第37話 忍び、入学……する? 5
「ほぇ……! 広いですねぇ……!」
「そうだね」
学院にたどり着き、事務室へと向かうドッペルゲンガーとアルカ。
アルカは学院の広さに驚きながらも、しっかりとドッペルゲンガーの横に並ぶ。
正門から入って直ぐに事務室があるけれど、そこは仮設となっており、入試のための受付となっている。本当の事務室は、校舎の中にある。
二人は受付に紹介証を提出し、受験票を貰う。
「では、明日の本番には間に合うように受験票をお持ちください」
「分かりました」
試験は明日。後は、一日使って王都を見て回るだけだ。
本来なら一人で偵察をする予定なのだけれど……。
「受付、直ぐに終わりましたね。この後、どうしましょうか?」
何故か、ドッペルゲンガーと一緒に行動する気満々のアルカ。
どうやら懐かれてしまった様子。
無下にするのも印象が悪い。普通の気さくな少年。それが、ドッペルゲンガーの演じるところのツキカゲだ。
アルカの発言に疑問を覚えた様子も無いように見せながら、ドッペルゲンガーは答える。
「まずは宿の確保……と言いたいところだけど、王都なだけあって料金高いからね。学院が用意してくれたテントを借りたから、王都の外で一夜を明かすよ」
街の外にテントを張るという事はそう珍しい事でも無い。王都に用があったけれど、宿屋に泊る金も無い者は野宿をするし、
王都に入る際も、そういう者達を確認する事が出来た。
「アルカはどうする?」
「ど、どうしましょう? 何も考えてませんでした……」
顔を青くして、あわあわと慌てふためくアルカ。
「てっきり、学院に泊れるのかと……」
きっと泊るだけの施設はある。ただ、そうするには学院に招かなければいけない。学院には国の宝である子供達が居る。もし受験生の中に子供の姿をした暗殺者でも紛れ込んでいれば、場合によってはその一人によって大虐殺が行われる、という事も在り得る話だ。
バンシーであれば、十人や二十人は簡単に殺せる。例え乱戦にもつれようとも、更に殺戮を広げる事が出来る。あれは、そういう手合いだ。
結果的にルーナが倒したから良いものの、バンシーは一流の殺し屋だ。その強さは、熟練の騎士にも匹敵する程だった。将来を有望視されているオーウェンがロックやバンシーを相手に苦戦を強いられていたことから分かる通り、子供がまともに相手を出来る訳がない。教師達ですら危うい可能性がある。
その危険があるのなら、学院は生徒やその関係者以外を招かないだろう。
ただ、筆記試験は学院に招かれて行われる。その際、気付いている者は少ないけれど、監視が隠れているらしい。隠れているのは、子供相手に大袈裟に監視をしていると知られれば笑いものにされるし、かといって監視をしないのもまた不用心が過ぎるからだ。
実技試験は学院の保有する広大な敷地にて行われる。その際も監視は付き、移動の際も監視が途切れる事は無い。
この様子だと、アルカも宿に泊まるだけのお金を持っていないという事になる。
「じゃあ、テントを借りようか」
「は、はい!」
二人は受付に行き、テントをもう一つ借りようとした。
「あぁ、すみません。テント、もう全て貸し出してしまっていまして……」
申し訳なさそうに、受付の女性が言う。
「そうですか。分かりました……」
しょぼんと肩を落とすアルカ。
受付を後にしながら、アルカはドッペルゲンガーを見やる。
「どうしましょう……」
どうしましょうと言われても、困っているのはアルカだけだ。ドッペルゲンガーは既にテントを持っている。
「じゃあ、僕のを使って。僕は野宿慣れてるし」
「い、いえ! ツキカゲさんが使ってください! 悪いのは愚図な私なんですから!」
「僕は大丈夫だよ。いつでもどこでも眠れるのが、僕の長所だからさ」
この言葉に嘘は無い。いつ、どこで、なにが起きるのか分からない。睡眠は取れるうちに取るのが理想であるために、何処であっても眠れるようになっている。
「いえ、でも、大事な試験前ですし……」
「それはお互い様でしょ」
「で、ですけど……」
このままではきっと埒が明かないだろう。
「じゃあ、一緒に使う?」
「ふぇ!? い、一緒にですか!?」
「うん。広さ的には問題無いからね」
そんなに大きなテントでは無いけれど、二人が使うくらいならば問題無いだろう。
けれど、アルカはドッペルゲンガーの提案に顔を赤くしている。
異性と二人きりで寝泊まりするという事をした事が無いのだろう。まぁ、年頃的に考えても当たり前だろうけれど、そんな事を言っている場合ではない。
年頃の
「僕と二人きりは嫌かもしれないけど、そんな贅沢を言ってる場合じゃないと思うよ?」
「ぜ、ぜぜぜ贅沢だなんてそんなつもりは!! お、おおお男の子と一緒に寝泊まりするのが恥ずかしいだけでして……!!」
「睡眠するだけだよ。問答も時間の無駄だから、決定ね」
長引きそうだったので、強制的に話をまとめる。恐らく、彼女はこう言わないと納得しないだろう。
アルカが眠ったら外に出よう。それで全て解決だ。
アルカは自分だけテントを使ってしまった事を気にするだろうけれど、ドッペルゲンガーの合格は変わらない。どんな状態でも、合格する自信がある。
「は、はいぃ……っ。……い、意外と、強引ですぅ……っ」
誰のせいだと思っている。
と、思っても口にはしない。
ともあれ、寝泊まりの問題は無くなった。これで、遠慮なく王都を散策できる。
「じゃあ、見て回ろうか」
「は、はい!」
顔を赤くしつつも、歩き出すドッペルゲンガーの隣に並ぶ。
見ておきたいのは、使える場所、気になる場所、危ない場所だ。
使える場所は、武器や小道具などの質が高い店。ツキカゲとして使う武器や防具、小道具を買う所を決めておきたい。どんな武器でも最大限使いこなせるよう訓練はされているけれど、良い武器を使っているから実力以上を引き出せると言った言い訳を作っておきたい。
気になる場所は、自分の知識に無い場所や物。知らないという事はそれだけで隙になる。知識は持っていて損は無い。自分の頭に入る限り、知識を詰め込んでおくべきだ。
危ない場所は、いわゆる裏稼業の者が経営している店。誰が敵になるか分からない。裏稼業の連中であれば汚れ仕事も請け負うはずだ。そういう相手を警戒しておいて損は無い。邪魔になりそうなら、先に潰しておいても良い。
後は、王都に居る要注意人物を把握しておく必要があるだろう。敵にしろ、味方にしろ、相手を知っておく必要がある。
アルカと話をしながら王都を散策する。
「凄いですねぇ……! 煌びやかです!」
「だね」
「わ、わわわ! 見てくださいあの杖! 機能美もさることながら、デザインも素敵です……!」
「へぇ、そうなんだ」
機能美はどうあれ、殴りやすそうだとは思うドッペルゲンガー。
「そうなんですよ! 魔力伝達率の高い素材を使っていながら頑丈! 加えてデザイン性も良いとあれば、もう最高ですよ!! あぁ……欲しい……でもお高い……!」
涎を垂らさんばかりにぽへっと口を開けて、
杖は魔法を補助する器具である。必要最低限の魔力で魔法を行使する事が出来たり、魔法の威力を上げる事が出来るのが杖であり、その仕組みや製法は工房によって違う。門外不出の技術であり、漏洩しようものなら命を狙われる。
アルカが見ている杖は必要最低限の魔力での魔法の行使が出来、その伝達力が他の杖よりも素早くできる逸品だ。加えて、魔法系統は回復であるため、衛生兵を目指しているアルカにとっては垂涎の的であろう。
「いつか買えると良いね」
「はい! うぅ……必ず迎えに来ますからねぇ……!」
後ろ髪を引かれながら、アルカは店を後にする。ちらりちらりと何度も杖を見るアルカは、かなり杖に未練があるようだった。
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