第28話 忍び 対 百鬼夜行
屋敷の外に出れば、月影は即座に街の外へと出る。
他に刺客の気配は無い。魔物の氾濫は騎士達が抑えてくれている。
であれば、月影が増援と戦った方が効率が良い。
街を囲む外壁の上に立ち、月影は増援にやって来た者を見据える。
増援は、酷く古びた格好をした男だった。
無精髭を生やし、長い髪を一括りにし、腰には一本の刀を下げている。
向こうも月影に気付いたのか、脚を止める。
「……お前が、不確定要素か。なぁ、此処から少し離れた村の近辺に森があるだろう? あの森にゴブリンジェネラルが居た事は知っているか?」
男の言葉に、月影は答えない。
憶えていない訳では無い。無精髭の男が言っているのは、月影が素手で潰したゴブリンの群れの事だろう。
しかし、相手に情報を与えてやる義理も無い。
とんっと軽く跳んで外壁から降りる。
「……お喋りするつもりは無い、か」
無精髭の男は腰に差した刀を抜く。
途端、溢れ出す妖気。
「なるほど。妖刀か」
「ほう。お前、妖刀を知っているか。この国では珍しいな」
無精髭の男の声音に少しだけ喜色が混じる。が、それも一瞬の事だ。即座に無情な殺し屋の表情に戻る。
「一つ、教えてやろう。俺の妖刀の名は『百鬼夜行』だ。そして、この俺の名もまた百鬼夜行。俺とこの刀で一振りだ」
「そうか」
無精髭の男――百鬼夜行は妖刀を構える。
「雑魚と同じように、俺を倒せると思うなよ」
月影は大振りのナイフを二本持ち、構える。
街の影。騒ぎの起きている正門とは反対。そこで、人知れず魔物の氾濫との戦闘など霞む程の戦いが始まろうとしていた。
構える二人は動かない。
風が吹き、二人の身体を撫ぜる。
動いたのは月影の方からだった。
目にも止まらぬ俊足で百鬼夜行に肉薄する。
しかし、その速さを百鬼夜行は捉える。
「
素早く、疾風の如く妖刀を振るう。
得物でその者の優劣を語れる訳では無いけれど、強者が良い得物を持つだけで脅威となる。
得物という観点で言えば、月影は百鬼夜行に劣っている。
ナイフもアリザとの度重なる戦闘で傷んできている。妖刀とまともに打ち合えば即座に折れてしまうだろう。
月影はしっかりと刃を立ててナイフで妖刀を受け流す。
隙を突くようにもう一方のナイフで攻撃を仕掛けるも、百鬼夜行は即座に刃を返して斬撃を放って月影の攻撃を防ぐ。
目にも止まらない剣戟。
「ほう。やはり腕は確かか。いや――」
妖刀を巧みにいなし、月影のナイフが百鬼夜行の腹を掠める。
「少し俺が劣るか……」
一瞬の思考。しかし、剣筋に迷いは無い。
素早く放たれる突き。月影は最小限の動きで避ける。
「趣味では無いが、致し方無し」
直後、刀身から異質な雰囲気。
「――っ!!」
月影は本能に任せて即座にその場から跳び
「ほう、これを避けるか」
「面妖な……」
妖刀の刀身自体に変化は無い。しかし、おかしな部分は在る。
刀の腹から刀を持った
しかし、変化はそれだけに留まらなかった。
肘辺りまで出ていた腕が肩まで、そこからさらに首、脇と徐々に身体が出てくる。
最後には、刀から一人の女性が現れた。
二本角の生えた、背の高い女性。
「鬼、か……」
「それも知るか。存外、我々は近しいのかもしれないな」
鬼。人ならざる怪力を持ち、異能を持つ存在。
「なるほど。百鬼夜行とはそう言う事か」
「左様。この刀には百の魑魅魍魎が記録されている。その魍魎どもを操る事が出来るのがこの刀、百鬼夜行だ」
百鬼夜行は刀を逆手に持ち、地面に突き刺す。
「刀ではお前に勝てない。耐えればもしやもあるかもしれないが、それを期待できそうな相手では無いな、お前は」
妖刀から闇が溢れ、地面に広がる。
「悪いな。こちらも仕事なんだ」
広がった闇から、幾つもの魑魅魍魎が溢れ出る。
「流石に、この数は捌けまい」
溢れ出る魑魅魍魎。その数は百。
鬼、悪魔、
そこまで認識してから、月影は個を認識するのを止めた。
「なるほど。沢山、だな」
数が多いけれど、やってやれない事は無い。
月影はナイフを構える。
百鬼夜行の中には、ゴブリンジェネラル以外にも下級ゴブリンやゴブリンジェネラルより上級のゴブリンも存在している。
百鬼夜行と言っても、同じ種族でもその強化個体も記録されているらしい。全て別種という訳では無いようだ。
大物も目立つが、雑魚も散見されている。それが刀の特性なのか、それとも使用者の力量が足りないのかは分からない。
けれど、どちらも関係無い。
百鬼夜行から溢れた魔物の位置や気配は把握している。そして、百鬼夜行自体の位置も見失っていない。
全て倒せば、万事解決だ。
「行くぞ」
相手の初動を待たずに責める。
月影が特に気を付けなくてはいけないのは鬼の女、悪魔に、ドラゴンだ。
悪魔は生前戦った事は無く、今世で調べた知識でしか無いが、危険な魔物とされている。注意するに越した事は無い。
まずは一つ、二つと雑魚を倒す。
迫るグリフォンの首を切り落とし、棍棒を振り回すサイクロプスの腹に掌底を叩きこんで吹き飛ばし、隙を突いてくる牛頭と馬頭の大剣と金砕棒をナイフでいなし首を切り落とす。
土蜘蛛の放つ糸を火遁で燃やし、天狗が起こす風を土遁で盛り上げた土で防ぎ、イフリートの起こす炎を水遁で掻き消し、ゴーレムの拳を金遁で強化した拳で壊し、ドリアードを木遁で操り仲間を絞め殺させる。
忍術には
しかし、月影の場合は五遁は逃げの手段ではなく、戦闘の手段となっている。
まず、五遁にはそれぞれ事前の準備や道具が必要になる。火遁なら火薬、水遁なら竹筒、金遁なら手裏剣、木遁であれば木目の描かれた布、土遁であれば地面に穴を掘っておく等々、準備と道具が必要になる。
けれど、月影はそれを何の準備も無しに
五遁ではあるけれど、月影のはまた別格。そもそも、本来の五遁とはやっている事が違う。つまり、既存の忍術に当てはまらないものなのだ。その気になれば、五遁から更に増やす事も可能だ。
だが、前世では珍しかったこの忍術も、こちらの世界では魔法というありふれた物があるために珍しくは無い。
その程度で百鬼夜行は驚きはしない。
百鬼夜行は百の魑魅魍魎の間を、さながら暗殺者のように移動する。
どんなに強い相手であれ、これほどまでの数を相手にしていれば隙が生じる。その隙を突く。これは、百鬼夜行が強者相手に使う常套手段だ。
これが仕事ではなく、野良試合であるのなら月影と思う存分刃を交えたいというのが武人としての本音。しかし、これは野良試合ではなく仕事だ。遊びも、武人としての矜持も必要は無い。
ロックとバンシーがしくじった。自分が確実にミファエル・アリアステルを殺さなければいけない。
そのためには、目の前の強者は邪魔でしかない。
だから、確実に殺せる手段を取る。
百鬼夜行に紛れ、その時を窺う。するりするりと、音も無く近付く蛇のように。
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