第二章 学院入学
第33話 忍び、入学……する? 1
ステージに立ち挨拶をする学長。
学長の話を緊張と期待感を露わに聞く子供達。
そんな子供達を真剣な表情で、しかし、微笑まし気に見守る教師達。
そう、今日は子供達にとって晴れ舞台。王立パーファシール学院の入学式なのである。
学長の挨拶が終われば、講堂の全員から惜しみない拍手が送られる。
学長は人当たりの良い笑みを浮かべながら、生徒達に手を振ってステージを降りる。
「続いて、新入生代表挨拶。新入生代表、アイザック・パーファシール」
「はい」
新入生代表がステージに上がる。
アイザック・パーファシール。此処、パーファシール王国の第二王子である、というのは事前情報で得ている。
厳かな雰囲気漂う中、アイザックの代表挨拶はそれをぶち壊すものだった。
「特に能書きは無い。私の生涯の目標はこの世に存在する四体の魔物の王の討伐だ。私はこの六年間をそのために費やすつもりだ。王位に興味も無ければ、権力争いに加担するつもりも無い。私にそのようなモノを期待する事の無いように。魔物の王の討伐を目指す者だけ、私に声をかけろ。以上だ」
アイザックの予想外の挨拶に、生徒達はおろか教師達も動揺を隠せない様子。
恐らく、事前に渡されていた台本通りの挨拶では無いのだろう。
ステージを降りようとしたアイザックであるけれど、ぴたりと動きを止めてからまた演台の前に戻る。
「言い忘れたが、身分は関係無い。強い奴は大歓迎だ。特に……いや、やめておこう。横取りされても不愉快だからな」
意味深にそう言い放ち、今度こそ演台を後にする。しかし、『特に……』の後に向けられた視線はただ一人を貫いていた。
今年の一般入試での入学した生徒。名を
面倒な者に目を付けられたと、ツキカゲは心中で溜息を吐く。
「なんだか凄い方に目をつけられてしまいましたね、ツキカゲさん」
「そうだね」
「魔物の王の討伐、ねぇ……お前は興味ねぇの?」
「無いよ。僕はしがない兵士志望の学生だからね」
「ま、そーだよな。どえれぇ目標掲げてんなぁ、王子様」
両隣から声をかけられる。
入学試験。確かに、意図的に目立つようにはした。だが、やり過ぎず、目立ちすぎず、ある程度の実力を証明できるような目立ち方だ。
話しかけられたら上手く受け答えをして、こうして両隣に知り合いと呼べる相手を作る事にも成功した。
にもかかわらず、ツキカゲは目を付けられた。
溜息を吐きたくなる気持ちをぐっとこらえる。
視界の端、ぶすくれた様子でミファエルがツキカゲを見るのが目に入る。
どうしてこうなった。
やり方を間違えたかもしれないと、ツキカゲは少しだけ後悔した。
〇 〇 〇
学院に入学する少し前。百鬼夜行事件は完全に終息し、その後にミファエルに向けて刺客が差し向けられる事は無かった。
しかし、騒動終結の立役者であるルーナの名は世に上がる事は無く、また、ルーナは公爵領で隠れながら生活を送っていた。ルーナは世間的には死んだことになっているため、その姿を見られるのはよろしくないからだ。
けれど何もしなかった訳ではない。
ミファエルは学院に入学する準備と勉強をしており、オーウェンはその手伝いをしている。アリザは未だ療養をしているけれど、徐々に職場復帰のための回復訓練を行っている。
ミファエルを護るのであれば、ルーナも学院に通う必要が出てくる。そのため、ルーナも学院に通うために勉強をしていた。具体的には、ミファエルの勉強を覗き見ていたり、公爵家の書庫で勝手に本を読んで勉強したりしていた。
算術は良いけれど、この王国の歴史や魔物の生態に疎かったり、フィアとの旅すがらの勉強だけでは少しだけ不十分な気がしていたので、公爵家で知識の補完が出来たのは良かった。
一度見た物は忘れないのがルーナだ。勉強の方、特に暗記系は問題無いだろう。
本当であれば、ルーナは学院に通う事はしたくはなかった。学院に通わずとも護れる自信があったし、隠れきる自信もあった。
しかし、王立学院には結界が張られており、関係者以外の立ち入りが出来ないようになっているらしい。
準備期間さえあればその結界を欺く事も出来ただろうけれど、あまりに期間が少ない。そのため、簡単にミファエルの傍にいられる方法を選んだ――のだけれど、当初の予定とは大きくずれる結果となった。
「まぁ、出来ない事は無いですよ。ただ、実力が主より劣るのは目を瞑って欲しいですけどね」
「構わない。お前の実力があれば十分だ」
ルーナの前に座る一人の青年。
彼の名は
百鬼夜行の持っていた妖刀『百鬼夜行』。その中に
「学院、前の主の時にちらっと見た事ありますけどね。今の主なら問題無く潜り込めると思いますよ」
学院の事を何か知らないかと百鬼夜行の面々に訊ねれば
以前の主の時は百鬼夜行の魔物達に自我は無かったけれど、ルーナは彼等の自我を引き出した上で十全に実力を発揮できる状態まで引き出す事が出来る。よって、単純な命令を遂行するよりも高度な命令を自分で考え判断し遂行する事が可能となる。
結果、ルーナが入学するのではなく、
また、学院にはそれぞれの学科があり、執政科、商業科、騎士科、従事科、兵士科、魔法科、技術科の七つに分けられる。
何処に入っても良かったのだけれど、平民が選ぶ一番無難なものを選んだ。
貴族の学院説明会と一般入試の日が同日に行われ、貴族達は今年の平民がどれだけ出来るのかを見学する事になっている。人材の確認と、筋が良ければ唾を付けておこうという魂胆なのだろう。
平民の場合、これでもし入学が出来なくとも、貴族のお眼鏡に適えばその貴族の領地で働く事が出来る。学院には通えなくても、貴族に選ばれるというのは平民からしたら大出世だ。
見習いからの下積みになるけれど、普通に働くよりは給料が良いので、毎年多くの者が受験に来ている。
未来を夢見る子供達には、貴重な一枠を奪ってしまう事に申し訳無さを覚えるけれど、こちらも仕事なのだ。
「ん、呼ばれたか。では、入学の準備を進めておく。そちらも、合格出来るように勧進めておいてくれ」
「了解でーす」
アリザに呼ばれたルーナは、
「なんだ?」
アリザの部屋に音も無く現れれば、アリザは感心したような呆れたような顔をする。
「よくもまぁ、毎度音も無く出てこられるものですね」
「それが仕事だからな」
影に潜んで主を護る。何者にもさとられないように行動をするのは当たり前だ。
「まぁ良いでしょう。ルーナ、入学の準備は整っておりますか?」
「ああ。奴なら、筆記も実技も問題あるまい」
「貴方が直接入学しないのは不安ですが……いえ、別に貴方の判断を疑っている訳では無いのですが」
「奴の実力は私が保証する。それに、出来る物には出来ると答える。物の出来不出来を偽ったりはしない。安心しろ」
仕事上、何より面倒なのが虚偽の報告である。出来ない物は出来ないと言った方が物事は素早く安全に進むものだ。
「ともあれ、入学が出来そうで何よりです。志望学科は?」
「兵士科だ」
「一番無難なものを選びましたね」
「その方が目立たないからな。少年が兵士を目指して入学した、というありきたりな理由の方が勘ぐられないだろう」
「ですが、御嬢様は執政科です。騎士科、もしくは従事科の方がよろしいのでは?」
「騎士科にしては血筋が弱い。主の場合は付け入られる隙になりかねない。従事科であれば戦闘が兵士科や騎士科より出来るのは違和感が残る」
「その理屈は分かりますが、近くに居なくて御嬢様を御守できるのですか?」
「問題無い。近くにはいつでも私が居る。それに、手が足りなければある程度は融通が利く」
言って、ルーナの影から一振りの刀が現れる。
銘を百鬼夜行。先日の事件でのルーナの戦利品だ。
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