第17話 忍び、朝食を食べる
少女が一人で十人の男をのした。
その中には上位冒険者も居た。
酒場で暴れて出禁を食らった。
大手ギルド、『ソニア・ワルキューレ』に勧誘された。
勝気ながらも可憐な美少女だった。
等々、噂が流れるのは早かった。実際に倒したのは十人ではなく六人だし、上位冒険者は入っていなかったけれど、噂というものはえてしてそういうものなのだろう。
しかし、間違えていない物もある。
大手ギルドである『ソニア・ワルキューレ』に誘われたのは本当の事だ。
あの乱痴気騒ぎのあった日の翌日に、あの時の女性から接触があった。
宿屋の食堂で朝食を食べていると、彼女がやって来た。
「隣、良いかな?」
「んぁ? ……おー……」
カウンター席で食べていると、彼女は涼やかな声音でそう尋ねて来た。
朝が弱いフィアは、寝ぼけ眼で返事をする。
パンをもしゃもしゃ食べながら、ぽーっと上の空になっている。
身だしなみに頓着していないので、ところどころ寝癖が跳ねている。
月影は昨夜と同じように澄ました顔で朝食を食べている。
彼女に興味が無い事は、言われなくても分かっていた。
それが癪に障ったのか、一瞬だけむっとしたけれど、直ぐに笑顔に戻る。
「君、昨日は凄かったね。六人ものしちゃうなんて」
「おー……」
噛むのが面倒になったのか、フィアはパンをスープに浸してから食べる。月影とは態度こそ違うけれど、明らかに彼女に興味を示していない様子だ。
「私はリーシア。ギルド、ソニア・ワルキューレのメンバーよ。貴女、私のギルドに入らない?」
単刀直入に勧誘をする彼女――リーシア。その顔は自信に満ち溢れており、まさか断られるとも思っていない様子。
「あ? あー……やだ……」
「そう。嫌なのね。…………え? 嫌?」
自信満々に頷いた後、一拍置いてフィアが拒否をしたのを理解したリーシアは、思わず呆けた声を出してしまう。
「え、嫌なの? どうして?」
「どーしてって……つるむのめんどーだしなぁ……」
言いながら、フィアは月影の皿からソーセージを奪って食べる。
月影は特に何を言うでもなく、好きにさせる。
「め、面倒!? で、でもね! ギルドに所属するとメリットもあるのよ? 国から御指名の依頼が来たり、直接依頼を持ってきてくれる人がいたり! 住むところだって提供できるし!」
「依頼とかてめぇで決めりゃ良くねぇか? わざわざあれやれこれやれって言われんのもめんどくせぇ」
言いながら、野菜の酢漬けを月影の皿に移そうとするフィア。
しかし、月影は皿を移動させてそれを阻止する。
「あーんでだよぉ」
「野菜は食べないと駄目だよ、フィア」
「けっ」
嫌そうに顔を歪めてながら、フィアは野菜の酢漬けを食べる。
「わ、私のギルドは大手で名が通ってるわ! 直ぐに躍進出来るわよ?」
「はっ、それってあれだろ? ようはてめぇの実力じゃ無くて色眼鏡で見られるって事だろ? オレは御免だね」
鼻で笑ってからスープを飲む。
「オレの評価はオレが作る。勧誘ならきょーみねぇから帰れよ」
素っ気なく言い放つフィア。
しかし、袖にされたにも関わらず、リーシアは機嫌を悪くするどころかほんのりと笑みを浮かべていた。
「ふふっ、そういう子程勧誘したくなっちゃうわ」
「何度勧誘されても入らねぇよ。オレの相棒はこいつだけだ」
リーシアはちらりと月影に視線を向ける。
彼の腕っぷしを確認した訳では無いけれど、強そうには見えない。
仕事柄、強い者には何度も会った事がある。彼女のギルドマスターもその内の一人であり、相対しただけで肌がひりつくような緊張感がある。
それ以外にも、出会った者にはそれぞれ強者特有の雰囲気があった。
フィアからはその片鱗を感じるけれど、月影からはそれは感じられない。むしろ、他の者よりも希薄に思う。
「彼、本当に相棒として最適かしら? 足を引っ張ってるだけじゃないの?」
「はっ、お前はやった事がねぇから分かんねぇだけだ。こいつはすげぇんだよ」
リーシアの言葉に憤るどころか、バカにしたように笑う。
「オレはこいつ相手に手も足も出ねぇってのに、こいつは遠慮がねぇもんだから毎日無茶苦茶しやがる。何度やっても勝てた試しがねぇ。お陰で、毎日体中が痛ぇのなんの……って、どうした? 顔赤ぇぞ?」
「なっ、はっ、そ、そそそそんな事無いわよ!?」
「いや、めっちゃ赤ぇけど……大丈夫か?」
「大丈夫わよ!」
自身も顔が火照っているのが分かっているのだろう。リーシアは顔を手でぱたぱたと仰ぎながら立ち上がる。
「きょ、今日のところは失礼するわ! 勧誘の件、考えておいて!」
「え、やだけど」
「考えておいて!!」
慌てたように足早に離れて行くリーシアを、フィアは怪訝な顔で見送る。
去り際に『す、進んでる……。手も足もでない? 遠慮が無い? 無茶苦茶する? ……なにそれぇ……。体中痛いって、はわわぁ……っ』
なんて呟きが聞こえて来たけれど、フィアには何のことだかさっぱり分からなかった。
「なんだったんだあいつ……」
「さぁね。それよりフィア、断っちゃって良かったの?」
「あ? なんで?」
「名を上げて良い暮らしをするって目標なら、ギルドに入るのも一つの手だと思うけど」
「はっ、そりゃ名を借りるって言うんだよ。上げんなら、自分でやんねぇとだろ」
「そっか」
「それに、お前が強くしてくれんだろ? なら、名を上げんのもそう遠い話じゃねぇだろ」
「それはフィアの頑張り次第だよ」
「そこは嘘でもそうだねって言うんだよ!」
「嘘は吐けないからね」
「お前はへーきで嘘吐きそうだけどな」
「そうだね」
「肯定してどうすんだよ……」
呆れたような目で月影を見るフィア。
「嘘は吐けないからね」
「それはもう良いって。で、今日の依頼どうする?」
「勿論、討伐系の依頼を請けるよ。例のごとく――」
「――オレ一人で何とかしろ、だろ? 分かってんよ」
ここ最近の依頼は、月影は手を出していない。手を出す必要も無いくらいに、フィアは強くなった。
今のフィアの位階は下位二級。しかし、下位一級に上がるのも時間の問題だろう。
酔っ払いとはいえ、中位の冒険者をのした事も話題になるだろう。そうすれば、中位に上がる事も容易になるはずだ。
そうじゃなくとも、フィアは強い。中位に上がるのは必然とも言える。
そうなれば、月影も安心だ。
「っし! じゃあ行こうぜ! 今日は何をぶっ飛ばすかなぁ」
「好きな依頼を選ぶと良いよ」
「元からそーするつもりだっての!」
カウンターに立てかけていた大剣を背負い、歩き出す。
フィアの得物は大剣になった。色々と武器を持たせてみたのだけれど、大剣が一番戦いやすいらしい。
戦いやすいというのは重要だ。戦いやすさは、それすなわち相性の良さでもある。
だが、月影は大剣を扱った事が無いため、その指導をする事は出来ない。フィアは、完全に独学で扱い方を学ぶ必要がある。
ならば、幾度となく実戦をこなしてもらう方が良いだろう。勿論、時間が空いたら手合わせも忘れない。
こういう時にギルドに属していた方が良いと実感する。それも大手ギルドである『ソニア・ワルキューレ』であれば、大剣の達人も居るだろう。指導してもらえるという事は、それだけでもありがたい事なのだ。
無手でもゴブリンを倒せるくらいには強くなってもらいたいという目標は変わらない。
今のフィアに出来なくとも、月影が教え続ければきっと出来るようになる。
けれど、それはフィアの望むものではないのかもしれない。現に、フィアは大剣で戦う事を選んだ。
それもそうだ。フィアは冒険者になりたいのであって、忍びになりたい訳では無い。
此処からは、月影はフィアの仲間にはなれるけれど、師弟になる事は出来ないのだろう。
意気揚々と歩くフィアの背中を見る。
まだ時間はある。実戦の中でフィアは強くなる。それを、見守り続けなければいけない。
それが、多分月影に出来る最後の仕事だろうから。
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