第20話 忍び、送り出す

 とある山間にあるおんぼろ小屋。


 入る事を躊躇われる程ぼろぼろになっている小屋だけれど、そこに躊躇わずに入っていく影が二つ。


「よっぴー! おひさー!」


 ハイテンションで入室したのは、くすんだ赤髪をツインテールにしている小柄な少女と、額から頬にかけて傷のある大柄な男だった。


 ハイテンションな少女とは打って変わって、大柄な男は恐ろしいくらいに静かだった。


「ああ、来たか……」


 小屋の中には、刀を下げた無精髭の男が椅子に座っていた。


「あんねー、バレちったみたいよー?」


 何が、とは言わない。そんな事を言われなくても、無精髭の男には分かるのだから。


「みたいだな」


「どーする? 予定早めるー?」


「そうだな。討伐隊が組まれるまでは秒読みだろう」


「じゃあじゃあ! いつる? いつにする?」


 心底から楽しそうに笑みを浮かべる少女。


 そんな少女に、無精髭の男は即座に答える。


「今夜だ」


 無精髭の男がそう答えれば、少女はにまぁっと笑みを深める。


「いやっほーい!! 待ちきれないぜー!!」


「待て、性急が過ぎないか?」


 興奮する少女とは対照的に、大柄な男は冷静に無精髭の男に訊ねる。


「言ったろう。討伐隊が組まれるのも時間の問題だ。数が少しでも減る前に、こちらから仕掛けた方が良い」


「そうは言うが、少しは段取りを整えた方が良くないか?」


「屋敷には件の令嬢一人だ。公爵は王都へ、その子供達も全員王都の学院に通っている。あの屋敷は、今が一番手薄だ」


「だが騎士は居よう。公爵の所有する騎士だ。そんじょそこらの貴族を狙うのとは訳が――」


「おいうっせぇなデカブツ。身体の割に小心者が過ぎやしねぇか?」


 高い声が大柄な男の言葉を遮る。


 見やれば、先程まで笑みを浮かべていた表情が一変、怒気を全面に押し出す不愉快気な表情に変わっていた。


「アタシは今日りてぇんだよ。それとも何か? てめぇがアタシの相手でもしてくれんのか? あ?」


 何処に隠し持っていたのやら、少女はその両手に大振りのナイフを持っていた。


「よせ、バンシー。ロックの言い分も最もだ」


「あぁっ?! あんたはどっちの味方なんだよ!!」


「どちらの味方という訳でも無い。俺は、ただ自分の意見を言ってるだけだ。ロック、決行は今日だ。数を減らされてはまずい。それに、今が好機だ。分かるな?」


「それは分かっている。だが、ゴブリンジェネラルの巣を壊滅させた不確定要素はどうなっている? 話では、上位の冒険者は公爵領には一人しか居ないはずだろう? それも、件の場所よりも離れた街だ。その上位の冒険者ではなく、正体不明の誰かがゴブリンの巣を壊滅させた。その不確定要素はどうするのだ?」


 そう。結局、無精髭の男は現地に調査に向かったものの、何の成果も得られなかった。


 不確定要素は、まだ解明されないままになっているのだ。


「……それでも、今日が好機だ。不確定要素が現れたら、俺が対応する。元々、そういう手はずだろう?」


「……そうか。そうだな。お前が直接やると言うのであれば、間違いも無いだろう」


 放置する、と言われれば反対をしたけれど、出てきたら直接叩くと無精髭の男は言った。つまりは、野放しに出来ない脅威だと彼も認識しているという事だ。


「元上位二級・・・・冒険者としての実力、見せてもらおうか」


「いや、見せる機会が来ない方が都合が良い」


「それもそうか」


「では、今夜だ。合図は派手に行く」


「分かった」


「いえーい! 今夜はパーリナーイ!!」


 先程までの怒気に溢れた表情を捨て去り、小柄な少女――バンシーは無邪気に笑って見せた。


っちゃうよ~、ミファエル・アリアステルー!」



 〇 〇 〇



 異変を感知するのは、月影が一番早かった。


 常に周囲に気を配り、常に危険を意識している月影だからこそ、気付く事が出来た。


「フィア」


「んぁ? どーした?」


 夕飯を頬張っているフィアは、小首を傾げながら訊ねる。


「準備を」


 月影の言葉はただそれだけ。けれど、フィアにはそれだけで十分だった。


「はっ! まじか? 今からか?」


「えー、なになにー? なんかすんのー?」


 一緒にテーブルを囲んでいたソニア・ワルキューレのメンバーの一人がフィアの肩を組みながら訊ねてくる。


「で? お前とか? それとも、別の誰かとか?」


「はっ! だ、だだだ駄目よ! そんなただれた事!!」


「は? 何言ってんだおめー?」


 ソニア・ワルキューレのメンバーであり、月影を揶揄からかおうとしてあえなく撃退された女性――リーシアは顔を真っ赤にして二人を止めようとする。


 しかし、リーシアの思っているような事ではない事は、月影の次の言葉から直ぐに分かる。


「敵襲だ」


 その言葉の直後、けたたましく鐘が鳴る。


 緊急事態を知らせる鐘の音。その音を聞いた瞬間、冒険者達の表情が一変。真面目な荒くれ共の顔になる。


「皆準備をして!! この音、魔物の氾濫よ!!」


 リーシアが即座に立ち上がって指示を出す。


 それに、ソニア・ワルキューレのメンバーは即座に対応する。


「なぁ、オレはどうする? 準備しろって事ぁ、オレにも戦えって事だろ?」


「うん。フィアはソニア・ワルキューレに同行して。今のフィアなら、大丈夫だと思うから」


「分かった! ……って、あんだって?」


「ソニア・ワルキューレに同行。一緒に戦うんだ」


「んな事ぁ理解してらぁ!! お前と一緒に戦うんじゃねーのかよ!!」


「これから先、一人じゃどうにも出来ない事も出てくると思う。その時、仲間と連携を取れるかどうかが鍵になる。今日は、その練習」


「ああそーかよ。で、お前はどーすんだ?」


「僕はやる事があるから」


「やる事? って、なんだよ」


「内緒。じゃあ、行こうか、フィア」


「あー、はいはい。お得意の隠し事ね。へーへー、分かりましたよー」


 大剣を背負い、フィアは歩き出す。


 その横に、月影は並ぶ。


 さっさか走り、先に街を囲む壁までたどり着いた二人。


「魔物の氾濫って言ってたけどよ、どんなもんなんだ?」


「さぁ? ただ、あの時よりも多いって事は確かだね」


「あの時?」


「ゴブリンジェネラルの時」


「……まじか?」


「大まじ」


 聞こえてくる音の数が多い。百以上は確実に居る。それに、音がゴブリンの時よりも重い。


「――っ」


「ん、どーした?」


「いや、何でもないよ。ほら、行っておいで」


「お前はオレの親父おやじか!」


「同い年でしょ」


「なら同い年らしくしろっての! ったくよぉ」


 悪態を吐き、フィアは小走りでソニア・ワルキューレの元へと向かう。


 そんなフィアに、月影は思わず声をかけてしまう。


「フィア」


 月影の声に、フィアは振り返る。


「頑張って」


「おう! 百は軽く斬ってくる!」


 言って、フィアはこんこんっと大剣の柄を叩く。


 再び背を向けて走り出すフィア。


「息災で、フィア」


 最後にそう呟いた月影。直後に、月影の姿が消える。


 何ともなしに、フィアは振り返った。そこに月影の姿が無い事を確認したけれど、フィアは気にせずに直ぐに前を向いた。


「おう! ちょっくらお邪魔させてくんな!!」


 ソニア・ワルキューレのメンバーへ威勢良く声をかける。


「あら、フィアちゃん。どうしたの?」


「なんかあいつが、お前等と一緒に戦えってよ。れんけーを学べって言ってた」


「そう。そうね。一人よりも大勢の方が良いものね」


 リーシアが納得したように頷く。


 月影は戦えないと判断しているリーシアは、月影は何処かに身を隠しているのだと思っている。その間、フィアを一人にするのが心苦しくてリーシア達と組むように言ったのだろうと、予想を立てる。


「それじゃあ、フィアちゃんは私と一緒に前衛をお願いね」


「おう! 派手に蹴散らしてやろうぜ!!」

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