第24話 侍女、語る
これは、月影が暗殺者を殺した翌日の出来事だ。
いつも通り早起きをして、月影は
「……」
家の中に居る時から、なにがしかの視線を感じてはいた。危害を加えるつもりの無い視線だったために放置をしていたけれど、どうやら向こうもその場から動くつもりが無いらしく、根負けして月影の方から表に出て来た。
視線の主は昨日の侍女――アリザだった。
名前は知っている。何せ、お嬢様が口にしていたのだから。
月影が出て来れば、アリザは月影にぺこりと頭を下げる。ずっとその場に居た事からも、彼女は月影に用があるのだろう。
昨日のように侍女の服を身に纏っていないという事は、私用でわざわざここまで来たのだろう。
月影は家の中に顔だけを入れてフィアに声をかける。
「フィア。ちょっと出てくるね」
「んぉー……ぉぉ……」
頷いた様子のフィア。恐らくは、起きたとしてもこのやり取りを憶えてはいないだろう。
顔を外に出し、アリザの方を見る。
「僕に何か御用ですか?」
「ええ。少し、お話しよろしいですか?」
「大丈夫ですよ」
特に警戒した様子も無く、月影は頷く。
「では、場所を変えましょう。此処では、話し辛い内容なので」
「分かりました」
二人はそのまま街を囲む外壁沿いを歩き、月影の家から少し離れた場所に移動した。
人の目は無い。そう判断し、月影はその場に腰を下ろす。
しかし、アリザは座らない。侍女とは言え、アリザは貴族の子女だ。地べたに座るなどはしたない事は出来ない。
「椅子でも持ってきますか?」
「いえ、結構です」
「そうですか」
なら、このまま。
月影の意図が通じたのか、アリザはそのまま話を始める。
「まずは、
言って、アリザは深く頭を下げる。
「いえ、昨日も言った通りです。身にかかる火の粉を払っただけです」
「それでも、護られた事は事実です。感謝を」
「……そう言う事であれば、素直に受け取っておきましょう」
これ以上引き下がってもアリザは頭を上げてはくれないだろう。それでは話も進まない。
「それで。本題の方は何でしょうか? 出来れば、フィアが目覚める前に終わらせたいのですが」
「そう、ですね……」
頷き、少し躊躇ったような仕草を見せながらも、アリザは言う。
「……お嬢様が、貴方を騎士にしたいと」
「そのようですね」
「そのようですねって……聞こえていたのですか?」
「ええ」
あの程度の距離であれば、余程言葉にならない言葉でもない限りは聞こえる。
「先に言っておきますが、お断りします。僕は騎士にはなれませんので」
「それは、身分的な事ですか? でしたら、今直ぐにでなくても、学院に入学すれば騎士になれますよ」
「いえ。身分もそうですけど……」
言って、考え込むように沈黙をする月影。
アリザは急かすような事はせず、月影の次の言葉を待つ。
「騎士とは、つまり表に出る者の事ですよね? 表で主人を護る存在。それが、騎士ですよね?」
「ええ。主人の身を護る事もそうですが、屋敷の警備などもしています。場合によっては、人相手だけではなく、魔物相手に戦う事もあります。私の所感ですが、貴方であれば問題無いように思いますが」
「実力的には、ですね。護れと言われれば護る事は出来ると思います。その自負もあります」
「ではどうしてです? 給料も良いですし、今よりも良い生活が出来ると思いますが」
「心情的なものです。それに、信念でもあります」
忍びであった事は月影の誇りだ。それに、陰に慣れ過ぎた。今更日向に出ようとは思わない。
「後は、フィアを一人に出来ないというのもあります。なので、騎士にはなれません」
「そうですか」
月影はきっぱりと断った。けれど、アリザは落胆した様子は無かった。
「……私の個人的な見解ですが、貴方は騎士には相応しくないように思えます」
悪し様に言っている訳では無いのだろう。その声音に嘲りの色は無い。
アリザが垣間見たのは、容赦の無さ。そして、戦闘とその事後の慣れである。
「貴方はきっとどんな手段を取っても主人を護ろうとするのでしょう」
それこそ、正々堂々なんて言葉なんて知らないとばかりに。
「ですが、それは騎士のする事ではありません。正々堂々、真っ向から立ち会って主人を護るのが騎士です」
「なら、何故貴女直々に勧誘に来たのですか? 不必要だと分かっているのであれば、貴女が来る必要は無かったのでは?」
「…………貴方は、騎士には相応しくありません。ですが、その力は本物です。その力が、今のお嬢様には必要なのです」
静かな、けれど切羽詰まったような声音。
「……この街に住むものであれば、誰でも知っている噂があります。公爵家のミファエル御嬢様は純粋な貴族ではない。貴方も、この噂は勿論知っていますね?」
「いえ、初耳です」
「…………」
知っているという前提で話を進めようとしたアリザは、月影の予想外の返答に一瞬硬直してしまう。
しかし相手は孤児。知らない事も在ろうと自分を納得させる。
「……そういう噂が在るのです。……こんな事、公爵家の侍女、それもミファエル御嬢様の専属侍女が公言すべき事では無いのですが……その噂は本当です」
そこから、アリザはミファエルの出自についてを語りだした。
ミファエル・アリアステルは純粋な貴族ではない。
公爵と侍女の間に生まれた、不義理の子だ。
侍女は公爵の幼馴染だった。彼女は、ずっと公爵に思いを寄せていた。公爵も、彼女の好意を悪く思ってはいなかった。
幼馴染である彼女に一度だけお情けをと乞われ、公爵はそれを承諾してしまった。
そうして生まれたのがミファエルだ。
当然、公爵の不義理はアリアステル家内で明るみになり、侍女は遠くの村に追いやられた。
ミファエルは数年は母親と暮らしたけれど、それからしばらくして魔物の氾濫に村が襲われた。
「魔物の氾濫?」
「魔物の異常発生の事です。もっとも、そうそう起こる事では無いですけれど」
話を戻します。
魔物の氾濫によって、ミファエルは村と家、そして、母親を失った。
暫くは浮浪児として生きていたミファエルを拾ったのが、
自身の子としてミファエルは公爵家に迎え入れられたけれど、公爵夫人とその子供達は良い顔はしなかった。何せ、不義理の子だ。父の過ちの証明なのだ。父を尊敬していた子供達にとってはそんな存在は邪魔なだけであり、また公爵を愛している公爵夫人としても、公爵の裏切りの証明であるミファエルを良くは思っていなかった。
しかし、真っ向から公爵に言う事も出来ず、公爵側も不義理をした事に対しては強く出る事が出来ない。
最低限貴族らしい事をさせては貰っているけれど、それ以上の恩寵が無いのがミファエルだ。
だからこそ、護衛はアリザだけであり、暗殺者の死体が発見されたとしても、ミファエルは自由に街を移動する事が出来た。何せ、ミファエルは疎まれているから。
純粋な貴族ではない。であれば、死んでしまった方が楽で良い。
「……幸い、これは噂です。真実を知るのは、極限られた人間だけです。御嬢様は御身体が弱く、表に出るのに時間がかかったという事になっております」
家族に疎まれている公爵令嬢。
だが、それだけでは腑に落ちないところがある。
「あの暗殺者は、その公爵家の誰かが雇った、という事ですか?」
「いえ、違います。疎んではいますけれど、そんな愚行を犯す方々ではありません」
では何故。疑問の視線をぶつければ、アリザは周囲を気にかけた様子を見せた後、声を潜めて続けた。
「……此処からは、奥様も御子息様達も知らない話になります。知っているのは、私と御嬢様、そして旦那様だけになります。どうか、他言無用でお願いします」
「待ってください。そんな重要な事を、僕なんかに話してしまって良いのですか? 力を貸すとも言っていないですよ、僕は」
「貴方はそれを知っても、悪い事には使わないでしょう? 良い意味でも悪い意味でも、貴方はそういう事に興味がなさそうですし」
「まぁ、興味はありませんけども」
「であれば、大丈夫です。この話題は、特定の者にしか旨味がありませんから」
そこで区切り、アリザは一際声を潜めて言った。
「お嬢様の目は、特別なのです」
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