第34話 忍び、入学……する? 2

 妖刀百鬼夜行。その能力は、刀に百の魔物を記録し、操る事が出来る。


 妖刀を見て、アリザは顔を青褪めさせる。


「す、すみません……その武器、仕舞ってもらっても良いですか? 少し、気分が……」


「ん、そうか。すまない。抜いてないから大丈夫だと思っていた」


 妖刀はその存在そのものが異質。慣れていない者、耐性の無い者は見るだけで気分を悪くする。今は鞘に収まっているから大丈夫だと思っていたけれど、どうやら刀身が見えていなくても影響はあるらしい。


 前世でも妖刀は持ったことがあるけれど、見せる機会も無いので知らなかった。


 ルーナは妖刀を影の中に仕舞う。


 妖刀を仕舞った後、アリザはゆっくりと息を吐く。


「よくそんな物を持っていて平気で居られますね……」


「そう訓練した」


「どんな訓練ですか……」


 信じられないものを見る様な目をするアリザ。


 因みに、ルーナが月影だった頃の愛刀は妖刀では無かった。しかし、腕利きの刀匠によって鍛え抜かれた逸品であり、妖刀とも渡り合える程の名刀だった。


「ともあれ、そのカタナ、でしたか? それでどうにか出来る物なのですか?」


「この妖刀には百の魔物が記録されている。その中に、二重に歩く者ドッペルゲンガーという魔物が居る。その魔物は人の姿を真似る事が出来るらしい」


 此処数日で、ルーナは百鬼夜行の全ての魔物を召喚し、その能力や戦闘力を直に見た。


 その中で、二重に歩く者ドッペルゲンガーの有用性に気付いた。ルーナが影を全うする上で、ドッペルゲンガーの存在は好都合だった。


「ドッペルゲンガーに表で主の守護を任せる。そうすれば、私は主を陰ながら護る事が出来る。一応、私以外の護衛も付ける。学院内であれば、彼女を護りきる事は出来るだろう」


「それは、頼もしい限りですね」


「だが、懸念事項はある」


「懸念事項、ですか?」


「ああ。問題が二つある。一つは、学院に敵が存在するのか。もう一つは、彼女の目の危険性だ」


 ルーナなりに調べてみたものの、やはり敵の情報は得られなかった。百鬼夜行もバンシーもロックも何一つ情報を保有してはいなかった。情報は彼等の頭の中にしかないのだろう。


 百鬼夜行は貴族からの依頼ではないと言っていたけれど、その言葉を鵜呑みにするのは危険だ。死の間際に心を開いたように見せかけて、相手に誤情報を与えるなどよくある事だ。


 敵の正体は不明。その手掛りとなりそうな情報として一番有力なのは、ミファエルの目の真相だ。


 ミファエルの目が狙われているのは理解している。つまり、全てはミファエルの目が元凶という事だ。


 元凶を知れば、その周りを取り巻くものを知ることが出来る。


 ミファエルの守護をする上で、敵を知るのは重要な事だ。


「が、目の事は話さなくて良い。それは、私の正体以上に隠さなくてはいけない事実なのだろう?」


 だが、きっとアリザはミファエルの目の真相を話してはくれない。それを分かっているからこそ、ルーナは無理に聞き出そうとはしない。


 それに、そうなればある程度ミファエルの目について情報を絞る事が出来る。


「……お嬢様の目の件は、御当主様から箝口令が敷かれています。例え貴方でも、私の一存ではお話しする事が出来ません」


「だろうな。私は正式な守護者ではないからな」


 ルーナはアリザに雇われているだけに過ぎない。公爵から直々に雇われている訳では無い以上、公爵にとっての最重要項目であるミファエルの目の秘密を教えられる事は無いだろう。


「……その事ですが、恐らくは御当主様はルーナの存在を認可しています」


「ほう?」


「私の給料がかなり増えておりました。御嬢様を御守した功績と怪我の治療費なども含まれているとは思いますが、それ以上の額をいただきました。恐らくは、貴方宛てかと……」


「ふむ。私の事は公爵には?」


「お話ししました。ただ、正体に関しては明かせない事は伝えました」


「なるほど」


 つまり、直接報酬を渡せないから、アリザに渡したのだろう。聡明なアリザの事だ。その事に気付くと見越して何も言わなかったのだろう。気付かなければ、アリザが使っても良い。それくらい、アリザには感謝をしているという事だろう。


「であれば、その金はお前が持っていろ。変に金が動くと勘ぐられる」


「分かりました。ですが、貴方の元手はどうするのですか? 資金が無ければ、物を揃えるのも一苦労なのでは?」


「資金の心配はしなくて良い。自慢では無いが、私は必要最小限で最大限の力を発揮できる。武具も何もかも最小限でも問題無い」


「そ、そうですか……」


 確かに、オーウェンの報告によれば、龍の鱗のような堅さを持つロックの祝福ギフトを拳一つでねじ伏せたとあった。その気になれば、ルーナは拳一つで戦う事が出来るだろう。


 それに、今は百鬼夜行も持っている。前よりも戦力は増強していると言っても過言では無いだろう。


「目の事はもう良い。常在戦場だからな。だが、敵戦力を把握しておくのは重要だ。学院に敵は居るのか? もしくは、今後潜入する兆しはあるか?」


 ルーナの問いに、アリザは考えるようにおとがいに手を当てる。


「……恐らくですが、学院では当分そのような事にはならないとは思います」


「当分、という事は、そのような事態に陥る可能性がある、と?」


「はい。年に一度行われる式典の日に可能性があります」


「なるほど。千年祭か祝樹祭か」


 ルーナの言葉に、アリザは頷く。


 つまり、それだけで敵対勢力が二つに絞れる。


 千年祭。は王国が主導する祭事である。パーファシール王国初代国王である、ミレナリオ・パーファシールが行った祭だ。パーファシール王国は小国同士の戦争によって建国された国だ。


 四つの小国が争い、最終的にミレナリオ・パーファシールが玉座に着く形になった。


 そうして出来た国がパーファシール王国であり、建国記念日に行われたのが、千年後も安泰である事を願って祭である『千年祭』である。


 千年祭で敵が出来るかもしれないという事は、王国、それも国の主力側がミファエルを敵視する可能性があるという事。


 それだけでも十分に危険ではあるけれど、問題は祝樹祭の方である。


 祝樹祭は世界樹を信仰する宗教『世界樹信教』が主催の祭事である。


 世界樹信教とは文字通り世界樹を信仰する宗教団体の事である。


 この世界は世界樹の実の一つであり、善行を積んで行けば実が良いものになり、悪行を行えば実が腐り世界樹から切り離されるという考えの元、日々を清く正しく過ごしている者達が世界樹信教である。


 祝樹祭とはつまり、世界樹に感謝をする祭事である。大いに賑わい、騒いだりもするものの、その祭の肝は世界樹信教の聖女『世界樹の乙女ユグドラシス』による世界樹に捧げる舞だ。


 世界樹の乙女ユグドラシスは世界に数人しかおらず、大体の村や街は代役を立てるけれど、王都では本物の世界樹の乙女ユグドラシスが来て舞を披露する。


 その際、世界樹信教の司教も来賓として訪れる。


 つまり、ミファエルは世界樹信教にとって都合の悪い目を持っている可能性も在るのだ。


 どちらを敵に回しても、ルーナの敵勢力は強大だ。


 片や国、片や世界に比肩するものが無いほどの大宗教。


「ふむ、なるほど」


 しかし、ルーナに臆した様子はない。


 ルーナにとってはいつも通りの事。特に慌てふためくような事ではない。


 一国の主を護るという事は、国を敵に回すという事だ。


 今までと、何一つ変わらない自身の仕事。


「分かった。パーファシールと世界樹信教に気を配れば良いのだろう?」


「……そんな簡単に言いますけど、大変な事なのですよ?」


「大変なのは常の事だ。今更、国一つ敵に回す事を恐れるものか」


「いや、恐れてください……」


 呆れたようにアリザは溜息を吐く。


 だが、ルーナの崩れない姿勢がアリザにとってはとても心強かった。

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