第29話 忍び 対 百鬼夜行 2

 幾ら強者と言えど、体力には限界がある。


 強者との連戦になれば体力は削られ、集中力も削がれる。


「……五十と少し、といったところか……」


 半分以下に減った百鬼夜行を前に、しかし、月影は息一つ乱さずに刃毀れのしたナイフを投擲し、雑魚を二体潰す。


 有り得ない。幾ら強者と言えども、百鬼夜行の半分を潰した時には既に息切れをするはずだ。


 鬼の女、悪魔、ドラゴン。この三体は恐ろしい程に強く、百鬼夜行ですら一対一で戦うには死を覚悟しなければいけない程だ。


 妖刀により強さに制限をかけてはいるけれど、それでも簡単に負けるような魔物ではない。


 鬼の女が太刀を振る。並みの相手であればその一太刀で得物ごと斬られて終わりだ。


 しかし、月影はそれを紙一重で躱し、何処からともなく取り出した投げナイフで斬り付ける。


 鬼の女はそれを躱そうとするも、速度で月影に負ける。致命傷を避ける事は出来るが、確実に攻撃を食らってしまう。


 退避しようと即座に攻撃と共に跳び退り、その隙を埋めるようにドラゴンが火を吹く。


 鉄を容易に溶かす火炎が月影に迫るが、いつの間にか手にしていた天狗の団扇を使って火炎を巻き上げ、別の魔物へとぶつける。


「これで、残り三分の一と言ったところか」


 背後から悪魔が魔法を放つ。


 一瞬で幾つもの魔法が発動し、一斉に月影に向かって飛来する。


 月影は素早く移動をし、魔物達を巻き込みながら魔法を回避する。


 しかし、魔法の間を縫って鬼の女が迫り、ほんのわずかな隙間から月影に神速の突きを繰り出す。


 確実に死角からの一撃に、月影は振り向きざまに太刀の刀身に投げナイフを押し当てて刺突を逸らす。


 そして、流れるような動作で鬼女の脇腹に蹴りを叩きこみ、少し外れた位置に落ちてきていた魔法に当てる。


 月影が鬼の女の相手をしている間に、ドラゴンは上空へと飛び上がり頭上から炎の魔法と共に最大級のブレスを――


「待て、それは困る」


 ――吹こうとして、上空へ跳び上がった月影に顎を蹴り上げられる。


 衝撃で脳が揺れ、顎の骨は砕かれる。


 半回転したドラゴンの腹に空中で姿勢を整えながら月影は拳を打ち込む。


 空の覇者であるはずのドラゴンが、無様に錐揉みしながら地面に叩きつけられる。


 ドラゴンは倒した。だが、そこは空中だ。空中での移動手段を持たない月影に、魔法を避けるなど不可能だろう。


 悪魔が幾つもの魔法を月影に放つ。


 自由落下に身を任せ、月影は手にしていた石ころを自分に当たりそうな魔法にだけ投擲して魔法を潰す。


 勿論、ただの石ころで相殺できる程、悪魔の魔法は柔ではない。これは、月影だからこそ出来る芸当だ。


 これは、月影の忍術が常軌を逸している理由にもなっている事なのだが、月影はを操る事が出来る。


 氣とは、人間の根底にあるとされるエネルギーの事であり、月影はそれを自在に操る事が出来る。


 その氣を石ころに纏わせて魔法を相殺していたのだ。


 また、氣とは生命力そのものであり、生命力を操るなどそうそう出来る事ではない。月影も、氣を操る事の出来る相手には前世では三人しか出会う事が出来なかった。


 しかし、自我の無い悪魔はそんな事に驚愕する事も無い。次々と放たれる魔法の雨霰あめあられを、月影は手持ちが尽きるまで石ころを投擲する。


 短く、けれど濃密な攻防のあった空中戦は月影の着地を持って終わりを告げる。


「――ッ!!」


 まさにその時を、鬼の女は狙っていた。


 鬼気迫る表情を見せながら、鬼の女は片手で太刀を振るう。


 もう片方の手は肘から下が無くなっていた。蹴り飛ばされた後に当たった魔法を、片手だけで防いだのだろう。


 突きではなく斬撃を選んだのは、攻撃の面積を考えた結果だろう。


 落ちてくる月影を迎えるように切り上げられる太刀。


 だが、月影に焦燥の色は無い。


 着地を狙われる事など、想定の内だ。


 流れるような動きで脚を振り下ろす。


 踵は太刀の腹を捉え、その斬撃は空を斬る事になった。


 着地、直後に踏み込む。


 慌てて回避をしようとする鬼の女の腹に、容赦無く渾身の一撃を放つ。


 血反吐を吐きながら、鬼の女は吹き飛ばされる。


 月影の真横を刀が素通りする。


「――なっ!?」


 背後から驚愕の声。


 着地の瞬間を狙っていたのは鬼の女だけではない。


 百鬼夜行も同じく狙っていた。


 けれど、鬼の女が即座に対応されたのを見て狙いを変えた。


 鬼の女を仕留める一撃の際の無防備な状態を狙い、タイミングを整えた。


 そして、鬼の女に渾身の一撃を放った瞬間に背後から斬撃を入れた。


 確実に斬れる。そう確信していた。


 しかし、結果は空を斬る結果になった。


 百鬼夜行の斬撃が逸れた訳ではない。狙い違わず刀を振った。


 月影に狙いを外された訳では無い。刀に違和感は無かった。


 つまり、背後からの一撃を見もしないで避けたのだ。鬼の女への攻撃と、背後からの攻撃の回避を一つの動作で完結させたのだ。


「――くッ!?」


 驚愕も束の間。月影から放たれた裏拳を、百鬼夜行は寸でのところで避ける。


 裏拳は正確に百鬼夜行の顔を狙っており、避けるのが間に合わずに拳が鼻先を掠める。


「化物め……っ!!」


 鼻が熱くなる。


 たらりと鼻血がゆっくり流れ落ちる。


 その拳圧だけでこの威力。強いなんてものじゃない。明らかに別格だ。


 一瞬だけ止んでいた悪魔の魔法攻撃を続行させる。


 撹乱し、もう一度隙を狙う。


 百鬼夜行は大きく数を減らして残り十数体となってしまったが、空を飛ぶ悪魔が牽制をしている間は何とかなるはずだ。


 跳び退り、月影から距離を置く。


 その瞬間、魔法の雨霰が月影を襲うも、その全てを月影は回避してみせる。


「邪魔だな」


 走りながら、月影は落ちている槍を拾い上げる。


 即座に逆手に持ち変えて、一瞬の停止、からの投擲。


 豪速で投擲された槍を、しかし、悪魔は難なく回避する。


 が、その一瞬、注意が月影から槍に移る。


 その一瞬だけで、月影には十分だった。


「――……ッ!!」


 胸部を突き抜ける衝撃。


 見やれば、そこには深々と剣が突き刺さっていた。


 槍の投擲の直後、即座に剣を拾って投擲。


「……やはりそうか」


 易々と刺さった剣を見て、月影は確信をする。


 百鬼夜行から召喚された魔物は強い。けれど、その強さは抑制されている。実力と行動が見合っていないのがその証拠だ。


 今の槍の投擲も魔法で撃ち落とせば簡単だった。そうすれば、一瞬でも月影から意識を外す事は無かったはずだ。


 鬼の女も太刀筋の鋭さはあるものの、どうにもぎこちない。まるで、無理矢理本気を出せないようにされているような、そんな違和感があった。


 まぁ、だからと言って何かある訳ではない。全てねじ伏せてしまえば済む話。実際、それで済んでしまっている。


「後は、お前だけだ」


 月影は剣を拾いながら百鬼夜行を見る。


 残りは十数体。しかし、その全てが雑魚。月影にとって、片手間で倒せる相手。


「……小細工は、お前には通用しないか」


 諦めたように百鬼夜行は漏らす。


 そして、妖刀を構える。


「失礼つかまつった」


 徐々に陰に飲まれて残りの魔物が消滅する。


「此処からは、一人の武人としてお相手致そう。我が名は百鬼夜行。この刀と共に、また俺も妖刀なり」


 構えを取る百鬼夜行に対し、月影も剣を構える。


「名前は無い。好きに呼ぶと良い」


「ふっ、ならば不要。名無き強者つわものとして、俺の中に刻もう」


 今度は、同時だった。


 同時に踏み込み、距離を詰める。


 二度目の剣戟。しかして、今度こそ正真正銘の剣戟が始まった。

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