第31話 騒動、その後
百鬼夜行が起こしたとされる魔物の氾濫は一夜にて終息。
公爵領の裏門付近で繰り広げられた謎の激戦。
百を超える魔物の
「高速で戦う二つの影。その正体やいかに…………また、随分と派手に立ち回りましたね」
「派手に立ち回ったのは百鬼夜行だ。私ではない」
「こんなに大々的に記事になってるんです。どちらでも同じ事です。……というか、此処まで派手に戦ったというのに、一切情報が載っていないのはどういう事なのですか?」
「百鬼夜行以外の視線を掻い潜っただけだ。そう特別な事はしてない」
「いや、それでも十分特別なのですが……」
外壁には見張りの兵士が居たはずだ。その目を掻い潜り、かつ捉えきれない速度で戦い続けるなど常人に出来る芸当ではない。
「まったく、期待以上ですね、貴方は……」
手に持っていた新聞を膝の上に置き、肩の荷が下りたとばかりに力の抜けた微笑みを浮かべるアリザ。
あの後、回復魔法師が来て治療をしてもらったアリザは一命を取り留める事が出来た。
ただ、ナイフで抉られた右腕は少しばかり後遺症が残るようで、あまり上手く動かせないらしい。
アリザは公爵令嬢付きの侍女なので、屋敷内に自室がある。今は自室で完治まで療養中という事になっている。
アリザの視線を受けた月影は、少しだけ申し訳なさそうに右腕を見る。
「すまなかったな。私がもう少し早ければ、腕に後遺症が残る事も無かっただろう」
「そこまで貴方に求めるのは高望みというものです。リハビリ次第では以前のように動かせるそうなので、悲観はしてませんよ」
「そうか」
「御嬢様を御守してくださっただけで、私としては十分です。私のこの傷は、私の精進が足りなかったのだけですから」
アリザは広げていた新聞を畳み、サイドテーブルに置く。
畳むだけでも、少し苦戦をしていた。侍女として復帰するのは、まだ先の事になるだろう。
「それで、どうでしたか?」
「どう、とは?」
「仕事の事です。御嬢様の護衛、引き受けてくださりますか?」
「……正直な事を言えば、まだ迷っている」
ミファエルが誰かが誰かに愛される世の中にしたいという目標を掲げるのは、きっと代償行為なのだ。
自分の不幸を、誰かの幸福で埋めようとしている。真にそう言った者達の気持ちを
何も崇高な使命を持っていて欲しい訳では無い。けれど、その使命に信念を持ってもらいたいと、月影は思う。
前の主がそうだったから、というのもあるが、信念無き使命は頓挫してしまうものだ。生前、そんな者を多く見てきた。
護るのであれば、そんな信念を持った者の方が良い。生前からは考えられない程の安月給で働くのだ。それくらいの我が儘は言っても良いだろう。
それも、月影の代償行為である事は分かっている。けれど、仕事と私情は別ける。仕事である内は妥協や手抜きをしない。しっかりと、徹頭徹尾護り通してみせる。
「自分の寂しさを埋めるための行動を民は賞賛しないだろう。そもそも、他の者もそんな者を手助けしようとは思わないはずだ。彼女の行動が他の誰でも無く自分のためである以上、私は手を貸すつもりは無い」
「……そこまで、気付いてらしたのですね」
「見ていれば分かる事だ。……しかし、お前はそれが分かっていて良く命を張れたな」
「言ったでしょう? 感情論です。私が護りたいと思ったから、御嬢様を御守したのです。御嬢様の行動が、今はまだ御嬢様の代償行為だとしても、きっと御嬢様なら御自身の答えを見つけてくださいます。私は、そう信じているのです」
「そうか」
「それに、貴方は知らないかもしれませんが――」
にこっと少しだけ悪戯っぽくアリザは笑う。
「――一度言い出すと、結構頑固なんですよ、御嬢様は」
直後、ばんっとアリザの部屋の扉が開かれる。
「見付けたわ!! って、あれ? 居ない……」
「御嬢様、急に走り出さないでください。申し訳ありませんアリザさん」
入って来たのはミファエルとオーウェン。
「いえ、大丈夫ですよ。どうかされましたか、御嬢様?」
「うーん、あの子の
「あの子? この部屋には、ずっと私一人でしたよ?」
「……本当にぃ?」
訝し気に、ミファエルはアリザを見る。
先の件で、アリザが月影と繋がっている事はミファエルもオーウェンも理解している。だからこそ、アリザが嘘をついているのではと訝しんでいるのだ。
月影は二人が部屋に入る直前に姿を隠している。ミファエルの言う光というのが何だか分からないけれど、月影は極限まで存在を消している。
ミファエルの目が特別だという事は既にアリザによって教えられている。常人には見えないモノで人を見分けていてもなんら不思議ではない。
月影の依頼主はあくまでアリザであり、ミファエルはただの護衛対象に過ぎない。
アリザ以外に正体が知れるのは、見えない脅威としての正体の露呈の危険度が上がる。守護者の正体を知っているのは、アリザだけで充分だ。
「よいしょっと……」
ミファエルは椅子を引きずってベッドの傍に置く。ここ最近はオーウェンがミファエルの身の回りの御世話をしていたけれど、今オーウェンは入り口付近で待機しているため手出しをする事は無い。
そも、ミファエルはそう言う事に頓着しないし、オーウェンは騎士であって執事ではない。色々構うのは、侍従の仕事だ。
「アリザ、腕大丈夫?」
「ええ、何ともありませんよ」
ぐっぱっと右手を握っては開いてを繰り返す。
ちゃんと動いている腕を見て、ミファエルはほっと胸を撫でおろすけれど、少しだけぎこちなさのある動作を見てオーウェンはアリザが完全に復調しているわけではないと理解する。
「ただ、職務に復帰するのはもう少し先になります」
「そうなの?」
「ええ。御嬢様のお世話を出来るのは、夏季の帰省の時になります」
アリザの言葉に、ミファエルはむすっと頬を膨らませる。
「アリザ、本当に学院に来られないの?」
「規定ですから。ですが、安心してください。私の代わりの侍女が付くはずです」
「そう言う事じゃ……」
ミファエルの不満を、アリザは分かっている。けれど、アリザも学院の規定には逆らえない。
此処でミファエルを甘やかすのは簡単だ。しかし、甘やかすだけが愛情ではない。
本当は、アリザも凄く心配だ。ミファエルをこの手で護れない事もそうだけれど、学院での生活を支えられない事も、ミファエルが躓いた時に支えてあげられない事も。
そのどれもを、誰かに任せるしかない事も、口惜しくてたまらない。
ただ、護る一点に関しては、悔しいけれど自分よりも適任が居る。だから、ミファエルの身の安全だけは安堵できるのが唯一の救いだろう。
だから、自分に出来る事はもう後一つしかない。
「御嬢様。学院に行くのは御嬢様の人生で必要な事だと、私は思います」
優しく、諭すでもなく、窘めるでもなく、アリザは言葉を紡ぐ。
「人は、決して一人では生きていけません。誰かが誰かに愛される世の中にしたいのであれば、その誰かを御嬢様はもっと知るべきです。学院には、きっと此処に留まる以上に素敵な体験と出会いがあるはずです」
アリザの言葉に、ミファエルは黙ってアリザを見る。ただ、その目には少しだけ不安の色が混じっている。
「勿論、楽しい事ばかりではありません。辛い事もあります。しかし、御嬢様ならそれ以上に学ぶことを見付けられると、私は信じています」
心からのアリザの言葉に、ミファエルは躊躇いがちながらも口を開いた。
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