第26話 忍び、戦闘する

 それから、アリザをしごいた。


 アリザの業務の間に、一対一を想定した戦闘訓練を行った。


 最終的にはアリザは少し前よりはマシな動きをするようになった程度だ。ひと月、それも、業務の間となればそれくらいしか出来なかった。


 結果として付け焼刃になってしまったけれど、それが今生きたとアリザは実感していた。


 何せ、月影が来るまでミファエルを護る事が出来たのだから。


「ねぇ、ロック。事前情報にあいつの存在入ってた?」


「いや。護衛はあの侍女と騎士、そして屋敷に残った騎士達だけだと聞いた」


「だよね……なんだよ、あいつ……」


 ロックとバンシーは二人の前に立ちはだかる月影から一瞬も視線を逸らさない。


 バンシーのナイフを止めた時、まったく気配を感じなかった。気配に敏感な殺し屋の二人が、である。


 二人にはいくらかの余裕があった。けれど、その余裕を即座に消し、強敵に相対する時の心構えを自身の中に作り上げる。


「……」


 月影は背後に気を配りつつ、二人の動向を窺う。


 ひとまず、間に合った事には安堵する。


 月影はアリザから双子石という物を貰っていた。片方に魔力がこもると、片方が熱を持って反応するという珍しい石だ。


 緊急時にはこの石に魔力を込めて月影を呼ぶ手はずとなっていた。


 月影は三十分程で辿り着けるように滞在する街を選んで旅をしていたため、双子石が反応を確認してから三十分で公爵の屋敷まで来る事が出来た。


 とはいえ、それは月影の計算の話だ。月影が居た街は常人では三十分で此処までたどり着く事はまず不可能であり、馬でも半日はかかる道のりだ。


 それを月影は三十分程で文字通り走破したのだ。


 だというのに、月影に疲れの色は見えない。呼吸も、常のままだ。


 戦闘をするのに、なんら問題は無い。


 月影は構えを取る。


「気を付けろ。相手は祝福ギフト持ちだ」


 構える月影に、オーウェンがそう助言を飛ばす。


 祝福ギフト。月影も、此処最近で聞いた事のある言葉だ。


 魔法ではなく、個人が生まれた時から持つという特殊な能力の事だ。まるで天からの祝福のような優れた能力が多い事から祝福ギフトと呼ばれている。魔眼もその類いに分類される。


「片方は岩のように硬い。もう片方は攻撃性のある絶叫を上げる。が、恐らくは回数に制限がある」


「そうか」


「ちっ! ネタバレすんなよ糞騎士ぃ! そーいうの嫌われるんだぞー!」


「いちいち突っかかるなバンシー。今は目の前の敵に集中しろ」


「分かってるよー!」


 直後、前触れもなく二人同時に駆けだす。


 二対一であれば数の利を生かさないのは愚策である。


 ロックが先行し、一対一で戦う。その隙を突いて、バンシーが攻撃を仕掛ける。


「ぬぅっ!!」


 ロックが大剣を振り下ろす。


 振り下ろされた大剣を、月影は大剣の腹に手の甲を押し当てて逸らす。


「なっ?!」


「はっ!? ロックの馬鹿力を押し退けんの!?」


 明らかに体形は子供。にもかかわらず、建物を簡単に壊してしまったロックの大剣の一撃を意図も容易くいなしてしまった。


 真正面から打ち合う訳では無く、大剣の流れを変えただけとはいえ、ロックの力を凌ぐ技術か力が必要だ。


「くっ……!!」


 しかし、硬直も一瞬。


 ロックは即座に次の斬撃を繰り出す。


 横薙ぎの斬撃。それを、月影は跳んで回避する。


「貰った!!」


 飛び上がった月影にバンシーのナイフが迫る。


 空中という不安定な場所で、しかし月影は器用にバンシーのナイフ掌底と手の甲でいなす。


「はぁっ!? どーいう反射神経してんだよ!! ――っぐ!?」


 がら空きになったバンシーの腹に月影が蹴りを放つとほぼ同時に、ロックがバンシーの首根っこを掴んで退避させ、反対の手に持った大剣で月影を斬り付ける。


 未だに空中にいた月影は特に労する事も無く、大剣に手の甲を押し当てて大剣を逸らす。


「――っ!! それほどまでにか……!!」


 力で大剣を流される事は同等か格上を相手にした時はよくある事だ。けれど、今ので分かった。


 空中という足場の無い場所で大剣をいなすのは相当な馬鹿力でもない限りは難しい。見たところ、月影にそれだけの力があるようには思えない。つまり、技術だけでロックの大剣をいなしたという事になる。


 それほどの相手が今自分の前に居る。


 たった二回斬り付けただけ。それでも、嫌という程に自覚させられる。


 恐らく、目の前の敵は格上だと。


「バンシー!! 叫べ・・!!」


「はぁっ!? まだいけるでしょーに!!」


「無理だ!! こいつは格上だ!! さっさと叫べ!!」


「~~~~~~~~っ!! 分かったよぉ!! つまんなーい!!」


 バンシーはロックの前に躍り出て、息を吸い込む。


「――ッ!! まずいっ!! 御嬢様、ご無礼を!!」


 叫びの前の予備動作をしたバンシーを見て、オーウェンはアリザの治療を中断してミファエルの耳を塞ごうとした。


「構うな、続けろ」


 が、冷静な月影の声が聞こえて来た。


 直後、バンシーの叫び・・が発動する。


「ァァァ――――」


「――ッ」


 音が鳴り、身構えるオーウェンとミファエル。


 直後、パァンと乾いた音がバンシーの叫び・・を封じ込める。


「――ッ、は゛ぁ゛!?」


 負担が大きいのだろう。一瞬発動しただけで枯れた声で、バンシーは驚愕を露わにする。


 確かにバンシーの叫びは発動した。それはバンシーが一番良く理解している。


 周囲の壁には亀裂が走り、調度品は砕け散り、窓枠は全て衝撃に耐えられなくなり吹き飛んでいる。


 アリザだけを狙った時のように威力を絞った訳でも無い。最大限の音で目の前の存在達を吹き飛ばす程の威力を持っていた。


 けれど、だからこそ意味が分からない。


「んで……そんなんで防げんだよぉッ!!」


 両手を合わせている月影を睨みつける。


 月影が行ったのはたった一度の拍手・・。ただそれだけだ。


 だからこそ、有り得ない。そんなもので完封出来る程、祝福ギフトは柔ではない。


 動揺が動きを鈍らせる。


 それを見逃す月影ではない。


 即座に、月影は手を伸ばす。


 狙いはバンシーの喉。


「――っそ!!」


 バンシーは動揺から一転、素早い動きで月影の腕を切り落とそうとナイフを振る。


 が、その斬撃を月影は片手でいなす。


「バッ――ケモンがッ!!」


「バンシーッ!!」


 寸でのところでロックがバンシーを引っ張って無理矢理回避させる。


 月影の指が喉を掠めていた。掴まれていたら、ただでは済まなかっただろう。


「がっ、かっ……っ……ぉっ、ばぇ……ッ!!」


 安堵も束の間、退避させた先でバンシーが吐血する。


「――っ!?」


 バンシーの喉元を見やれば、痛々しいくらいに赤く腫れ上がっていた。


 回避には間に合ったはずだ。指先を掠めただけで――


「なっ、指先だけでかッ!!」


 そう。指先が掠めた。たったそれだけで、バンシーは喉を潰された。


 退避させられると分かった月影が、中指で人差し指を押さえつけ、その反動を利用して指を弾いて喉に当てたのだ。


 やっている事はデコピンの要領。子供の悪戯いたずらと同じだ。しかし、月影がそれを行えば子供の悪戯では済まない。当たれば、必殺の威力を秘めている。勿論、当たり所が悪ければの話である。


「こんな相手がいるとは聞いていないぞ……ッ!!」


「隠し玉は秘してこそだ」


 ロックはバンシーを背後に投げる。喉は潰されていても、着地くらいは出来るだろう。


 そこから撤退。情報を持ち帰ってこの依頼の危険度を知らせる。


 最早この場でミファエルを殺す事は出来ない。依頼の危険度の再調整。人員の再編成が必要になる。


 自分は此処で捨て石になる。


 ロックは少しでも時間を稼ぐために大剣を振るう。


 しかし、月影は動かない。


 二回。ロックの大剣に触れた数。


 少し身体をずらす。


 今度は、受け流すためではなく、打ち込むために手の甲を当てる。


 三度目に押し当てた場所は、一回目と二回目と同じところだった。


 勢いよく腕を振り抜けば、破砕音を上げてロックの大剣が半ばからへし折れる。


「なっ、んだと……!?」


 驚愕するロック。


 がら空きになったロックの腹に月影は拳を当てる。


「はっ、無駄だ! 俺の身体は龍の鱗のように――」


「安心しろ。龍の鱗なら――」


 踏み込み、淀みない動作で拳に威力が集中する。


「――砕いた事がある」


 轟音。


 刹那、ロックの身体は毬のように軽々と吹き飛ばされた。

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