第36話 忍び、入学……する? 4
「は、あんた誰?」
突然話に乱入してきた黒髪黒目の少年に、盗人少女は睨みつけるように視線を向ける。
しかし、そんな視線も何のその。黒髪の少年は涼し気な表情を崩しもしない。
「俺はシオン。君達と同じ受験者だよ」
にこっと人懐っこい笑みを浮かべる黒髪の少年――シオン。
しかして、盗人少女はそんな笑みには絆されない。例え相手の顔が良くとも、盗人少女にはこの先の人生がかかっているのだ。顔一つで絆されはしない。……が、少し顔が赤くなっているのは御愛嬌というやつだろう。
「それで、良い方法というのはなんなんだい?」
話が進まなくなっても面倒なので、ドッペルゲンガーは水を向ける。
「ああ。入試の受付で名前を言うんだ。それで、二人の前で封筒を開ける。中にはどちらかの名前しか書かれていないから、そこで嘘を吐いてる方が分かるって寸法さ」
人差し指を立てて得意げに話すシオン。
良い方法だとは思うけれど、既にその方法を取る事は出来なくなっている。
「無理だね。彼女は僕の前で自己紹介してるからね。彼女にも聞こえてると思うし。君、名前は?」
盗人少女に訊ねれば、彼女はふんっと鼻を鳴らしてから答える。
「アルカよ」
「で、彼女の名前もアルカだ。君の方法だと、どっちが嘘を吐いてるのか分からないんだよ」
「うっ、なるほど……」
「アルカは出生届出してる?」
「あ、はい。出してます」
「じゃあ、多分大丈夫だと思うよ。アルカが紹介証を貰った役所で後で照合してもらえると思うし、その後に事実確認もされると思うしね」
言いながら、ドッペルゲンガーは偽アルカを見る。
考えが甘かったのだろう。彼女はそこまで思い至る事が無かったらしく、都合の悪そうな表情をしている。
「アルカは、紹介証さえ戻って来ればそれで良い?」
「あ、はい。試験が受けられれば、それで……」
見た目通り、争いごとを好まない性格らしいアルカは、これ以上事を大きくしたくない様子。であれば、穏便に済ませられるだろう。
「だってさ。穏便に済む内に、此処らで手を引いたらどうかな? 騒ぎになって試験も受けられない、なんて事になったら面倒でしょ?」
「うっ……わ、分かったわよ……!」
負け惜しみなのか、ふんっとつまらなそうに鼻を鳴らして盗人少女は列に戻って行った。
恐らく、男二人も同じような手口で盗んだ物を使用しているのだろう。
だが、受験後に事実確認は行われる。そこで本人ではないと分かれば、即失格になる。つまり、出生届を出していなくても、紹介証を発行して貰った方が話が早いのである。ドッペルゲンガーのように、出生届を完全に偽装できるのであれば話は別だけれど。
因みに、唯一の親である母親は他界した事にしてあるので、ドッペルゲンガーが疑われる事はまずないだろう。あの街では親が亡くなればまず浮浪児になる事は確定だ。それほどまでに、街の治安は悪ければ生活水準も低い。
そう言う街を、ルーナは選んだのだから。
「あの、ありがとうございました、ツキカゲさん」
アルカは安堵した様子で頭を下げる。
「いえいえ。大事なものは肌身離さず持っていた方が良いよ」
「はい」
にこぉっと笑みを浮かべるアルカ。
「あ、あの……俺は?」
「え、あ、シオンさんも、ありがとうございました」
居心地悪そうにしていたシオンが苦笑いを浮かべながら言えば、頭に疑問符を浮かべながらもアルカはお礼を言う。
解決には至っていないものの、助けようとしてくれたその気持ちに変わりはない。優しい子アルカは相手の行為に対してお礼を言う。
「あ、いやいや、大したことはしてないから。本当に……あはは……。じゃ、じゃあ、俺はこれで……」
ちょっと落ち込んだ様子でシオンも列に戻る。
ちらりと様子を見やれば、どうやら同伴者が二人居たらしく、両方とも見目麗しい少女だった。少女達にどやされているシオンを見てから、ドッペルゲンガーは視線を前に戻す。
話ももう終わったので、アルカは前を向いて自分の番を待っているのかと思いきや、じっとドッペルゲンガーを見ていた。
相手からの視線に敏感なドッペルゲンガーは、後ろを見ている間もアルカが視線を自分に向けているのは分かっていた。しかし、これ以上用事があるとも思えないので、彼女の意図が分からない。
「どうかした?」
「えっと……順番もまだなので、お話し……できればと……」
もじもじと恥ずかしそうにしながらも、アルカは言う。
なんだ、話し相手が欲しかっただけかと思い、ドッペルゲンガーは納得する。
「良いよ。それと、僕と同い年だろうし、敬語なんて必要無いよ?」
「あ、いえ。いつもの口調なので、このままで……」
「じゃあ、それで。アルカは、何処の科を受験予定なの?」
「私は、兵士科です」
「え、そうなんだ」
少しだけ意外に思ったけれど、兵士科には戦術科や治療科も組み込まれている。戦うだけが兵士では無い。
ただ、気の弱そうなアルカは魔法科や従事科だと勝手に思っていた。
「はい。ツキカゲさんは、騎士科ですか?」
「ううん、僕はスラム出身だからね。無難に兵士科だよ」
「そうなんですか?」
意外そうにアルカは声を上げる。
服装はともかくとして、見てくれは小綺麗にしているため、スラム出身だとは思えないのだろう。
「うん。騎士科って、最低でも村民じゃないと駄目でしょ? 僕はスラム出身だし、何より僕の実力じゃ、礼儀作法も剣の腕も全然駄目駄目だからね。だから、無難に兵士科。体力には自信があるからさ」
なんて嘘である。礼儀作法は知識を全て頭に詰め込んであるだけの頭でっかちではあるものの、剣の腕は一流を軽く凌駕する程の腕前を持っている。
そんな事実をおくびに出す事もせず、ドッペルゲンガーは笑顔の仮面を張り付ける。
「そうなんですね。お綺麗なので、てっきり騎士の生まれなのかと思っていました」
「綺麗? そうかな……?」
顔は平均よりやや上ではあると客観視しているけれど、綺麗と言われる程ではない。どの街に言っても、十人中四人はこの顔をしているだろうという水準の顔だ。
しかし、アルカはこくりと頷く。
「はい。背筋がとてもお綺麗なので。こう、しゃんっとしていると言いますか……ぴんっと真っ直ぐと言いますか……」
うむむと言葉に言い淀んでいる様子。
アルカは抜けているところがあるように見うけられるけれど、どうやら少しは人を見る目が養われているらしい。
「背筋が悪いだけで貴族の評価は下がるからね。学院は平民も通えるけど、上の大部分は貴族が仕切ってる。だから、貴族の目線での査定が入る。姿勢もその中の一つだからね」
「ほぇ……そうなんですね。私もしゃんとしないと」
自信なさそうに縮こまり気味だったアルカは、ぐぐっと背筋を伸ばす。
その際、その年頃にしては大きな胸がぐぐっと強調されるけれど、ドッペルゲンガーは視線を顔から外さない。
「まぁでも、実力で物言わせれば大丈夫だと思うよ。兵士科なら、礼儀作法なんて求められないしね。まぁ、加点にはなるだろうから、やっていて損は無いけど」
後は、受からなかった場合に貴族の目に留まりやすい、という利点もあるけれど受験前にそんな気分を落とすような事は言わない。
そこからは、何気ない事を話したりした。
受験が心配だとか、座学は何処が出そうとか、そんな他愛の無い話。
そうやって話している内に検問の順番が回ってきて、難なく王都に入る事が出来た。
「わぁ~、凄いですねぇ!」
王都に入れば、アルカは感嘆したように声を上げる。
居並ぶ店はどれも御洒落で清潔感があり、また、道を歩く人々の服も小綺麗だった。
何より、その人数。何処を見ても人、人、人である。公爵領も賑わってはいたけれど、これほど多くは無かった。
「流石は王都、ってところだね」
「そうですね! うわぁ、美味しそうなパン屋さん……あ、あっちは魔法具の専門店ですよ!」
興奮したように視線を彷徨わせるアルカ。その姿は完全に田舎から都会にやって来たおのぼりさんなのだけれど、本人は周囲の視線よりも自身の興味が勝っているのか、まったく気にしていなかった。
「アルカ、興味を惹かれるのは分かるけど、今は受験が大事だ。さ、行こうか」
「あ、は、はい! 行きましょう!」
ドッペルゲンガーの声で現実に引き戻されたアルカは、はしゃいでいた自分が急に恥ずかしくなったのか、顔を赤くしてドッペルゲンガーの隣に並んだ。
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