第15話 忍び、取り逃がす

 無造作にゴブリン達の前に躍り出る月影。勿論、ゴブリン達は月影を見て騒ぐ。


 ガキだ。食料だ。細くて弱っちそうだ。


 ガァガァギィギィ。嘲るように鳴くゴブリン達。


 そのゴブリン達の首が、音も無く地面に落ちた。


 いつの間にか月影の姿は掻き消えており、誰もが気付かぬ内に中程まで進んでいた。


 次々にゴブリン達の首が落ちる。


「……安物か」


 月影は手に持っていた剣を捨てる。抜いた時とはもはや別物と思えるくらいに剣はぼろぼろになっていた。


 ゴブリン達の武器を使っても良かった。けれど、見て分かる。どれも形は整っているが安物だ。


 鋳型で作られた物だろう。恐らくは、フィア達のような駆け出し冒険者が持っていた武器だ。


 今ので月影は十三の首を落とした。それだけでぼろぼろになるのだ。耐久度も高が知れている。


 騒ぎを聞きつけたゴブリンが家の中から出てくる。


 先程切った数よりも多い。中には、ホブゴブリンもちらほら混じっている。


 だが、物の数ではない。


 数はそれだけで強力な武器にはなるけれど、それは相手がその数で補えた場合の話だ。


 剣を持って斬りかかるゴブリンを、拳一つで沈める。


 同時に、ゴブリンから奪った剣をゴブリンの頭に投擲する。


 槍の柄を掴み、折って破壊する。


 槍を持っていたゴブリンの首をへし折り、壊れた槍を近くのゴブリンに突き刺す。


 止まる間も無く、流れるように月影は次々とゴブリンを殺していく。


 その動き、正しく流麗。


 ゴブリンも、ホブゴブリンも関係無い。月影にとってはただの有象無象。


「ふむ……」


 一際大きなゴブリンが大剣を振りかざす。


 しかし、月影はその場から動かない。


 振り下ろされる大剣。その刹那、大剣は破砕音を立てて砕け散った。


「これも安物か」


 簡単な話だ。月影が大剣の腹を小突いたのだ。それだけで、大剣は大きな破砕音を立てて砕け散った。


 一歩を踏み出し、ホブゴブリンの腹に拳を当てる。


 軽く押しあてた瞬間、ホブゴブリンが蹴鞠けまりのように吹き飛ばされる。


 ホブゴブリンが吹き飛んだところを見て、ゴブリン達は恐れおののいた様子で月影に攻撃をするのを躊躇う。


 その瞬間を月影が見逃すはずも無い。


 素早く、鋭く、月影はゴブリン達を抹殺していく。


 その姿は、まるで鬼神が如く。


 ゴブリンを粗方片付けた後、月影は立ち止まる。


 不出来な玉座を見やれば、そこには不遜に座るゴブリンジェネラルの姿が。


 しかし、ゴブリンジェネラルが動く前にゴブリンリーダーの二体が動く。


 片方は大剣。片方は大斧。先程のホブゴブリンよりも上等な武器だ。それに、鎧も着ている。攻撃は通り辛いだろう。


 が、何一つ問題は無い。


 振り下ろされる大剣を、手の甲で剣の腹を押して受け流す。


 大剣のゴブリンリーダーの隣から、大斧が振り下ろされる。


 紙一重で躱し、即座に距離を詰める。


 他のゴブリンとは違い、ゴブリンリーダーは肉薄する月影に反応し、距離を取ろうと跳び退る。


 すかさず、大剣のゴブリンリーダーが大斧のゴブリンリーダーを援護するように大剣を振る。


 足を止めず、するりと大剣を躱す。


 しかし、大斧のゴブリンリーダーが即座に追撃を放つ。


 月影は大斧の腹を蹴り付けて逸らし、懐に潜り込む。


 地面が割れる程の踏み込み。


 捻りを加えた掌底を容赦無くゴブリンリーダーの腹に叩きこむ。


 ガァンッと鎧が大きな音を立てて割れ、掌底が直接ゴブリンリーダーの腹に食い込む。


 冗談のように吹き飛ばされるゴブリンリーダー。


 すかさず月影は大斧を奪い取り、大剣のゴブリンリーダーと対峙する。


 一瞬で仲間が吹き飛ばされた。それも、こんなに小さな子供に。


 それを理解できない程の頭では無かったようで、先程までには無かった恐れがゴブリンリーダーの目から伺える。


 その時点で、勝負は着いていた。


 雄叫びを上げて大剣をがむしゃらに振るゴブリンリーダー。


 それを最小限の動きで躱し、脳天に大斧を叩き付ける。


 頭をかち割られ、ゴブリンリーダーは絶命する。


 一つ息を吐いて月影はゴブリンリーダーの頭に刺さったままの大斧を手放す。


 ゴブリンジェネラルはもう良い。ゴブリンリーダーを囮にして逃げ出しているのは確認していた。


 引き際を弁えているおつむを持っているのは問題だが、群れは機能不全にした。これであの村は無事だろう。


 ただ、最悪の事態というものを想定しておいた方が良い。


 ジェネラルが居るという事は、その上も存在している可能性があるという事だ。あれで打ち止めであればまだ良いが、その上が居れば更に危険な事態になりかねない。


 まぁ、月影には関係の無い話だ。後は上位の冒険者諸君がどうにでもしてくれよう。


「フィア、大丈夫?」


 月影は物陰に隠れているフィアに声をかける。


 フィアはこくりと頷いて、物陰から出てくる。


「……ほんとに、強いんだな、お前……」


「そうだね。でも、フィアもじきにこれくらい強くなるよ」


「はっ、おべっかはよせよ。オレがこんなに強くなれる訳――」


「なるよ。なってもらわないと困る」


「――っ! そうだよな。そうだよなぁ!! お前はこんだけ強ぇんだから!! 仲間のオレが強くなくっちゃ拍が付かねぇもんなぁ!! そりゃぁ困る訳だ!! こんな足手纏い連れてんだからなぁ!!」


 開き直った声音ではない。これは、ただの鬱憤だ。


「冒険者になって名を上げて、がっぽり稼いで豪遊してぇって話なのに、オレなんかが一緒だったらそんな願いも遠のくよなぁ!! お前一人だったら、こんなちまちま依頼こなさなくたって直ぐに上位に入れるんだもんなぁ!!」


 見れば分かる。この数のゴブリンを一人で倒し、あまつさえホブゴブリンもゴブリンリーダーもまるで赤子の手をひねるがごとく、簡単に倒してしまった。


 ゴブリンジェネラルも逃げ出す程の力を持っている。一人なら、直ぐに上位に食い込むことが出来る大物だ。


 たまたま縁があって、フィアは月影と一緒に居る。


 けれど、月影が上位の冒険者になれば、フィアは一緒にはいけない。依頼を請けるためには、その位階にまで上がらなければいけない。フィアはまだ上位にはなれない。なれるかどうかも分からない。


 月影にとって、フィアは姉貴分でもなんでもない。ただの足手纏いだ。


「……足手纏いなら、最初っから言えよ……」


 すっかり意気消沈してしまったフィアに、しかし月影は優しい言葉をかける事はしない。


「冒険者とか、上位とかどうだって良い。フィアが冒険者になりたいって言うから、着いてきただけだから」


 フィアが冒険者になると言ったから、強くしないといけないと思った。最低限、苦労しないくらいに強くなってもらいたいと思ったから、着いてきただけだ。


「……はっ。んだそれ。じゃお前はなんかやりたい事とかねぇのかよ?」


「あるよ。でも、今はフィアが大事だから」


「はっ!?」


 フィアが大事。その言葉を聞いて、恥ずかしくなり、それと同時に嬉しくなる。


 顔が熱くなって、自分の顔が真っ赤になっているのを感じる。


「だ、大事って、お前……! な、なに言ってんだ!?」


 思わず声が裏返る。


 だって、月影の今の言葉を解釈するなら、自分のやりたい事よりもフィアの方が大切・・だという事に他ならない。


 それはつまり、月影にとって自分を差し置いてフィアが最優先という事だ。


「フィア。顔赤いよ? 大丈夫?」


「だ、大丈夫に決まってらぁ!!」


 さっきまでの拗ねていた心が急激に遠のいていく。


 大事。なら、月影がどこかに行く事は無い。強くなってもらわないと困るのは、月影がフィアを大事に思っているから。つまり、全部フィアのためだという事なのだから。


「んだよそれ……バカ野郎……」


 火照った顔で、ぼそりと言葉を漏らす。


「わーった! わーったよ!! 強くなりゃぁ良いんだろ!? なってやるよ強く!! オレのためにも、お前のためにもな!!」


 開き直った様子でフィアは言う。


 なんだか知らないが、持ち直した様子のフィアを見て月影は少しだけ安堵した。

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