第19話 忍び、推される

「まーたこむずっかしい本読んでんのか?」


 フィアが魔物の討伐をしている間、月影はそこら辺に腰掛けて本を読む。


 フィアが下位二級に上がった段階で、月影はこうして本を読むようになった。読んでいる本の内容は、魔法学、地理学、歴史学等々。この王国にまつわる事から、近隣諸国の物まで幅広く読んでいる。


「うん。知恵は力だからね。こうして知恵を付けていかないと」


「お前は存在自体が力みてぇなもんだけどな。ていうか、まだ強くなるつもりかよ……」


 大剣を担ぎ、フィアは呆れたように言う。


「強い事は、悪い事じゃ無いよ」


「だけどよぉ、お前、それ以上強くなったら人間じゃなくなるんじゃねぇか?」


「それも良いかもしれないね」


「良かぁねぇよ! オレぁ嫌だからな、お前を討伐しろって言われんの!!」


「冗談だよ。僕の力は人として培ってきたものだからね。最高峰に達したとしても、人間を逸脱するなんて事は無いと思うよ」


 技術の粋の塊が月影という存在だ。その力には土台と歴史がある。理解不能な力ではなく、理解可能な力だ。だからこそ、フィアが目指せる目標でもある。


「……あんな反則的に強ぇのにか?」


「練度の問題だよ。フィアも強くなれば、僕が何をしてるのか理解できるから」


「先は遠そうだけどな」


「そうでもないよ」


 実際、フィアの成長度合いは目覚ましい。もうすぐ下位一級に上がる事も出来るだろう。


 順々に強くなっていっている。それを積み重ねて行けば、フィアはもっと強くなっていくはずだ。


「ていうか、余裕ぶっこいてるけどよぉ。お前は下位三級のままじゃねぇか。そろそろ上げといた方が良いんじゃねぇか?」


「僕は良いよ。フィアの荷物持ちで通すから」


 フィアの言う通り、月影は下位三級のまま。つまり、登録した当初のままなのだ。


 周りからはフィアのお荷物のように扱われている。


「それ、オレがすっげぇ嫌なんだけど?」


 ジトっとした目を月影に向けるフィア。


「どうして?」


「オレより強ぇお前が侮られんのがムカつくんだよ! 腰巾着とか言われて、お前は悔しく……はねぇだろうけど! ムカつかねぇのか? あんな雑魚共に良いように言われてよ!」


「特には。そう見えているのも事実だし、何より、その程度のを気にする必要は無いからね」


 月影の実力は月影が一番よく知っている。強がりでもなんでもなく、今まで出会った中で脅威だと思える者はいなかった。そんな相手の言動を気にしたところで時間の無駄だし、今は外野よりもフィアの方が優先だ。


 何より、それが月影の目的でもある。フィアには、言わないけれど。


「お前、悟ってんのなぁ……。実は中身ジジイだったりしねぇか?」


「中らずといえども遠からず、かな」


 実際、前世の年齢を合わせればフィアよりも年上なのは確かだ。爺とまではいかなくとも、そこそこ歳はとっている。


「さて、討伐も終わったし帰ろうか」


「そうだな。今日は予定もあるし。行くのすっげぇ嫌だけど……」


「良いじゃないか。冒険者同士で交流を深めるのも悪い事じゃないと思うよ」


「別に仲良くすんのが嫌な訳じゃねぇよ。ただ、あいつらオレと会うたび勧誘してくっからよぉ……それに……」


「それに?」


「な、なんか、ひらひらした服着させてくるしよぉ……あれ、すっげぇ恥ずかしいんだ……」


 照れたように言うフィア。年頃の女の子が着るような服に抵抗があるようで、フィアは普段でもシャツとズボンだ。スカートを履いているところなんて、月影は一度だって見た事が無い。


 しかし、照れているだけだ。それを忌避している訳では無いのを考えると、着る事自体は嫌では無いのだろう。月影には、頑なに見せようとしないけれど。


 嫌なら断れば良い、なんて無神経な事を言うつもりは無い。けれど、そこに触れてほしくなさそうななのは事実なので、無難に言葉を返す事にする。


「本当に嫌なら断るんだよ?」


「わ、わぁってるよ! た、ただ……あいつら、妙に嬉しそうにしやがるからよぉ……」


 ついつい乗せられて着てしまう。といったところらしい。


 それも、フィアに必要な人付き合いの一つだろう。


「フィアが楽しそうで何よりだよ」


「な、なっ! べ、別にそんなんじゃねぇからな!!」


「そうだね」


「ねぇからなぁ!!」


 全部分かってるよと言った顔で頷く月影を見て、フィアは念を押すように声を荒げた。



 〇 〇 〇



 街に帰り、冒険者組合に寄り、今回の報酬を貰う。


 因みに、取り分の全てはフィアが管理をしている。フィアは嫌がったけれど、それも経験だと思いやらせている。


「オレはこのままあいつらんとこ行くけど、お前はどーすんだ?」


「僕はちょっとやる事があるから」


「じゃあ別行動だな」


「そうじゃなくても別行動でしょ?」


「お、おおおお前にあんな姿見せられっかよ!!」


「彼女達が興味あるの、フィアだけみたいだしね……って、言いたかっただけなんだけど」


「~~~~~~~~っ!! あっそ!!」


 顔を真っ赤にしたフィアは、夕飯代だけを月影に押し付けて足取り荒く冒険者組合を後にした。


「可愛いですねぇ、フィアさん」


 そんな様子を眺めていた冒険者組合の受付嬢が、にこにこと笑顔で声をかけてくる。


「ですかね」


「そうですよー! 顔は整ってますし、腕はいいですし! 将来有望じゃないですか! きっと、冒険者のアイドル的存在になりますよ、フィアさん!」


「あいどる……?」


「人気者って事ですよ」


「あぁ……本人は嫌がりそうですけどね」


 けれど、フィアが皆の人気者になるのは悪い話では無い。


「あら、嫉妬とかなさらないんですね」


 受付嬢の言葉を、ただ言葉として受け止めた月影を見て、少しだけ驚いたような顔をする受付嬢。


「嫉妬? どうして?」


「だって、フィアさんの相棒じゃないですか。良いんですか? 彼女を他の誰かに取られても?」


「取られる……」


 受付嬢の言葉を少しだけ考える。


 けれど、言葉は直ぐに出て来た。


「それは、願わくば叶って欲しいところですね」


「え?」


「フィアには、大勢の人と笑って生きて行って貰いたいので」


 それで話は終わり。


 月影は受付嬢にぺこりと頭を下げてから、その場を後にする。


 そんな月影の背中を、受付嬢は数秒呆然と眺める。


「こらっ、何ぼーっとしてんの? サボってないで働く」


 先輩受付嬢に資料で頭を叩かれてはっと我に返る受付嬢。


 一瞬。ほんの一瞬だったけれど、月影が笑った。


 目元まで伸びた灰色の髪の隙間から見えた目元は優しく、まるで我が子を見守るような眼差しだった。


 その笑みが、眼差しが、とても綺麗に映った。


「やばい……」


「は? 何が?」


「推せる! 推せますよあの子!」


「何言ってるか分からないけど、あんた子供に手を出すつもり? やめなさいよ」


「ちーがーいーまーすぅー! 手なんか出しませんよ!」


「どーだか。良いから仕事する。ほら、こんなに溜まってるんだから」


 言いながら、先輩受付嬢は後輩受付嬢の目の前に書類の束を置く。


「ひえー!? こんなにですか!?」


「そうよ。仕事は文字通り山のようにあるんだから、きりきり働く!」


「ふえぇ……きつい……これ、例年よりも多く無いですかぁ?」


「そうね。…………そうね。言われてみれば……」


 先輩受付嬢は真面目な表情になり、今置いたばかりの書類に目を通していく。


「ど、どうしたんですか……?」


 あまりに真剣な眼差しに、後輩受付嬢は不安げな顔で先輩受付嬢を見る。


「……護衛の依頼とかも入ってるけど、殆ど魔物討伐の依頼……ゴブリン、オーク、それに、リザードマン……? ――ッ!! これって!!」


「え、な、何ですか?」


「ちょっと此処お願い!!」


 剣幕を変え、先輩受付嬢は足早にその場を後にする。


 後輩受付嬢が事態を察するのは、その少し後の事だった。

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