しかも、二人で生活するのに必要最低限の広さしかないため、あまり快適とは言えない。
とはいえ、調度品の質は良く、寝具も上等な物なので文句を言う者はいない。
ドッペルゲンガーの相手はシーザーであり、互いに少しは気心の知れた中なので気は楽だろう。
「お、お茶あんじゃーん。ツキカゲ、飲むか?」
「うん。ありがとう」
「つっても、期待すんなよ? 素人が淹れんだからよ」
備え付けの小さな台所で、お茶を淹れるシーザー。
シーザーと台所はなんとなく似合っていないと思いながらも、改めて設備の良さに驚く。普通の兵舎であれば、お茶を淹れるための設備など無い。
「ほらよ」
「ありがとう」
シーザーからカップを受け取り、一口飲む。
「……」
「おぉ、美味ぇなぁ」
感心したように言葉を漏らすシーザーだけれど、ドッペルゲンガーの感想は真逆だ。
美味しくない。
きっと茶葉は良いのだろう。瓶の蓋を開けた時に香ってきた
特に味は気にしないけれど、期待値を下回る味にがっかりしてしまう。
『なんや、茶の違いも分からんのか? 君はこれから、僕と
自然と
だが、直ぐに回想を終わらせる。出来れば昔の事は思い出したくない。ドッペルゲンガーにとって良い事ばかりでは無いのだから。
ともあれ、中々に肥えた舌を持つ事になったドッペルゲンガー。せっかくの良い茶葉があるのであれば、美味しくいただきたいものだ。
「次は僕が淹れるよ」
「お、そうか? じゃあ頼むわ」
ゆったり、二人でお茶を楽しむ。
一息ついたところで主であるルーナに手紙の一つでもしたためたいところだけれど、手紙も検閲の対象になる上に、ルーナとドッペルゲンガーの関係を知られてはいけないために手紙を書く事も許されない。
幾つか連絡の方法もあるので大した問題ではないけれど。
「なぁ、ちょっと落ち着いたし散歩でもしねぇか? 校内は自由に動いて良いみたいだしよ。ま、貴族寮とその他特権区域以外は、だけどな」
貴族寮は貴族の子息子女が住む寮。特権区域は、全教師と限られた生徒しか入る事の出来ない場所。今のルーナやシーザーでは入る事は出来ない。
それでも、散策するのは悪い事では無い。
「うん、行こうか」
二人はお茶を流し込むと、早々に部屋を後にする。
一般寮を出て、二人は校内を散策する。
「にしても、やっぱり広ぇな」
「そうだね。訓練場も幾つもあるし、魔法実験棟に研究室、図書館に貴族の交流棟」
「それに庭園に御茶会用の
「
「おっ、お前馬乗れんの?」
「多少はね」
「じゃ、授業の時にレクチャーしてもらおうかな。俺、まだ乗った事ねぇし」
「お安い御用だよ」
シーザーと他愛の無い言葉を交わしながら、敷地内を練り歩く。
二人と同じような考えをしていた者は多いらしく、新入生が目を輝かせながら校内を歩き回っている。
それと同じように、貴族の子息子女も先輩方に連れられて案内を受けている者が多い。こういったところから、既に貴族の交流は始まっているのだろう。
そして、その中に見知った顔があった。当然だ。なんたって、ドッペルゲンガーは彼女のために此処まで来たのだから。
先輩に連れられて歩くのは、ミファエル・アリアステル。その後ろを、騎士オーウェン・ブルクハルトが歩く。そして、ミファエルが居ると言う事はつまり、見えるところにはいないけれどルーナも来ているのだろう。
学院に行きたくないと言っていたのでドッペルゲンガーの仕事が無くなるのではと少し心配していたけれど、存外楽しそうに笑みを浮かべているので少し安堵する。
「ほぉ、あの金髪の子可愛いな」
「だね」
「って、その案内してる先輩も可愛い。どうなってんだよ貴族の血筋……。俺の村にあんなに可愛い子居なかったぞ……」
「だいぶ失礼な事言ってるね、シーザー……」
「だってよぉ! 見てみろよあの発育の良さ! 何食ったらあんなになるんだ? あの双子にも見習わせてぇよ」
「しっつれいしちゃうわーい!」
「わいわーい!」
「ほごっ!?」
衝撃を受け、大きく仰け反るシーザー。
シーザーは腰を抑えながら自分を蹴り上げた下手人を見やる。
「お前ら! 急襲すんじゃねぇ!」
「人の悪口言う方が悪い!!」
「お前こそ人類悪!! 女の敵!!」
シーザーを蹴り上げたのはポルルとペルルだった。その後ろでは、あははと苦笑しているアルカがいる。
どうやら、三人も荷解きが終わって学院の散策をしていたようだ。
「今のは、シーザーくんが悪いと思います……」
「右に同じく」
「くっ……反論の余地もねぇが、口より先に足が出るたぁどういう教育受けてらっしゃるんで、お嬢さん方や?」
「うちら、口より速いもの、教えてもらったからさ」
「肉体言語って知ってるかー?」
蹴りの動作と殴りの動作をするポルルとペルル。
「お前ら、絶対他の奴にやるなよ、それ」
「お、サンドバッグ宣言?」
「違うわ! お前等の蹴りが容赦ねぇから、俺とかツキカゲ以外耐えられねぇって話だよ!」
「待って僕を巻き込まないで」
「相棒、死なば諸共、だろ?」
「そこはせめて一蓮托生で」
やいのやいのと騒いでいると、駆け足で誰かが近付いてくる。
「
気色ばんだ、愛らしく高い声。
その声に五人は反応しない。この場に、ルーナという人物はいないのだから。
けれど、その足音がドッペルゲンガーの直ぐ傍で止まれば、反応を示さない訳にもいかないだろう。
五人の視線が、少女へと向けられる。
駆け寄ってきた少女――ミファエルは嬉しそうにドッペルゲンガーを見つめて笑みを浮かべる。
「ルーナ! 貴方も入学していたのですね! ふふっ、アリザったらこんなに嬉しい隠し事をするだなんて!」
にこにこと、心底嬉しそうに笑うミファエル。
そんなミファエルに、ドッペルゲンガーは困惑したように言葉を返した。
「あの、どちら様でしょうか……? お会いした事、ありましたか?」
ぴしっとミファエルの笑みが固まった。
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