第16話 忍び、勧誘される……相方が

 必死に逃げるゴブリンジェネラル。けれど、その顔に焦燥は無い。


 それは、彼の行動が元々の命令に則した行動だからだ。


 昼夜を問わずに走り続け、とある山小屋までたどり着く。


 木が腐り、倒壊寸前の山小屋の中に、ゴブリンジェネラルは迷わず入る。


「お前が帰ったという事は、失敗したという事か」


 小屋の中に居るのは一人の男。


 ぼろぼろのローブを身に纏い、腰には一振りの刀を差している。


 無精髭を生やし、長髪を一括りで纏めた長身の男は、考え込むように顎を撫ぜる。


 その間、ゴブリンジェネラルは動かない。本来のゴブリンジェネラルであれば、隙だらけの人間が居れば攻撃を仕掛けている。


 けれど、男の前に立つゴブリンジェネラルに暴力の兆しは無い。


 暫く考えこんだ男は静かにゴブリンジェネラルに命令をする。


「……また、別のところで巣を作れ。今度は森の奥だ。面倒だが、護衛も着けよう」


 男がそう言った途端、男の影から何かが這い上がってくる。


 見た目は人間の女。しかし、その頭には角が二本生えている。


 この国ではかなり珍しい着物に身を包んだその者は、背中に太刀を背負っている。


「行け」


 その言葉一つで、ゴブリンジェネラルと角の女は小屋を後にする。


「ふむ……」


 男は顎をさすりながら思案する。


 ゴブリンジェネラルは決して雑魚ではない。先程のゴブリンジェネラルは中位一級の冒険者に匹敵する力を持っている。


 そのゴブリンジェネラルが逃げ出す程の相手が公爵領に存在している。


 男がゴブリンジェネラルに出した命令は二つ。


 一つ。大規模な巣を作れ。ただし、見つからないようにする事。


 一つ。巣の壊滅、あるいは自身の生存の危機にひんした場合には即座に逃走する事。


 普通のゴブリンジェネラルであれば自制が出来ずにその命令を無視するだろうけれど、あのゴブリンジェネラルは命令を無視する事は無い。命令に忠実に従う傀儡かいらいだ。


 つまり、二つ目の命令に従って逃げて来た事になる。


 自身の死の危機、あるいは巣の壊滅。そのいずれかが起こった。


 無傷のゴブリンジェネラルを見る限り、恐らくは巣の壊滅だろう。


 報告によれば、巣の規模は大小合わせてゴブリンが八十は居た。その中には、ホブゴブリンやゴブリンリーダーも居たはずだ。


 一番大きな巣で五十程。ゴブリンジェネラルはそこを護っていた。つまり、五十のゴブリンを倒せる者、もしくは者達が居る。


 個にしろ群にしろ、確認をしておく必要があるだろう。


「面倒だが、赴くか……」


 男はゆっくりと立ち上がりぼろ小屋を出る。


 男がぼろ小屋を出た直後、ぼろ小屋が音も無く消失する。


 しかし、男は気にした様子も無く歩き出す。


 最終的にしくじらない自信はある。けれど、成功率は上げておくに越した事は無い。


「邪魔ならば、斬る」


 男は腰に差した刀を撫ぜる。


 刀から怪しげな靄が溢れる。それが良くない物でない事は、火を見るよりも明らかだった。



 〇 〇 〇



 ゴブリンの巣を壊滅させてから、ひと月程が経過した。


 二人は依頼をこなしながら街と街を転々と移動した。


 その間、月影はフィアに戦い方を教え、生きる術を教え続けた。


 生きる術は、自身が持つ知恵を叩きこみ、戦い方は直接木剣を叩きこんだ。


 初戦闘でゴブリン十体を相手取れたのを見た時は、正直にフィアには才能があると思った。けれど、月影の思っていた以上に彼女には戦いの才能があった。


「っしゃおらぁっ!! どーしたどーした!! 大口叩いた割には雑魚じゃねぇかよ!!」


 そうやって楽しそうに騒いでいるのは、酒場で起きた喧嘩に割って入ったフィアだ。


 大の大人を相手に、フィアは殴り合いをしている。


 なははっと楽しそうに笑いながら、フィアは大人達の拳を受け流し、時には真正面から受け止め、反撃の拳を打ち込む。


 外野は大いに盛り上がり、路上で大乱闘の大騒ぎ。


 そりゃあそうだろう。大人達の中には中位の冒険者も居る。そんな相手にフィアは拳一つで渡り合っているのだ。それも、笑いながら。


 冒険者達から見ても新鮮な光景だし、何より酒が入れば馬鹿騒ぎしたくなるものだ。


 酒を片手に、冒険者達は誰が勝つかを賭け始める始末。そして、盛り上がれば酒場側も酒とそのアテの注文が増える。迷惑そうにしているのは通行人ばかりで、冒険者も野次馬も酒場の主人も楽しそうに馬鹿騒ぎをしている。


 そんな光景を、月影は酒場の窓から眺める。


 刃傷にんじょう沙汰ざたにでもなれば止めようと思うけれど、そうならなければ好きにさせる。きっとこれも経験だろう。


 フィアは大人達をぶん投げ、ぶん殴り、蹴り飛ばす。


 酒が回っている相手だとしても、その大立ち回りには感嘆する。


「前、良いかな?」


 フィアを眺めていると、対面に立つ女性に声をかけられた。


「どうぞ」


「ありがとう。此処からが一番見やすくてね」


 お礼を言いながら、女性は月影の対面に座る。


「君、彼女の相棒?」


「ええ」


「止めなくて良いの?」


「度が過ぎれば止めますよ」


 まぁ、十分に度は過ぎていると思うけれども。あれくらいはじゃれあいコミュニケーションの範疇だろう。


「そ。おー、ぶん投げたね」


「ですね」


「あの子凄いね。あの年であの身体捌き。ただ者じゃないと見た。ウチに欲しいなぁ」


 言って、女性はちらりと月影を見やる。


 しかし、月影は何も答えない。答える必要も無い。


「……ねぇ、貰っても良い?」


「勧誘ならお好きにどうぞ。決めるのは僕じゃ無くて、フィアなので」


「あら、本当? じゃあ誘っちゃおうかしら」


 挑発的に女性が言えども、月影は眉一つ動かさない。


 静かに水を飲み、ずっとフィアだけを見る。


 そんな月影を見て、女性はつまらなそうな顔をする。


「君、彼女に未練無いの? 私のギルド、結構大きいし報酬とかも良いから、彼女迷わず来ちゃうと思うけど?」


「さっきも言いましたけど、決めるのはフィアです。僕は、フィアが決めた事ならそれで構いませんよ」


「彼女無しで、君は冒険者やっていける? 見たところ、全然強そうに見えないけど」


 月影とフィアの見た目は対照的だ。


 月影は簡素な服しか着ていないのに対し、フィアはそこそこ上等な服を着ている。その上、防具や武器もそこそこ上等な物を使っている。


 月影の武器は鋳型で作られた量産された物。防具だって、安物の皮鎧だけだ。


 見た目的に、彼女がパーティーを牽引し、月影がそれに腰巾着のように着いて行っているように見える。


 フィアが仲間から外れれば、とても月影一人で生きて行けそうには見えない。


「一応言っておくけど、ウチは女性限定のギルドなの。事務員含めてね。君、一人になっちゃうよ?」


「そうなれば冒険者を辞めますよ」


 興味なさそうに月影は言う。


「むむぅ……」


 面白くなさそうに唸る女性。


 自身の身なりを確認し、窓に写る自身の顔を確認する。


「ぷふっ。リーシア失敗してるじゃーん。マジうけー」


 女性が面白くなさそうな顔をしていると、酒を片手にほろ酔い気分の赤髪の女性がテーブルに腰掛ける。


「セラ。行儀悪いわよ?」


「リーシアは性格悪いわよー? ねぇねぇ、しょーねーん。こいつさぁ、ひっどいんだよぉ? 純情な少年の心を弄ぼうとしてんの! こんな胸元おっぴろげてさー!」


 赤髪の女性は、げらげらと笑いながら酒を呷る。


 確かに、赤髪の女性の言う通り、対面に座る女性はふくよかな胸の谷間が見える程、襟元が広がっている服を着ている。


「おろおろするのを見て、しょーにんよっきゅー? 満たしてんのさー! うけるー!」


「うけないわよ。それに、別にそんなつもりで話しかけた訳じゃないもの。勧誘の件、私は本気よ?」


 最後の言葉は月影に向けて。


 しかし、月影は興味なさそうに窓の外を見ている。


「どうぞ、お好きなように」


「うわっ、脈無し! 悪女リーシア様の面目丸潰れぇ!」


「セラうるさい! もう、迷惑だから戻るわよ!」


「なははははははっ!」


 騒がしくして戻って行く二人。


 最後にちらりと月影を見るも、顔は窓の外に固定されたままだった。


「面白くない……」


 悔しそうに、あるいは負け惜しみのように呟き、ほろ酔い気分の女性を連れて去って行った。


 完全に意識が自分から離れたのを確認してから、月影は視線を送る。


 しかし、それも一瞬だった。


 視線を戻した先で、月影の視線に気付いたフィアが山になった男達を踏みつけてピースサインをする。


 そんなフィアを見て、思わず少しだけ笑みをこぼした。

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