第27話 忍び、戦闘する 2
屋敷の端から端まで吹き飛ばされるロック。
「――な゛っ!?」
巨体を誇るロックが吹き飛ばされる光景を、バンシーは廊下に伏しながら眺める。
ロックに背後に投げ飛ばされ、空中を漂っている間に的確に手足を投げナイフで貫かれた。ナイフを持つ事は辛うじて出来るけれど、立って逃げる事は出来ないだろう。
しかし、そんな事もどうでも良くなるくらいに、目の前の光景は衝撃的だった。
そこそこ長くロックとは一緒に活動をしてきた。ロックが怪我をする場面が無い訳ではなかったけれど、こうも軽々と吹き飛ばされる事は無かった。
「な、んぁんだぁ……お゛ばぇ……ッ!!」
明らかに強者。こんな相手に、バンシーは出会った事が無い。それこそ、自分達の
吹き飛ばされたロックはぴくりとも動かない。恐らく、死んでいる。
終わった。完全に。
失敗も失敗。大失敗だ。
「お前は、二人を頼む」
「――っ。あ、ああ……」
あまりの事に、オーウェンは呆然としてしまっていた。
それもそうだ。魔法が効かない。龍の鱗のように堅い相手を、一撃で殺す事など自分には出来ない。
これが、アリザの言っていた隠し玉。これほどの相手といったいどうやってコンタクトを取ったのか、どんな条件で取引をしたのか。それを考えると、アリザの今後が少し恐ろしい。
しかし、それもこの局面を乗り越えられればの話だ。
アリザは血を流し過ぎている。回復魔法をかけてはいるけれど、オーウェンは回復専門の魔法師ではない。全力を尽くして回復をしたとしても、生き残る確率は五分五分だ。
月影はアリザを一瞥すると、ゆっくりとした足取りでバンシーの元へ向かう。
ロックは殺した。その手応えがあった。よしんば生きていたとしても、もう戦う事も出来ないだろう。
月影はバンシーの前まで来ると、ナイフを片手にしゃがみ込む。
「まだ喋れるだろう? 依頼主を吐け」
「だ、れが……!!」
「そうか」
こういった手合いは喋らない。それは経験則で分かる。
「質問を変えよう。先程の叫びは攻撃じゃないな?
先程の叫びは恐らく救援か増援を要求するための合図だろう。
外の
何人かがこの街から離れているのを確認できる。それは恐らく連絡用。ばらけて移動しているため、追跡して潰すのは一苦労だ。
それに、一人だけこの屋敷に近付いてきている者が居る。恐らく、そいつが増援なのだろう。
一人。という事は手練れで間違い無い。
「げほっ……ぇっ……馬鹿が……誰が、言うか……っ!!」
血反吐を吐きながらもバンシーは不敵に笑みを浮かべる。
増援が強者の場合、相手を脅す意味合いも兼ねて名前を言う者も居る。その相手が自分よりも強ければ、相手は撤退するなり迎撃するなりで準備を整える。その隙に、逃げ出す事が出来る。
喋らないという事はそれ相応の矜持と覚悟を持っているのだろう。死んだとしても、延命のために仲間を売らない。それは、相手に屈したのと同じだから。
「そうか。なら、もう聞く事は無い」
「止めてくださいっ!!」
逆手にもったナイフを振り下ろそうとしたその時、悲鳴のような声でミファエルが月影に制止の声をかける。
バンシーにナイフが突き刺さる直前に、月影はナイフをぴたりと止める。
「……」
ナイフを仕舞い、月影は立ち上がる。
「理由を聞こう」
振り返り、月影はミファエルを見る。
ミファエルは顔を青褪めさせながら立ち上がり、月影の元へと歩み寄る。
「そ、その子は、きっと辛い思いをしてきたはずです。でなければ、こんな事しないはずです……」
弱々しい声。先程まで自分の事を殺そうとした相手だ。恐ろしく思うのは当たり前だ。
それでも、月影を止めたのは、きっと彼女の矜持だろう。
「殺すのは、ダメです。彼女には、まだやり直す機会があるはずです」
月影は、バンシーを見やる。
彼女の目には隠しようのない怒りと憎悪が宿っていた。
「おい、お前……」
バンシーの目が月影を捉える。
「殺せ」
「分かった」
躊躇無く、月影はバンシーの首にナイフを投げる。
ナイフは首をかき切り、夥しい量の血が流れる。
「――っ! な、何をしてるのですかっ!!」
元々出血が多かった。バンシーが失血死するまでに、そう時間はかからなかった。
バンシーは憎悪に塗れた目でミファエルを見やり、不敵に笑って息絶えた。
「そんな……どうして……っ」
命乞いをするのでもなく、自らを殺せなどと、どうして言えたのか。それがミファエルには分からなかった。
ミファエルにとっては助けられた命だ。なのに、自ら死を選ぶなんて。
足から力が抜け、その場にへたり込んでしまう。
「まず、一つ訂正だ」
へたり込むミファエルに、月影は残酷な現実を突きつける。
「この女はもう
「――っ! そんな訳無いじゃないですか!!」
「見た目は子供だ。だが、目尻に少し皴があった。肉付きも子供のそれとは違う。高く声を作っていたが、地声はもっと低いはずだ」
言いながら、月影はバンシーの使っていたナイフを二振り持つ。少し傷んでいるけれど、無いよりはマシだろう。
「幼少の頃、過度な精神的負荷に晒されると身体の成長が遅れる事がある。貴族を憎んでいる様子もあった。恐らくは、貴族に酷い虐待をされていたのだろう」
どんな、とはあえて言わない。それを言うのは、バンシーの尊厳を傷つける事に他ならない。
「でも……ですが! それでも……生きる事を諦めるなんて……っ!!」
「直接の関係の無いお前に言っても詮無い事ではあるが、彼女をそうしたのは
貴族に哀れまれながら生きるくらいなら、尊厳のある死を選んだ。彼女は、最後まで己を曲げずに生きる事を選んだのだ。
「誰かが誰かに愛される世の中を作りたい、だったな。彼女にとって、お前は世界を崩す側の人間だった。今のお前では、それは稚拙な世迷言だ」
「――っ!! そんな、そんなこと……っ!! だって、私だって……っ!!」
涙を流しながらも、気丈に月影を睨みつけるミファエル。
その目に、まだ諦めの色は無い。けれど、弱みは滲み出ている。
「ならその惨めな被害者意識は止めろ。自己愛だけで人を導けやしないぞ。少なくとも、私の前の主は、そんな思いで人を導こうとはしていなかった」
「――ぁ……」
厳しい言葉だと自分でも思う。
けれど、彼女と生前の主との違いを目の当たりにしてしまえば、言わざるを得なかった。
自分を救いたいだけの導きを、きっと多くの者は認めてくれない。
そんなものに善は無いと、敏い者は気付くからだ。
バンシーもその一人だ。貴族様の自己保身のための善意に付き合うなんて真っ平御免だった。
「そんな程度の思いなら、
最後にそれだけ言い、月影はミファエルの横を通り過ぎる。
「大丈夫そうか?」
アリザの治療をしているオーウェンに声をかければ、オーウェンは月影を一瞥してから答える。
「ああ。これ以上となると専門の回復魔法師の治療が必要だが、一命は取り留めるだろう」
「そうか」
「……言い過ぎでは無いか?」
「事実だ」
「しかし、今言う必要は無いだろう?」
「見極めるためだ」
「見極める?」
「護るに値するかどうか」
それだけ言い、月影は形だけが残っている窓から飛び降りた。
戦いはまだ続いている。最後の一人は、まだ戦意を喪失していないのだから。
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