第30話 忍び 対 百鬼夜行 3
激しい剣戟が繰り広げられる。
百鬼夜行の鋭い突きを剣でいなし、即座に反撃に出る月影の横薙ぎを紙一重で躱す。
実力者同士の超高度な戦い。
最初に刃を交えた時の小手調べのような甘さは無い。互いが互いに本気で相手の命を奪うために剣を振るっている。
躱し、弾き、防ぎ、斬り付け、鋭く突く。
これがもしただの試合であれば、観客は思わず息を吞み、歓声も忘れる程に二人の剣戟に見惚れる事だろう。それほどまでに、二人の剣戟は白熱している。
「ふっ、強くなったつもりでいたが、まだまだだったな」
喜色の声音で百鬼夜行は刀を振るう。
殺し屋などやってはいるけれど、本来は武人として名を馳せていたのが彼だ。
順風満帆に進めば、彼はそのまま武人として名を遺した事だろう。
けれど、そうはならなかった。
貴族の護衛。簡単な仕事だったはずだ。
騎士に混じって貴族の護衛をしている最中、魔物が襲来する。
魔物が来る事は心得ていた。その可能性があるルートを選んだのだ。プロとして想定していないはずも無い。
彼は鮮やかな手際の良さを見せつけながら刀を振るった。が、奮闘をしていたのは彼だけだった。
あまりにも魔物の数が多く、一人、また一人と魔物の餌食になってしまった。
後々知った事だが、魔物は人為的に
彼は必死になって護った。
けれど、その時の彼一人ではどうしようも出来ない程に、魔物の数は多かった。
結果として、依頼は半分成功で半分失敗だった。貴族は送り届けられたが、腕に癒えぬ事の無い傷を負った。そして、騎士の半数を失った。
彼は良くやった方だ。彼の方から魔物は抜ける事は無かったのだから。にもかかわらず、貴族は彼を糾弾した。
彼のせいで傷を負った。騎士も半数失った。この役立たずの田舎剣士め。
口汚くそう罵ったのだ。
自分は仕事を全うした。騎士が死んだのは騎士の実力不足だと彼は抗議した。
しかし、名も知れぬ剣士と強い権力のある貴族のどちらの言が優先されるかなど、分かり切った話だ。
彼は失敗の責任を負わされ、奴隷に落とされそうになった。
そこから先はあまり憶えていない。けれど、気付けば血塗れだった。
生温かい、先程まで体内にあったのだと分かる血。
芽生えた感情は、腐った権力者に対する怒りと殺意。
彼は、自分が権力者の行き過ぎた暴威を殺す事の出来る力を持っている事に気付いた。
もう後には退けない。なら、もうこの道を進むしかない。
此処ではない、どこかの、もう存在しない国。そこで、百鬼夜行は産声を上げた。
彼の、他の仲間も貴族と浅はかならぬ因縁がある。
ロックは元々農夫だった。
バンシーは貴族に買われた奴隷だった。幼い頃からずっと
彼等にも、別の人生があった。こんな、血にまみれた人生ではなく、もっと輝かしい人生があったはずなのだ。
それは、もう見ない事に決めていた別の生き方だ。
それなのに。
「……ッ!! 苛烈極まりない……ッ!! だが、心躍るなぁッ!!」
月影との戦いは、見ない事に決めていた生き方を見せつけられる。
刀を持ち、斬った張ったの大立ち回り。
この
ロックやバンシーには済まないと思う。他の仲間にも、申し訳無いと思ってしまう。
けれど、抑えきれない
激しくなる剣戟。一太刀毎に、互いに鋭さを増す斬撃。
殺し屋なんてやっていると、味わえない感覚。
「今まで戦ってきた者達は、皆見せかけばかりの雑兵だった!! だが、お前は違う!! 真の武人!! ははっ!! 誠に済まなかった!! 妖刀に頼った無礼、どうかお許し願いたい!!」
喋りながらも集中力は刀に注がれている。
月影にとって、百鬼夜行は強い部類に入る。太刀筋は鋭く流麗。無精髭の生えた見た目とは裏腹に繊細な戦い方をする男だ。
この世界で出会った誰よりも、百鬼夜行は強い。
生前の自分であれば、なんの感慨も抱かなかっただろう。
だが、後悔と感傷、
芯が冷え込み、身体が熱くなるこの高揚感。
熱を持っているのに精神だけは冷静さを増して熱中をする感覚。
この斬り合いを、月影はきっと楽しんでいる。
が、表には出さない。そんな必要もきっと無い。
冴え渡り続けるこの剣戟が、答えになるのだから。
だから、感情を抑え込め。忍びは、冷徹に仕事を全うしろ。
惜しいと思う。これほどの相手であれば、いつでも手合わせ願いたいと思う。
だが、彼は敵だ。殺し屋『百鬼夜行』だ。
そして、自分は姿の見えない脅威だ。目撃者は、消さなければいけない。
それが月影の選んだ道なのだから。
体感は長く、実際の時間は恐らくはもっと短かっただろう剣戟は、あまりにも呆気無く決着がついた。
度重なる衝突。幾ら優れた腕を持っているとは言え、獲物の差は大きい。それは、決まっている事だった。
幾度目かの衝突。月影の持つ剣は衝撃に耐えられずに半ばから折れてしまった。
「――っ!!」
「貰ったッ!!」
即座に、百鬼夜行は致命の一撃を放――
「こちらの台詞だ」
――ったその直後に、月影が懐に入り込む。
まるで、その一撃を待っていたかのような素早さ。
振り下ろす刀の柄を、握っている手ごと掌底を当てる。
「ぐっ!?」
指の骨が折れ、妖刀は百鬼夜行の手からすっぽ抜ける。
そこで、悟った。
表情が緩み、相手を賞賛するように笑みを称える。
「御見事」
瞬間、月影の掌底が
「がはっ……!!」
血反吐を吐きながら、百鬼夜行は大きく吹き飛ばされる。
地面を数回跳ねたのち、数メートル転がってから制止した。
「……」
月影はそのまま百鬼夜行を追う。とはいえ、もう百鬼夜行は逃げる事も戦う事も出来ない。
百鬼夜行のところまで行き、月影は脚を止める。
「…………がはっ、ぐ……ははっ、完膚なきまでとは、まさにこの事か……」
先程の掌底は、ロックを殺した一撃と同じ威力を持っていたはずだ。
それなのに生きているという事は、最後の最後で即座に躱すために動いたという事だろう。
それでも、致命の一撃には変わりないけれど。
「……悪いが、依頼人の名は言えん…………掟でな……」
「ああ。お前達がそう言う手合いだという事は、理解している」
「……話が早くて、助かる…………だが、一つ言おう。俺は、貴族が大嫌いだ……死んでも、依頼を請けるつもりは無い…………」
「そうか」
つまり、貴族が依頼主ではない。また別の誰かが、ミファエルを狙っているという事になる。嘘かもしれないが、心にとめておいた方がいいだろう。
百鬼夜行は静かに、ゆっくりと息を吐く。
「……あの刀、貰ってくれ。どこぞの馬鹿に使われるより、ずっといい……」
「ああ」
刀の方が月影も性に合っている。使える物は何でも使う。
「……最後に、お前のような武人と戦えて……光栄……だっ……た…………」
百鬼夜行は絞り出すように言ってから、息を引き取った。
「ああ。私もだ」
月影は静かに合掌をする。生前ではしなかった事を、何故だかしてみたくなった。
「……そうか」
これもまた、感情。敵に感化されるのは良くない事だ。
「もどかしいものだな、本当に」
言葉とは裏腹に、その声音は少しだけ柔らかかった。
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