第38話 忍び、入学……する? 6
朝起きて、アルカは開口一番に大きな声で謝罪した。
「す、すすすすすすみませんでした!!」
ぺこりと頭を下げるアルカ。
そして、恥ずかしそうに耳まで真っ赤にしながら言い訳がましく口を開く。
「そ、その、初めての王都で舞い上がってしまっていて……私、直ぐに寝付いちゃって……! い、いえ! 言い訳ですね! 本当にすみませんでした! 私の、私の寝相が悪いばかりに、ツキカゲさんがテントの外で寝る事になってしまうなんて……!!」
王都の散策がある程度終わったら、二人は王都の外で寝泊まりをした。
二人で横になって眠る事になり、ドッペルゲンガーはさっさと寝たふりをしたのだけれど、アルカは異性が横に居ると意識してしまっていたのか中々寝付けない様子だった。
けれども、疲れも溜まっていたのだろう。三十分もすればぐっすりと寝息を立てていた。
ドッペルゲンガーは静かに起き上がり、テントの外に移動して夜を明かした。元よりそうするつもりだったのだけれど、朝起きてみればアルカは大の字でテントの中で眠っていた。
時間になったら起こしてあげようと思い、そのままにしていたのだけれど、起床したアルカが恥ずかしそうに寝相が悪くて申し訳ないと言ったら、外で寝ていたので大丈夫だとドッペルゲンガーは正直に言った。
結果、アルカは自分の寝相が悪くてドッペルゲンガーを外に追いやってしまったのだと思ったのだ。
そして冒頭に戻る。
「大丈夫だよ。最初から外で眠るつもりだったから」
「そ、それはそれで申し訳無いです!! すみませんでした!!」
「いいからいいから。はいこれ、朝御飯。今日は大事な一日だから、しっかり食べておいた方が良いよ」
謝り倒すアルカに苦笑しながら、ドッペルゲンガーは昨日の内に買っておいたパンを渡す。
スライスパンにチーズと目玉焼きを乗せただけだけれど、朝食には十分だ。因みに、チーズと目玉焼きはドッペルゲンガーが乗せた。もっと凝った料理も出来なくは無いけれど、あまり目立っても良くない。
ちょっと器用だな、くらいの印象で留めておいた方が良いだろう。
「何から何まで、本当にありがとうございます……」
申し訳なさそうにしながらも、アルカはパンを美味しそうに頬張る。
「
「それなら良かった」
朝食を食べ終わった後、二人はテントを片付けてから検問所を通り、学院へと向かった。
学院に向かう子供は多く、皆が皆緊張したように表情が堅い。
隣を歩くアルカも表情は堅く、落ち着かない様子で学院に向かう者達を見ている。
「わぁ、あの人強そう……あの人も、私より魔力がある……」
周りを見て、自分と比較を始めてしまったアルカに、ドッペルゲンガーは出来るだけ優しい声音で言う。
「他人と自分を見比べても仕方ないよ。アルカは、今の自分に出来る精一杯を出すしか無いんだから」
「で、ですけど……」
「皆が緊張してるんだ。皆が皆最大限の実力を発揮できる訳じゃない。アルカが周りを見ないで最大限の実力を出せたなら、合格率は大きく変わるよ」
「うぅ……どうしても周りも気になりますけど……が、頑張ってみます!」
ふんすとやる気を表すアルカ。
とはいえ、緊張が完全に取れる訳でも無い。そして、
学院で受付を終え、いよいよ入学試験が始まる。
教室に通され、先ずは筆記試験を受ける。
筆記試験はこの国の歴史、基礎的な算数、魔法知識等々の基礎的な部分の問題だけであった。
筆記の音で他の受験者の回答を確認し、平均より少し上で点数をキープして合格するように調整をする。
筆記試験の問題は、学科ごとに内容が異なり、難易度も異なる。因みに、兵士科はとても簡単な部類に入る。
兵士に求められるのは必要最低限の知識のみ。将にもなればそれ以上の知識を求められるけれど、出だしにそこまでは求められない。
筆記試験を難なく終え、次は実技試験となる。
兵士には体力が必要。そして、ある程度の力も必要になる。
まずは長距離走。決められた距離を走破する。ドッペルゲンガーであれば即座に走破出来る距離だけれど、子供にそんな事が出来るはずも無い。
これまた、ドッペルゲンガーは平均よりも少し上くらいに抑えながら走る。
「ひっ、ひっ、はひっ……っ!」
苦しそうにしながら、アルカはなんとかドッペルゲンガーに食いついて走っていた。
「ま、待って、くら、さい……っ」
待てと言われて待つわけが無かろうに。
試験中とあって、お喋りをする事はしなかったけれど、心の中でそう突っ込んでしまった。
必死に走るアルカは、なんとかドッペルゲンガーと五着差で走破する事が出来た。因みに、アルカの揺れる胸部に幾人かの男子が視線を向けていために速度を乱していた。仕方がない。思春期だもの。
続いて、筋力測定。どれくらいの重りを持てるのかを測定していく。
ドッペルゲンガーはそれなりに持ち上げていたけれど、アルカは最初の段階でぷるぷるしていた。
「ふんぅ……うっん……んんぅっ……!!」
顔を真っ赤にして踏ん張って、なんとか中盤の少し手前までは持ち上げられていた。
次は魔法の測定。兵士と言えども、魔法が使えなければ戦闘は厳しい。ある程度の水準の魔法の行使は求められる。
自分が行使できる最大の魔法を放つ者が多い中、ドッペルゲンガーは平均よりもやや上で結果を出す。威力を抑え、魔法構築の速度を抑え、魔法を行使する。
ドッペルゲンガーは魔法が使える。とはいえ、なにも特別な事では無い。この世界に住む人間は大なり小なり魔法を使う事が出来る。
因みに、ルーナの忍術の原理も魔法と一緒だ。
ルーナは氣を使って忍術を行使していたけれど、この世界では氣を魔力と言い、忍術を魔法と言っている。つまり、ルーナの忍術はこの世界では魔力という事になる。
氣を使うのが普通である世界。ルーナの世界では、三人しかいなかった者が、この世界ではそこら中を歩いている。その事実には背筋が凍るけれど、幸いと言って良いのか練度は高くは無い。前世で出会った三人の方が練度は遥かに高かった。それこそ、バンシーやロック等比較にならないくらいに。
試験を受けている子供達に関しても同様だ。練度は高くは無い。魔法の威力もそこまで高いものではなく、絶対に避けられない訳でも無い。
まぁ、子供だしこんなものかと思っていると、ドッペルゲンガーから離れた位置で大きな爆発が起こる。
「ふょあっ!? び、びっくりですぅ……」
びくりと身を跳ねさせたアルカは、何故だかドッペルゲンガーの背後に身を潜めた。
盾として選んだのであればこ間違いのない選択である。まぁ、十中八九驚いて少しでも信頼の置ける者で身を隠しただけなのだろうけれど。
それはともかく、ドッペルゲンガーは爆発の発生した方向を見やる。
「な、なんていう威力だ……!! 威力だけなら、宮廷魔法師に匹敵するぞ……!!」
「ふふんっ! 流石シオンね!」
「シオンならこれくらい当然よ」
元気の良さそうな少女と、利発そうな少女が魔法を行使した者を褒める。自分の事のように嬉しそうにしているあたり、余程その少年の事を気に入っているのだろう。
褒められた当の本人は、照れたように笑みを浮かべている。
「や、やぁ……ちょっと、張り切り過ぎちゃった」
「と言っても、本気じゃ無いのでしょう?」
「そうね! ドラゴンを倒した時の方が威力は大きかったしね!」
ドラゴンを倒した。その言葉を聞いて、ざわざわと周囲がどよめく。ドッペルゲンガーも、ほうと関心を示す。
ドラゴンを倒せる程の使い手であるのであれば、多少は興味がある。
「ドラゴンって言っても、下級のだから。それに、二人にも協力してもらったしさ」
「でもとどめはシオンだったじゃない! あれが無かったら、アタシ達こうして生きてないわ!」
「そうね。シオンは謙虚過ぎるわ。実力があるのだから、もっと堂々としていなさい」
「そう……かな? うん、二人がそう言ってくれるなら、も少し堂々としてみるよ」
やいのやいの。楽しそうにお喋りをする三人に、試験官は注意をしない。それほどまでに、今の魔法の威力と三人の話題が効果的だったのだ。
「す、凄いですねぇ……ドラゴンを倒してしまうなんて……」
「そうだね」
ドラゴンを倒した。例えその言葉が偽りであったとしても、今のパフォーマンスは有効だっただろう。魔法の威力が、彼の言葉に説得力を持たせている。
試験の様子を見ている貴族の遣いも興味深そうに少年達を見ている。
「というか、昨日声をかけてくださった方ですね。あんなに凄い方だったんですね」
件の少年は、昨日アルカに声をかけて来た少年――シオンだった。歩き方、立ち居振る舞いに強者のそれは無かったけれど、よもや此処までの実力を持っているとは思わなかった。
目が鈍ったか、それとも……。
「ど、どどどうしましょう! あんなに凄い方が居たら、私が霞んで大変な事に……! 具体的には入学の危機です!」
「大丈夫。あんなのそうそう居てたまるもんか。見た感じ、アルカは全然合格圏内だったよ。回復魔法だけじゃなくて、攻撃魔法も使えるんだね」
「は、はい! 一通り出来るようにはしていたので!」
ドッペルゲンガーに褒められ、にへぇっと嬉しそうに笑みを浮かべるアルカ。
しかし、直ぐにその表情を曇らせる。
「でも、次は体術の試験です……。私、体術苦手なんです……」
「アルカの志望は衛生兵だろう? 事前にその事は申告してあるし、戦場で必要な体力もちゃんと基準値を超えてたと思うよ。戦うだけが兵士じゃない。後方支援も兵士の務めさ。って、これ全部旅の冒険者の受け売りなんだけどね」
照れ臭そうに笑うドッペルゲンガー。アルカを元気づけるためとは言え、少し喋り過ぎた。疑われる前に受け売りだと言っておく。
「そうなんですね。羨ましいです。私、そんな風に戦いについて教えてくれる人に出会った事が無いので……」
「これから学べば良いんだよ。っと、そろそろ移動かな。行こうか」
「はい!」
とててっと軽快な足取りでアルカは横に並ぶ。
妙に懐かれてしまったけれど、なんだか悪い気はしなかった。
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