第14話 忍び、叱責する

 ゴブリンに上がいる。つまり、彼等を統治するリーダー的存在が居るという事になる。


 ゴブリンに棲み処があった。それは普通の事なのだけれど、粗雑にしろ家を真似ている。これは、普通のゴブリンはまずしない。


 元々あったものを利用はしても、一から作ろうなんて事はしないのがゴブリンだ。


 奪う、盗む、利用する。賢しい・・・彼等にはそれくらいの事しか出来ない。


 それに、ゴブリンは下位の魔物だ。弱い彼等は直ぐに狩られ、知識も歴史も後世に残す事は難しい。


 少なくとも、家を建てる事の利便性を知っている者が居るはずだ。


 加えて、彼等は食料をため込んでいた。少しくらいはこっそり食べているかもしれないけれど、貯蔵をするという事を彼等はしない。あればあるだけ食べる。多少腐っていようとも、粗雑な彼等は気にしない。


 蓄えて、誰かに献上するつもりだったのか、あるいは蓄えて飢える事の無いように教え込まれていたのか。


 どちらにせよ、彼等の知識を上回る事をしているのは事実。


 裏があると勘ぐる理由としては十分だ。


「……此処の足跡、変じゃねぇか? なんか、行ったり来たりしてるような……」


「連絡用の道なんだと思う。頻繁に使われてたから、足跡も行ったり来たり。でも、均されてる訳じゃ無いから、ずっと前から使われてる訳じゃないと思う」


 それでも、そこそこ使い込まれた道だ。此処に巣を作ってそこそこ経っているのだろう。


 人間をむやみやたらに攻撃している訳では無い。しかし、家畜への被害が出ている。


 少しだけ、きな臭さを覚える。


「っと、見えたぜ。あれだよな?」


 草陰に隠れながら、フィアが視線を向ける。


 そこには、先程とは比にならない程の数のゴブリンがおり、家屋も先程のものよりも立派なものだった。


「……なぁ、これやべぇやつじぇねぇか?」


「多分ね」


 人と同じように暮らしている、とまではいかないけれど、最低限の棲み処は出来ている。ともすれば、少し前の二人よりも家は立派だ。


「あ、あのでかいの! あいつがボスか?」


 フィアが目を付けたのは、ゴブリンよりもかなり大柄な魔物。しかし、その魔物もまたゴブリンだ。


 ゴブリンジェネラル。数々の戦いを生き抜いた、知恵と力を付けたゴブリンである。


 その他にも、ホブゴブリンやゴブリンリーダーなど、歴戦のゴブリンが多数存在していた。


「これ、オレで勝てるか……?」


「無理だね。ホブゴブリンなら余裕で勝てると思うし、ゴブリンリーダーなら苦戦はするけど勝てると思う。でも、それ以上は無理だよ」


「んなにはっきり言わなくたって……」


「物事を正確に判断するのも戦い抜くために必要な事だよ」


 ホブゴブリンやゴブリンリーダーが最上位個体であれば、それ以外を露払いして後はフィアに任せる予定だった。けれど、相手は予想外の大物だ。


 ゴブリンジェネラルは中位の冒険者に匹敵する程の力の持ち主だ。今のフィアでは到底勝ち目は無いだろう。


 依頼はゴブリンの掃討。しかし、この依頼は中位のパーティーが幾つか組んで行う程の難易度にまで膨れ上がっている。


 これは、このまま帰るのが無難だろう。


「フィア。今回は退こう」


「……まぁ、良いけどよ」


 不承不承ながらも、フィアは頷く。


「や、待てよ。こいつらほったらかしにしたら、あの村の連中はどうなるんだ?」


「このゴブリン達は何かの準備をしてる段階だと思う。そうじゃなかったら、あの村はもう既に襲われて占拠されてるだろうしね」


 それをしないのは、自分達が占拠したと知られたく無いからだろう。何かを企んでいるからこそ、まだ日陰の中に居たいのだ。


「しばらくは、動かないと思うよ。だから、いったん退こう」


 しかして、それは月影の憶測だ。月影自体、ゴブリンとの戦闘はこの間が初めてであり、ゴブリンの生態を多くは知らない。知った風に言っているけれど、全て盗んだ本の知識だ。


 実際に経験し、観察した者の所感には適わない。


 月影は戦闘の達人だけれど、冒険者としてはまだ駆け出しだ。冒険者の先駆者に意見を仰いだ方が賢明だろう。


「依頼失敗って事にはなると思うけど、ゴブリンを倒したのは事実だからそれ分の報酬は貰えると思う。宿に泊まるくらいのお金は入ると思うよ」


「そんな事ぁどうでも良いんだよっ。あの村の奴らが危ねぇじゃねぇか!」


「当然、避難はしてもらうと思うよ。僕達の言葉を信じてくれればの話だけど」


「ガキの言葉なんざ信じねぇだろうがよ! あんな態度だったんだからな!」


 声を潜めながらも声を荒げる器用なフィア。


 敵に察知された危ない事は理解しているようだ。


「……なぁ、お前でも無理なのか?」


「というと?」


「お前一人で、あのでっけぇの倒せねぇのか? あんだけ強ぇんだからよ……」


 随分と勝手な事を言っているのは自覚してるのだろう。その表情はバツが悪そうで、言葉も尻すぼみになっている。


「オレも、雑魚とは戦う。さっき言った事と逆にはなっちまうけど、オレが露払いをしてお前が大物を叩く。それじゃあ、駄目か……?」


 申し訳なさそうなフィア。


 そんなフィアに、月影は至って冷静に言葉を返す。


「まず、出来る出来ないで言ったら、出来る。僕なら、殺せる」


「なら――」


「でもフィアには無理だ。一人で戦うの、怖いでしょ?」


「――っ」


 月影の言葉に、フィアは図星を突かれたように息を呑む。


 先程は十体だけだった。十体でも一人で大立ち回りをするのは大変だけれど、それでも勝てる自信はあった。


 どれだけ束になっても、ゴブリンでは月影に届かないのだから。


 それに、月影の援護を期待している節もあった。月影が居るから大丈夫。心の何処かで、そう思っていたのだ。


 けれど、このまま戦いに入ったら、月影は大物に付きっ切りになる。そうなれば、フィアの援護は出来ない。


 たった一人で魔物の群れと戦う事は、今のフィアには出来ない事だ。


 見えるだけで五十はいる。家の中にも居るとなれば、それ以上は確実に居るはずだ。


 出来損ないの玉座に座るゴブリンジェネラル。その両側に侍っているゴブリンリーダー。更には十を超えるホブゴブリンに、五十以上はくだらないゴブリン達。


 ゴブリンジェネラルを月影に任せたとして、その他を一人で相手取れるわけが無い。


 だからと言って、あの村の人達を見捨てる事も、フィアには出来ない。


 見捨てるという事はつまり、くそったれな貴族様と同じになるという事だ。そんな人間に、フィアはなりたくは無い。


 きっと、鋭い目つきでフィアは月影を睨む。


「やれる……。やってやるよ。一人で、あいつら全部殺してやる」


「出来もしない事を言うな。それは確信じゃ無く願望だ。履き違えるな愚か者」


 静かな、けれど、重く響く声音がフィアに突き刺さる。


 いつもと違う声音。いつもと違う雰囲気。


 それは、幾つもの死地を潜り抜けた者の持つ確かな威厳。


 フィアにはそうとは分からなかったけれど、それでも月影から威圧感は確かに感じ取る事が出来た。


 一拍置いて、月影はいつもの掴みどころのない雰囲気に戻る。


「フィアには無理だよ。それに、僕もそこまで出来るとは思ってない」


 言いながら、月影は自身の剣を抜く。


「そうだね。良い機会だ。フィアには、目指すべき目標をしっかり持ってもらうのも悪く無いかな」


「な、何言ってんだ……?」


「フィアは此処に隠れてて。でも、僕の戦う姿を、ちゃんと見ていてね」


 立ち上がり、月影は無造作に草陰から躍り出る。


「お、おい……!」


 呼び止める声は情けなくなるほど小さく、弱々しかった。


 月影の言葉通り隠れている事も情けなく、けれど、言われた通りにフィアは月影の姿をじっと見つめた。


 小さく静かな背中は、戦う前だというのに誰よりも強く目に映った。

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