第35話 忍び、入学……する? 3

 それから、幾日かが過ぎた。


 ミファエルはミファエルで準備があり、ルーナはルーナで準備があった。


 まず、ドッペルゲンガーの身分を詐称しなければいけない。


 そのために、公爵領から離れた街へ行った。一体とっておきの魔物を置いて行ったので、防衛の方は大丈夫だろう。ロックやバンシー程度の敵であれば、その一体で事足りる。


 とはいえ、のんびりしていて良い訳では無い。さっさと仕事を終えるに限る。


 ルーナは夜中にその街の役所に侵入する。役所では出生届を受け取り、近くの村に誰が居るのかを管理している。


 そのページの改竄かいざんを行おうというのだ。


 実を言えば、この役所に侵入するのは初めてではない。フィアと旅をしている時に一人で寄った事がある。


 公爵領からは遠いけれど、ルーナであれば夜中の内に偵察と帰還が可能な距離だ。とはいえ、常人にはとてもできる所業ではない。


 常人の域を超えたルーナだからこそ、出来る所業である。


 一度目の侵入の時に出生届の紙質を確認し、同じ古さ、同じ紙質の物を選んで持ってきた。


 同じ大きさに加工し、同じ有色液インクを使って文字を書いていく。筆跡も完璧に模倣する。


 ここの管理は杜撰だ。その上、この街には浮浪児がたくさんいる。その中で出生届が出されている者は少ない。


 その中の一人の名前が書き代わっていても、きっと誰も気づかない。そして、その中の一人が死んでいても、誰も気にしない。そういう街なのだ、此処は。


 死んだ浮浪児の名前をドッペルゲンガーが使う名に書き換える。名は『ツキカゲ』とする。もう無かったことにするには、惜しいと思えたから。


 閉じ紐を解き、そのページをすりかえる。


 同じ結び方、同じ形で閉じ紐を結びなおしてから、ルーナはその場を後にする。


 これで下準備は完了した。


 役所から出ると、ルーナはドッペルゲンガーを召喚する。


「では、手筈通り」


「了解です、我が主」


 即座に街を離れるルーナを見送る事無く、ドッペルゲンガーは自身のやるべき事を行う。


 まずは、みすぼらしい恰好に着替える。ツキカゲは浮浪児。質の良い服は着ていない。


 もうすぐ入学試験が始まる。その段階で、ミファエルも王都に入る事になる。


 それに合わせて、ドッペルゲンガーも王都に入る。同じ道順で行けば怪しまれる。まったく別の道順で王都入りをするべきだ。


 人目の付かない路上で寝入り、何事も無く翌朝を迎える。


 ドッペルゲンガーは朝早くに役所に向かい、役所に入学試験用の紹介証を発行してもらう。


 これは誰でも作成できるのだけれど、出生届がしっかりと出されている方が学院側の印象も良いらしい。出生届の記録が紹介証に示されていない場合、敵国の間者である可能性があり、入学するのが難しくなる。例え入学できたとしても、監視の対象になる。


 監視が付いても面倒なので、ルーナは出生届を改竄する事を選んだのだ。


 ドッペルゲンガーの技量があれば監視の一つや二つ誤魔化せるけれど、余計な手間は無い方が良いだろう。


 紹介証を受け取り、ドッペルゲンガーは意気揚々――そう見せかけて――街を後にする。


 そこからは王都へ向けて歩くだけだ。今の速度をたもてば、十分入学試験には間に合うだろう。


 ドッペルゲンガーの計算では、ミファエル達よりも一日早く到着する予定だ。一日もあれば、王都を偵察も出来る。


 強行軍だと思いつつも、時間が無い中ではこれが最善。護りも手薄にはしていない。誰が敵で、誰が自分を見ているのか分からない。偽装工作は必要だろう。


 念には念を、というやつだ。


 ドッペルゲンガーは途中で見た目を整えた。


 浮浪児らしく汚れきったぼさぼさの髪の毛だったけれど、それを丹念に洗った。


 第一印象は肝心だ。綺麗すぎず、されども不快感を覚える程の不潔さは見せず、怪しまれない程の清潔感を保って試験にあたる。技量や知識もそうだが、身なりも見られるのは間違いない。なにせ、主に貴族が通う学校だ。身なりに気を遣えないような輩をあまり入学させたいとは思わないだろう。


 ドッペルゲンガーは途中の川で身を清めた。ぼさぼさにしていた髪をはさみで丁寧に整えた。


 目元を隠すようだった前髪を目元を出すように切り、それに合わせて髪の長さを整えた。


 これで、学院生のツキカゲの誕生である。


 服装を変えず、身なりを整えながらドッペルゲンガーは王都へと向かった。


 王都へと向かう道中、特に問題が起きる事は無かったけれど、最後の最後で問題が起こった。


「あれぇ? おかしいなぁ……」


 困った様子で鞄の中を探る少女。


 場所は王都に入るための検問所の列。


 次々に列が進む中、少女は困惑した様子で鞄の中を探っている。


 少女に何が起こったのかを、ドッペルゲンガーは知っている。というより、気付いてしまったのだ。


 自分達よりも少し先の列に並ぶ三人組。その中の一人が、少女を見てニヤリと笑ったのだ。


 少女の様子を見るに何かを無くしたのは明白であり、その犯人がその三人組だという事もドッペルゲンガーの目には明白だ。


 三人組は、女一人に男二人。年の頃はドッペルゲンガーや目の前の少女とそう変わらない。


 少女はポケットに手を入れており、その中に盗んだ物が入っているのだろう。


 ドッペルゲンガーが列に並ぶ前に少女は列に並んでおり、その間前の少女に誰かが接触した様子は無かった。つまり、少女は列に並ぶ前に何かを盗られたのだろう。


 正直、無視してしまっても良い。前の少女とは初対面。なんの縁もゆかりもない。


「あ、あのあの!」


 が、こうして話しかけられてしまった。


 『ツキカゲ』は明るく社交的な性格。そう決めたからには、無視はできない。


「どうしましたか?」


 ドッペルゲンガーが言葉を返せば、少女は困った様子で訊ねる。


「あの、白色の封筒を見ませんでしたか?」


「白色の封筒、ですか? ああ、もしかしてこれの事ですか?」


 言って、ドッペルゲンガーは自身のポケットから白色の封筒を取り出した。


「そ、それです!!」


 少女は嬉しそうに声を上げる。


 その声に驚愕した様子で三人組が反応する。そして、少女は自身のポケットの中から盗ったはずの封筒を取り出す。


 そこには、きちんと白色の封筒があった。


 安堵をしたのも束の間。一陣の風と共に声が届いた。


「駄目ですよ。おいた・・・しちゃ」


「――ッ!?」


 気付けば、封筒は少女の手には無かった。


 背後を振り返れば、ドッペルゲンガーも封筒を盗まれた少女も動いてはいない。


 しかし、ドッペルゲンガーの手には二つの封筒があった。


「あれ? なんで二つ持ってるんですか?」


「片方は僕のだよ。はい、こっちが君の」


 言って、ドッペルゲンガーは少女の封筒を渡す。


 少女が探していた物が入学試験の紹介証である事にはなんとなく気付いていた。


 同じ年頃の子供が王都まで来る理由なんてそれくらいしかない。


 少女は大事そうに封筒を鞄に仕舞うと、安堵したように息を吐いた。


「あ、ありがとうございます。私、アルカって言います」


「僕はツキカゲ。君も学院の入学試験を受けるの?」


「はい」


「そっか。お互い、受かると良いね」


「はい!」


 にこっと嬉しそうにアルカは笑う。


 これで一件落着。


「ちょっと待ちなさいよ!!」


 しかし、そうは問屋とんやが卸さない。


 アルカの紹介証を盗んだ三人組が目尻を吊り上げて二人の元へとやって来た。


「それ、アタシ達のよ! 返して頂戴!」


 激怒した様子で少女は言う。


 しかし、盗まれたという事実を知らないアルカは、少女が何を言っているのか分からない。


「えっと……これ、私の紹介証です。ツキカゲさんが拾ってくださって……」


「それ、アタシが落とした奴なの。あんたのじゃ無いわよ」


「え、え? えっと」


 紹介証の封筒の外側には名前が記載されていない。つまり、封を開けなければどちらのかなんて分からないのだけれど、封を開けた時点でその紹介証は無効になる。偽装の可能性があるためだ。


 それを知っているからこそ、少女は二人に突っかかったし、アルカはどう言葉を返して良いか分からない様子だった。


 おろおろしながら涙目になるアルカ。


 助け舟を出そうとしたその時、また別の場所から割り込まれた。


「ちょっと待った。それならいい方法があるよ」


 割り込む声に全員がその声の方を向く。


 そこには、黒髪黒目の少年が立っていた。

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